「ねえ。志摩子さん。志摩子さんはどんなときに幸せを感じるの?」
今日は薔薇の館に行かないで、中庭で乃梨子と二人でお弁当を食べていた。
きんぴらごぼうを口にした乃梨子が突然そんなことを質問してきた。
「どうしたの突然?」
そうやって問い返しながらも、私は乃梨子の言葉を考える。
『幸せに感じるとき』それは難しい質問だなと思う。
クラスにいる時。――隣の席の桂さんとかよく話しかけてくれるけど、クラスはそれほど私を幸せにする場所ではないと思う。
薔薇の館にいる時――薔薇の館いる時は比較的楽しい想い出があるなと思った。誰といる時なんだろう。
祥子さま・令さまといる時――二人とも欠点はあるけど、尊敬に値する先輩方だと思う。お二人と一緒にいる時は、緊張もするけど、どちらかというと見守られているというような、そんな安心感を感じることが多い。 特に令さまと一緒にいる時は、その傾向が強いと思う。でも、乃梨子の言っている感じる幸せとは少し違うんじゃないかなと思った。
祐巳さん・由乃さんといるとき――どちらかというと、二人の騒動に巻き込まれることが多いと思う。でも、 それが嫌ではなくて、二人のことを助けたいなと思う。私が何か困っていても、きっと二人は私が何も言わなくても、手をさしのべてくれるんだろうなと思う。それは、確かに幸せなことだけど、それもやっぱり、乃梨子の言っている感じる幸せとは少し違うんじゃないかなと思った。
私はしばらく考えて、こう言った。
「そうね。スールと一緒に楽しい時間を過ごす時かしら」
その言葉に、乃梨子は少し顔を紅くして笑ってくれた。
「私も志摩子さんと一緒に過ごす時間かな?」という言葉と共に。
私はその言葉に、ちくりと胸を痛める。
スールと一緒に楽しい時間を過ごす時――お姉さまと一緒に過ごす時間。
私とお姉さまが同じ時を過ごす、それは、いつもほんの短い時間だった。
普段は距離を置く関係。心はつながっているから、お互いを傷つけないためにも距離を置くそんな関係。
だからこそ、お姉さまと一緒に過ごす時間は、私にとって、珠玉ともいえる幸せな時間だった。
スールと一緒に楽しい時間を過ごす時――乃梨子と一緒に過ごす時間。
私と乃梨子が同じ時を過ごす。お姉さまの時には考えられないような長い時間。
それは、私にとって、蜂蜜のように、甘くとろけるような時間で。
どっちが、より幸せかを比べるのは意味のないことだ。
どっちの時間も、私が幸せに感じる時間だし。どっちの存在も私にとっては至極大切な物だから。
だからあえて、乃梨子と一緒に過ごす時間ではなくスールと一緒に過ごす時間といったことに、乃梨子は気がつかなったようだ。
「ねぇ乃梨子。今週の土曜日空いてるかしら。買いたい物があるのだけど、つきあってくれないかしら?」
だから、わたしはそう言いながら、その微笑みに同じように微笑み返す。
乃梨子に対しての贖罪をかねて。