【570】 志摩子さんがいっぱい  (まつのめ 2005-09-17 19:04:53)


 乃梨子です。
 私は皆さんに警告したいと思います。
 皆さんは志摩子さんが一人いたらあと三十人とか、一人が二人、二人が四人、四人が八人、そして一ヶ月で80億とか無責任に仰っているようですが、ちなみに正確には三十一日で二十一億四千七百四十八万三千六百四十八人ですが。
 細かい数字のことはどうでもいいのです。
 でも、そんな事が実際起こったら大変な悲劇が待っています。
 まさかそんな、なんて笑っているそこのあなた。私の恐ろしい話を聞いてごらんなさい。
 きっと笑っていられなくなるに違いないから。


  〜 〜 〜


 ここは薔薇の館。
 今日は乃梨子が一番のりでサロンに来て、テーブルを拭いたり流しを片付けたりしていた。
 あらかた片付けが終わり、そろそろ誰か来ないかなと思っていたら、早速、階段を上る複数の足音が聞こえてきた。
 志摩子さんと、あと誰かなと思った。
 このところ、階段を上る足音の区別ができるようになってきた乃梨子だが、まだ百発百中というわけにはいかなかった。
 やがて茶色い扉が開いて、予想通り志摩子さんが姿をあらわした。
「ごきげんよう」
 と、挨拶をする乃梨子に笑顔で答える志摩子さんだったが、その後ろから姿をあらわした人を見て乃梨子は固まった。 
「ごきげんよう」とお二人そろって挨拶を返してきたのは両方とも志摩子さんだったのだ。
 二人でそろって、マリア様のように微笑まれた時は、もう乃梨子は意思を手放すしかなかった。

 乃梨子が志摩子さんの膝の上で意識を取り戻した時、祐巳さまと由乃さまが既に来ていて志摩子さんの片割れと一緒に対策会議をしているところだった。
 結局、原因なんてわかるはずも無く、今日のところは一方が薔薇の館で過ごしてもらうってことになったのだ。



 そして翌日。

 また一番のりでサロンに来た乃梨子は四人の志摩子さんを見た。
 乃梨子は倒れそうになったのだけど、気絶する前に抱きとめられて「お願いだから気絶しないで」といわれた。
 志摩子さんに囲まれて幸せだったのは乃梨子だけの秘密だ。
 対策会議を開くも何も三人の志摩子さんにはここにいてもらうしかないのだけど、そのときちょっとしたことが発覚した。
「え? じゃあ、どの志摩子さんが増えたって判るの?」
「ええ、外見は同じなのだけど記憶に残ってるのよ。私は1番目に増えたって」
 なんと、最初からいた志摩子さん以外は自分がオリジナルじゃないって自覚しているんだそうだ。
 そういえば昨日もどちらが残るかって何も問題なく決定してたっけ。
「でも、と言うことは明日は八人に増えるのかしら?」
「ええっ!?」
「ちょっと考えたくないわね。それだと三十日で十億を超えるわよ」
 令さま、一瞬で計算しらしい。由乃さまがちょっと驚いてる。
「志摩子で人類滅亡?」
「そんな生易しいものじゃないわよ。3〜4ヶ月で地球は重力崩壊を起してブラックホールになるわ」
「太陽系滅亡!?」
 そんな非常識な。
 祥子さまのありえない話を志摩子さんたちは神妙に聞いていた。

 その日の放課後。
 薔薇の館に残っていた三人の志摩子さんのうち二人が居なくなっていた。
 残っていた一人に聞くと居なくなったのは今日増えた二人だった。
 ちょっと出かけてくると言って部屋を出たきりまだ帰ってないのだそうだ。
「お腹が空けば帰ってくると思うよ」
「祐巳さま犬や猫じゃないんですよ?」
「でも家を知らないわけではないから」
 結局、出て行った二人も志摩子さんなのだから遅くなったのなら家に帰るだろうってことで、解散となった。

 ところが。

 深夜、祥子さまから連絡が入った。
 何故、祥子さまが? って思ったけど、何でも小笠原でひそかに志摩子さん達の行方を探っていたとか。
「貴方には伝えておかないといけないと思って電話したのよ」
「なんですか?」

