『がちゃSレイニー』
† † †
朝、祐巳は自分のいつもより早くに家を出る。
『まずは作戦の第一段階よね』
駅のバス停前で、昨日のうちに連絡しておいた三人を見つけ、笑顔で手を振る。
「藍子ちゃん、のぞみちゃん、千草ちゃん。ごきげんよう」
「「「祐巳さま! ごきげんよう」」」
「ごめんね、こんなに朝早くから」
「いえっ。妹にはなれませんが、祐巳さまのためならがんばります!!」
藍子ちゃんは相変わらず元気。他の二人も頷いてくれている。
「お休みされていると聞いて、心配していました」
「事情もそれとはなく噂になっていましたし」
ありがたい限りだ、私なんかのために心配してくれる下級生が居る。嬉しい。
「心配してくれてありがとう。ちょっと熱が出てて休んでいたのだけれど、私はもう大丈夫だよ。それよりも……詳しい話はバスの中で話しましょう」
「そうですね」
そう言ってから、丁度やって来たバスに四人で乗り込んだ。
「まず学園内の現状を把握しておきたいの。山百合会関連で流れている噂を教えてほしいわ」
「はい、では有名どころから……」
三人は、真偽はともかく現在流れている噂を教えてくれた。
一番知っていそうな、蔦子さんや真美さんに聞いても良いのだけれど、
瞳子ちゃんのこともあるので、一年生の間で流れている噂を収集したいのだ。そしてその噂を利用する。
リリアンかわら版では文書として残るので、現段階では避けたい。
〜 〜 〜
第一の噂、紅薔薇のつぼみの妹候補。
瞳子ちゃんに反感を持っている人たちが本当に居るのだ。そして祐巳にも。
原因は梅雨の時期。雨の校門で祐巳が濡れ鼠になっていたのと、瞳子ちゃんの言動らしい。
祐巳は青い傘が戻って薔薇の館に復帰した頃には、もう気にしていなかったけれど。
まぁあれだけ目立つ所で言い合いしたんだから当たり前か、腹式呼吸バッチリだよ瞳子ちゃん。
第二の噂、白薔薇革命。
志摩子さんは、乃梨子ちゃんからロザリオを返されたと言う噂。
だけどそれは今、瞳子ちゃんのもとにある。志摩子さんが瞳子ちゃんに渡した、と言っていた。
その時に祐巳は気を失ったのだ。保健室で由乃さんから聞いた多姉多妹制も衝撃だった。
第三の噂、紅白抗争。
新たな白薔薇のつぼみは紅薔薇のつぼみの妹候補、松平瞳子嬢と言う噂。
瞳子ちゃんは自分の意志でロザリオを受け取ったのだ。それは瞳子ちゃんが見つけた答えなのかもしれない。
ロザリオの授受は姉から妹へ代々と繋がる連鎖。導く相手として妹とする証として下級生に渡すのだ。
姉からのロザリオを手放したくない時は、新たに入手して妹に渡す。受け継いでほしい時には、姉からのロザリオを渡す。
だからロザリオ自体には何の意味もない、授受をする気持ちを込めたその行為、そのものに意味があるのだと思うんだ。
私は白薔薇姉妹の姉妹の関係、そのロザリオに対する考えを理解できないし、
理解できたとしても、それを自分に押し付ける事はできない。自分が一番良いと思える答えを見つけるだけだ。
皆は勘違いをしているみたいだけど、あの現場には、祐巳と瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんの三人しか居なかったのだ。
あの時、瞳子ちゃんは祐巳に『妹にしてもいいくらいに好き、ですか』と聞いたが、祐巳のことを好きだとは言ってくれてない。
祐巳は瞳子ちゃんを『大好きだ』と答えた。でも姉として祥子さまの代わりにはなれないと、勘違いした。だから、はっきりと返事をしていない。
私は他の誰も関与しない、瞳子ちゃんだけに対する気持ちを全部伝えたい。
瞳子ちゃんから、他の誰も関与しない祐巳だけに対する気持ちを聞きたい。
逃がさない。最後まで話すんだ。それが例えどのような結果であっても、しっかりと受け止める。
今度は間違いなく瞳子ちゃんの言葉を信じたい。私の中の、幻の瞳子ちゃんを吹き飛ばすくらいの、衝撃がほしいのだ。だから私はその舞台を用意する。大事になりそうだ。
(生活指導室に呼び出されるのは、ちょっと嫌かな)
〜 〜 〜
「なるほど。大体掴めたわ」
「いえ」
「教えてくれてありがとう。じゃあ本題に入るわね。あと藍子ちゃんには言ったけれど、この話はトップシークレット。状況が整理できるまで……そうね、リリアンかわら版に事の顛末が載るまでかな。他の誰にも話してはダメよ。守れる?」
そう。藍子ちゃんに電話をして、姉の居ない仲の良い一年を集めてもらったのだ。
あの茶話会がきっかけで、三人は友達になったのだろうか? よくわからないけれど。
「「はい」」
「自信はありませんが、私も頑張ります」
のぞみちゃんがそう言って苦笑い。大丈夫かな?
