特に意味もなく、なんとなく成り行きで、旅行に行くことになった椿組の面々。
参加者は、敦子美幸のふわふわコンビ、ドリルとノッポの犬猿コンビ、そして私、二条乃梨子の五人だった。
お嬢様の集まりとはいえ、所詮我々は高校生。
大して小遣いがあるわけでもないので、電車で行ける範囲の一泊5千円コースを選択した。
なぜこんなに安いところがあるかと言うと、なんのことはない、松平の名前が効いただけだ。
あんまり権威に頼りたくはないけど、まぁクラスメイトとの交流のためだ、仕方がないかと割り切ることにしよう。
駅に降り立てば、すでに送迎バスが到着しており、待ち時間もなく宿まで一直線。
約30分ほどで辿り着いたのは、それほど山奥ではないが、静謐な雰囲気の温泉宿。
「素敵ですわね」
「素敵ですわね」
「索敵ですわね」
「素敵ですわね」
「あんたらね…」
何が面白いのか、可南子さんまで笑いながら同じことを言っている。
ところで瞳子、索敵ってなんだ、索敵って。
「瞳子、一応あんたの名前で予約してるんだから、チェックインの手配は任せたわよ」
「了解ですわ」
先頭を意気揚揚と歩み、宿の入り口をくぐる瞳子に続く。
『ようこそいらっしゃいました』
女将さんや番頭さん、仲居さん一同が打ち揃って、私達に頭を下げるその様は、結構壮観だった。
案内された部屋は、当たり前だが和風な6人部屋。大きな窓から、霞む山なみが見える。
「さぁて、早速露天風呂に行こうか?」
「そうですわね」
「そうですわね」
「そうですわね」
「そうですわね」
「ああそうですか…」
…みんなして楽しそうでちょっと悔しい。
全ての服を脱ぎ捨てて、タオル一枚身に巻いて、一番乗りで露天風呂。
「いや〜ん素敵♪」
私らしからぬアレな口調だが、その辺は勘弁してもらいたい。
さっそく湯を被り、そっと身を沈める。
あー、極楽極楽。
リリアン生に似つかわしくない単語ではあるが、気にしてはいけない。
「ふぅ〜、気持ち良いなぁ。来て良かった…」
青い空を見上げながら、心地よい温度の湯を堪能する。
「それにしても、遅いなぁ…」
ふと疑問に思い、入り口に目をやるとそこには…。
水着を着た、4人が現れた。
水着…?
「お待たせしましたわ乃梨子さん」
「ちょっと着替えるのに時間がかかりましたの」
「水着が小さくなっているのには少々辟易しましたが」
「胴回りがキツイんですって♪」
妙に楽しそうに、イヤミを込める可南子さん。
それは太ったと言うんじゃないか?
「違いますわ乃梨子さん、成長したのです」
「いや何も言ってないんだけど」
「いいえ、心の中で良からぬことを考えたはずです」
余計なところで、カンがいい瞳子。
そういうことは、祐巳さまの前でやりなさい。
それに、成長するなら、もっと他の部分があるでしょうに。
「あら?乃梨子さんは、肌色の水着を着てらっしゃるの?」
「まぁ、珍しい色ですわね」
「んな水着ねーよ」
だいたいアンタらなんだ、温泉に水着って邪道じゃないかい?
「じゃぁ…」
そうだよ、素っ裸のすっぽんぽんだよ。
「ああ、良い湯ですわ」
「ですわですわ、良い湯ですわ」
「ってアンタらいつの間に!?」
いつの間にか、敦子さんと美幸さんが、私を挟んで湯につかっていた。
「ちょっと敦子さんに美幸さん。乃梨子さんの隣は私ですわ!」
「そうね、確かにそのポジションは私の場所です」
「おい瞳子。それに可南子さんまで」
「なんですって?敦子さん美幸さんにはともかく、可南子さんにだけは譲れませんわ」
「あら、乃梨子さんは、どちらを選ぶかしら」
余裕の可南子さんは、湯につかったままで、水着を脱ぎ出した。
そして、敦子さんと美幸さんの手を掴むと、強引に引っこ抜いた。
「うふふ、裸の乃梨子さんの隣は、もちろん裸の私の場所。もう片方が空いてますよ。さぁ、誰がその場所に納まるのかしら?」
背が高く、グラマーな可南子さんが、私の右腕に抱きついて、頬を赤く染めて三人を煽る煽る。
長い髪をアップにした可南子さんは、高校生らしからぬ強烈な色気を漂わせていた。
私と同い年とは思えないなぁ。
「乃梨子さんの左側は、私の場所です!」
「いいえ、私の場所ですわ!」
「二入には譲れません!乃梨子さんの隣は私です!」
水着を脱ぎながら、牽制しあう三人。
「いやそれよりも可南子さん、なにやら柔らかいものが当たってるんですけど!?」
「いやだわ乃梨子さん、当ててるんですよ」
「だからって、私の肩にもたれないでもらいたいんだけど!」
「あら、私は気にしませんわ」
「私は気にするってば!」
可南子さんに抱きつかれて右往左往する私を尻目に、未だ争いつづける敦子さんと美幸さんと瞳子。
あのさぁ、そろそろ離してくれないかな可南子さん。
それに、三人も争わないでくれないかなぁ。
私の隣なんか、争っても仕方がないんだけど。
結局、のぼせそうになった私が露天風呂を去るまで、三人の争いは続いていた。
その後も、夕食時の私の隣、就寝時の私の隣と、始終争いが絶えなかった。
どうして、そんな的外れな部分で争うんだろうなぁ。
私の隣なんかに、どんな価値があるんだか。
ずっと宥めっぱなしで、声が嗄れてきた。
可南子さんは、分かってやっているらしく、ひたすら三人を煽り立て、しかも楽しんでいるようだ。
アンタのせいでさ、私が苦労してるんだけど。
まぁ、言っても無駄なんだろうな…。
みんなが寝静まった11時頃、私は再び露天風呂に姿を現した。
ぜんぜんゆったり出来なかったもんなぁ。
月が見える、静かな夜の露天風呂は、風情があってよろしい。
こうやって、ゆったり入るのが一番。
なんだけど…。
『乃梨子さん!』
ああ、やっぱりこうなったか…。
出来るなら、静かにしようね、静かに。
長い溜息を吐いた私は、青い月を見上げながら、たぶん届かないであろう願いを祈った。
『ですから、乃梨子さんの隣は…』
届かなかった。