「私は『レズ』って言葉嫌いだわ」
「由乃さん、いきなりなあに?」
ここは薔薇の館。
仕事に飽きたのか由乃さんが手を休めて祐巳に向かってそんな話題を振ってきた。
「だって『レズる』とか、なんか汚らわしい行為そのものを指してるでしょ?」
「そ、そうなのかな」
というか祐巳にはそのへんの知識があまりないから良くわからなかった。
「なんていうのかしら心がないっていうか、そう『愛』よ! 『愛』が感じられないのよ!」
こぶしを握り締めて力説する由乃さん。
「でもね、『レズ』って言葉自体は『レズビアン』の略で女性の同性愛者をあらわしてるのだから『愛がない』っていう定義は成り立たないと思うのだけど」
向うで書類を読んでいたはずの令さまが口をはさんだ。
聞いていたようだ。
「なによ、じゃあ令ちゃんは『支倉令が由乃とレズる』とか言われて汚らわしい場面を想像しないのね?」
「えっ、いやそんな……」
令さま顔が真っ赤になった。
なんか判りやすいというか、令さまでもそういう想像するんだ。
「するんだ。私とそんなこと……」
あ、由乃さんも自滅した。
「あ、べ、別に『するんだ』って想像のことよ? そんなこと令ちゃんと『する』なんて」
「もう良いよ、由乃さん。墓穴掘らないで」
あーあ、黄薔薇姉妹これじゃしばらく使えないな。
でもそうか。レズってそういう意味なのか。
たしかに由乃さんのいうとおり、『レズる』って言い方はあまりいい語感がしないなと思った。
「そうね、確かに『レズる』っていう言い方は感心しないわね」
こういうことには敏感な祥子さまが話題に乗ってきた。
祐巳と同じ意見なのでうれしくなる。
「そうですね。それだと当事者ではなく見る側のエゴが感じられて由乃さまが最初に言ったような意味に取れる気がします」
乃梨子ちゃんまで。
こうなると仕事は止まってしまうんだよね。
志摩子さんだけなんか黙々と手を動かしているけど。
「祥子さま」
あ、さすが志摩子さん。こういうときのストッパー役として頼りになる。
「それは使う人の意図次第ではないですか?」
おっと。
志摩子さんも乗ってきちゃった。
「あら、どういうことかしら?」
ちょっと語調きつく祥子さま。
嫌いなものは嫌い。そんな祥子さまは志摩子さんに対してだって容赦はない。
「たとえば私が乃梨子に『あなたとレズりたいわ』って言ったとします」
「ししししし、志摩子しゃんっ!?」
お、今度は白薔薇姉妹だ。
乃梨子ちゃん真っ赤になって。
この話題は爆弾だなぁ。
「確かにそれなら……」
あれ、祥子さま。何を考えてらっしゃるのか、眉を下げて思いをめぐらせているご様子。
「祐巳」
「はい?」
「あなた、私とレズりたいかしら?」
「どどどどどど」
「祐巳?」
「どーしてそのようなことをお聞きになられられるのですか?」
「敬語がおかしくてよ祐巳」
いきなりっ。
どーして、平然とした顔で、そういうこと言われますかっ。
祥子さまのちょっとした一言で舞い上がったり落ち込んだりする祐巳だけど、今回のは爆弾っ!
「それに顔がトマトみたいよ?」
知識がないとはいえゼロではないわけで、そのなけなしの知識に自分と祥子さまを当てはめたりしたらその破壊力といったらもう。
「ちょっと祐巳!?」
祐巳の意識はそこで途切れた。
後日、『レズる』という言葉は薔薇の館で禁止用語となったとか。