「今日中に終わらせるから大丈夫だと思う。これから話す事は私の今の状況と計画なの。今だけそれに協力してもらいたいの」
「わかりました」
祐巳は少しずつ話す。瞳子ちゃんが好きだと言う事。妹にしたいと伝えたい事。それには舞台が必要だという事。そのためのきっかけを、三人に手伝ってもらう事を話していった。
三人はかなり驚いていたが「祐巳さまにその覚悟がおありなら、私たちは手伝います」と笑顔で言ってくれた。
〜 〜 〜
「ごきげんよう、祐巳さん。遅かったわね?」
「ごきげんよう。うん、ちょっとね。桂さんは?」
「朝練の途中で呼び出したから、もうすぐ来ると思うわよ。で、準備はどう? 抜かりは無いわね」
由乃さんには今朝早くに協力を取り付けていた。そして桂さんにも。
他には、可南子ちゃんにも今日は瞳子ちゃんを逃がさないように、とだけ話を通してある。
祥子さまや令さまには内緒だ。もちろん白薔薇姉妹にも。
三年のお姉さま方には関係ない。これは私たちの問題なんだ。
瞳子ちゃんが好きで、それで妹にしたいのだと言うと、電話の向こうでなぜか妙にハイテンションだった。
暴走中なのがちょっと怖いけれど、今はあのイケイケ青信号が頼もしく見えるよ。
「うん、計画はバッチリだよ。後は前進、正攻法あるのみ」
「それまでポカしないでよ? それに、祐巳さんは大事な所で顔に出るから」
「多分大丈夫だと思う、後は何も考えてないから。あはは」
「ふぅ、まったく……まぁいいか、こちらの方が私向きで楽しいし」
「何? 由乃さん??」
「ん、なんでもない、こっちの話」
「変な由乃さん」
「ふふふ」
祐巳はその時が来るまで新聞部から逃げ回る。頑張るだけだ。
そうして祐巳は朝早く登校したにもかかわらず、なぜか朝拝ギリギリの時間に教室に入ってきた。
祐巳が熱にうなされながらこねくり回した大作戦が発動されたのである。
† † †
同朝、勝負に出るために乃梨子と打ち合わせをして意気揚揚と登校した時、すでに白薔薇姉妹の予想を遥かに越える事態になっていた。
『白薔薇さまが多姉多妹制を提案し、祐巳の妹候補であった松平瞳子嬢を二人目の妹にしたのだ』という、事実だけを述べた、かわら版号外が出回っていた。
その話題の中心人物である二人に視線と質問が集まる。
「ああ、なんてことを」
「しっ志摩子さん!」
片手で頭を抱え崩れ落ちる志摩子さんを、慌てて支える乃梨子。あぁ美しい姉妹愛と普段なら苦笑いなのだが、これはあんまりだ。
それよりも乃梨子が受けた一番の衝撃は、『紅薔薇のつぼみも“何人かの妹”を持った』と言う噂がそこかしこで囁かれている現実だった。