「落ち着いてよく聞いて。志摩子の遺体が見つかったわ」

「ええ!?」

 急転直下の展開に乃梨子は驚愕した。
 今朝の話を聞いて自殺したのだろうか。
 祥子さまは責任を感じているらしく、ひどく落ち込んでおられるようだった。

 こんな事態の中とはいえ、人が死んだことはとてもショックだった。
 と同時に、こんな事態になったことに非常な怒りを覚える乃梨子だった。



 三日目。

 志摩子さんはまた四人だった。
 祥子さまによると遺体は増えなかったそうだ。
 というか朝には消えてしまっていたとか。
 本当は志摩子さんの遺体はそれを確認した後、秘密裏に埋葬することになっていたと言っていた。

 その話を聞いて、なにか思いつめたような顔をした志摩子さんに乃梨子は抱きついた。
「志摩子さん!」
「どうしたの?」
「変なこと考えないで! 私、志摩子さんがいなくなるなんて絶対いや!」
「あの……」
 見ると、残りの3人はそれぞれ祥子さま、令さま、祐巳さんが抱きつくようにして取り押さえていた。
「離して下さい、別に逃げたりしませんから」
 そういったのは2番目のつまり最初に増えた志摩子さん。
 乃梨子はあまり嬉しく無いんだけど見て区別が出来るようになっていた。
「でも放っておけばまた増えるわ」
「だからって死ぬなんて選択は駄目!」
「でもそれ以外道は見つかってないわ」
「絶対駄目! 志摩子さんが自殺するんなら私も死ぬ!」
「乃梨子……」
「そうね。私は志摩子が死ぬくらいなら一緒に生きてみんなで滅亡する方を選ぶわ」
 祥子さまがそう言った。
「私もだよ!」
「そうね。私も。同じ意見だわ」
 結局そこにいた全員が同意した。
 それに本当にそうなるかなんて誰にもわからないのだ。



 四日目。

 志摩子さんは六人だった。
「え?」
「二人足りなくない?」
「いいえ、誰か出て行った形跡はありません」
「ちょっとまって。昨日志摩子たち一緒の部屋で寝たの? 狭くなかった?」
「はい。数日前から家の工事の関係でお部屋が使えなくなっていて、使っていなかった大部屋に移っているので」



 五日目。

 志摩子さんは九人。
「変ね。2倍2倍じゃないとすると……」
「明日は何人になるのかしら?」
「あの……」
 覚悟を決めたら別な方向に興味が行ったようだ。



 そして六日目。週末である。

 志摩子さんは一人で学校に来た。
「志摩子さん!?」
「みんなは?」
「いなくなったわ」
「どうして?」
 そんな、今日は何人になるか予想を立ててみんなで賭けをしてたのに。
 いや、そういう問題じゃないのだけど。
「昨日、家の改修が終わって元の部屋に戻ったのよ。でも、もとの部屋は狭いから私以外は客間で寝てもらったの。そうしたら」
「まさか……集団自殺?」
「いいえ、昨日の晩から朝にかけて志摩子が家から出たって報告は貰ってないわよ」
 祥子さまが言った。
 あれから小笠原のSPが志摩子さんたちをひそかに監視していたのだ。
「じゃあ、消えちゃったってこと?」
「私が思うに、あのお部屋になにかあるのかも知れないと思うの」
「お部屋って、昨日言ってた大部屋?」
「ええ、私が増えている間はずっと、増えた私も含めて全員あの部屋で寝ていたし」
「というか、そういうことには早く気づこうよ」

 結局その大部屋は封印されることになったのだが。
 志摩子さんはこんなことを言っていた。
「でも次は何人になったのか気になるわ」



  〜 〜 〜

 乃梨子です。
 どうです。笑っていられなくなったでしょう?
 あのまま増えていたら六日目、七日目には志摩子さんがいったい何人になっていたのか。
 私は気になって夜も眠れません。
 ただでさえ能面とか仏頂面とか言われてるのにこのままだとますます表情がなくなって友達がいなくなってしまうに違いありません。
 なんて恐ろしいのでしょう。


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