祐巳がリリアン高等部を卒業してから丸5年。大学を卒業し、ようやく仕事もなれ始めた今日この頃。
祐巳はふと足を止め、ある感慨に浸っていた。
(そっか、今日はこの通りなんだ)
今、祐巳は仕事の外回りの真っ最中、月に一回しか通らないある通りを通っているところだった。
そして今ではこの月に一回しか通らないこの通りが、祐巳にとっては特別な通りになっていた。
だって、この通りのあるところを通るたびに、祐巳は懐かしさを憶えるのだから。
そう、リリアンで少しの間一緒だった、あの人のことを思い出すから。
(そういえばあの人の前で泣いちゃった事もあったっけ。あれは確か、そうだ、あの時。・・・あの時は自分もまだ子供だったから、っと今もそんなに変わらないか)
少し思い出に浸った後、祐巳はふうと溜め息をひとつついた。
(もう、会わなくなって5年以上も経つんだ。・・・元気にしているのかな?)
元気かどうか確かめる術が無いわけじゃないけど、祐巳はそうしようとは思わなかった。
だって、あの人は卒業式の日に泣き笑いの表情を浮べながら祐巳にこういってきたから。
「またいつか会いましょう」と。
そして、祐巳も泣き笑いの浮べながら返した。
「ええ、またいつか」と。
でも、その「またいつか」はこれまでまだやって来てはいない。
(それでも、いつかは会えるよね。きっと)
そうこう考えているうちに、あの人を思い出させてくれる何かが見えてくる。
(・・・よかった、まだ直してないや)
祐巳はその何かが前と同じ、一部が不完全であったことにむしろホッとする。
だって、その何かは不完全であるからこそ祐巳の思い出を刺激しくれるから。いや、正しくは祐巳たちと同じ時間を過ごした人たちの思い出を刺激してくれるのだから。
祐巳はふうと顔を見上げ、その人をいつも連想させるその「何か」である光り輝くものを見つめた。
そのネオンにはこう光輝いていた。
「男性用カツラさん 有」と。
正式名称「男性用カツラ三和有限会社」の看板。祐巳はこの「男性用カツラさんわ有」の「わ」が消えた看板が遠目に輝いているのを初めてみたときの衝撃を今でも鮮明に憶えている。だって、あれはあまりにも鮮烈だったから。
(あれっ、あれってなんて書いているんだろ?・・・だっ、「男性用カツラさん」ってなに?? し、しかもあるの!!)
あれは本当にびっくりした。な、なにやってんのよ、かつらさん。いくらなんでもやりすぎでしょ! と思わず突っ込みを入れたぐらいだ。
祐巳はその時からこの看板を見るたびにいつも思い出す。
それほど付き合いが合ったわけじゃないけど、やたらと「名前」の方だけ印象的だったカツラさんのことを。
そして、同時にいつも同じ疑問に祐巳は襲われる。
(・・・そういえばカツラさんって、苗字はなんていうんだっけ?)
カツラさんの苗字。
それは誰も知らない、永遠の謎。 Fin