【594】 リリアン駆け足で  (くま一号 2005-09-20 20:18:18)


スキャンダラスな貴女トラブルQ&A  【No:589】 くま一号に続く
がちゃS レイニーシリーズ

「きゃああああ」
「令さまー。」
「あの、私を妹に〜。」
どどどどどどとど。いきなり駆け寄る集団。
「なななな、なんなのこれは。」

「黄薔薇さまあ、逃げないと、あの、つ、つ、ぶされますよっ。」
「しょう、こちゃん? なんなの、これは。」
「ですから、これ、この、ごうがいっ。」
・・・・あーあ。全部書いちゃったのか。
こういうことをするのは誰かって、決まってるよねえ……。まあ、連帯責任だよね。
「それで、笙子ちゃんもおつきあいで追っかけられてるのね。」
「蔦子さまなんて、一年生と三年生に囲まれてたいへん。どうなっちゃうんですか。」
「どうなるかって、祐巳ちゃんが動けば学園大騒ぎって決まってるの。」
「そんなあ。」

「さーて、走るかっ。」
「黄薔薇さまあ、置いていかないでくださいぃぃ。」
どどどどどどど。



−−−−−−−−

 まだ、外の騒ぎに気がつかない薔薇の館。
はいってきたのは、志摩子と祐巳。

「ごきげんよう。」
「ごきげんよう、白薔薇さま、紅薔薇のつぼみ。」
「ごきげんよう、お姉さま、祐巳さま。」
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん。可南子ちゃん、来てくれたんだね。」
「はい。祐巳さまのお役に立つならば。」
乃梨子ちゃんが先に呼んできたんだろう。薔薇の館で見るのはずいぶん久しぶりだ。

 いつもと違う席だけど志摩子さんと向かい合うように座った。紅茶を置いたあと、ごく自然に志摩子さんの隣に乃梨子ちゃん。祐巳の隣に可南子ちゃんが座った。

「ねえ、祐巳さん。あなた、瞳子をどれだけ傷つけたかわかっているかしら?」
「わかってる、と思う。本当に勇気を出してくれたんだから、真っ正面から答えていなきゃいけなかったの。」
「そんなことじゃないわ。あの時、瞳子がなにに打ちのめされていたか。レイニーブルーをまだ消せていないのは祐巳さんよりも瞳子よ。」

「どういうこと?」
「あの時、紅薔薇さまを追いつめたのは自分だと思っているのよ、瞳子は。」
「まさか、だって、瞳子ちゃんはずっと事情を知っていたんだし、あの時」
「あの時祐巳さんを遠ざけたのは自分だと思っている。その上、紅薔薇さまの助けになれなかったのも悔いているの。」

「瞳子ちゃん、志摩子さんにそれを話したの?」
「半分だけね。半分は想像だけど、外れていないと思うわよ。」
「そんな。私にはなにも言ってくれないのに。」

「言えるわけないじゃない! 祐巳さん、あなたずるいわ。瞳子の想いに気づかないふりをしていたんじゃないかって何度も思ったわ。」
「だって、お姉さまにあこがれていたんだよ、祥子お姉さま、祥子お姉さまって、なついて、お姉さまだって……。」
「最初はそうだった、でもそれが変わったのはいつ頃だと思う?」
「わからない。本当にわからないの。」

「随分前のことよ。まだ祥子さまが休んでいる原因が分からない時に、祐巳さんとミルクホールで喧嘩したでしょ。あの時、瞳子は『見損ないました』って言葉を使ったそうね。」
「うん……。」
「セリフには敏感よ、瞳子は。期待があったから『見損なった』なの。」
「そんなに、前から……。」
「瞳子は『祥子お姉さま』をそれほどに引きつける祐巳さんのことを調べ始めたそうよ。」
「瞳子ちゃんが私のことを?」
「学園祭の時、祥子さまがいきなり出したロザリオを祐巳さんは受けなかった。みんなはそれが凄いって言うんだけど、瞳子はそれは当たり前、顔も知らない相手にぶつかったからって出されたロザリオなんて受け取れないって、そこは当然っていうの。」
「ふーん。ずいぶんぎりぎりまで迷ったけどなあ。」
「問題はそのあと。祐巳さん、それなのに祥子さまの弁護を始めたわよね。それで賭になった。」
「だって。理不尽は理不尽だもの。」
「そこよ。それが祐巳さんの謎だって。そして、祥子さま。瞳子にしてみればなにがあったかわからないけれど、祐巳さんはロザリオをください、シンデレラをやりますって言ったのよね?」
「うん、そう。」
「ところが、祥子さまは180度態度が変わって、いったん祐巳さんの申し出を断ってシンデレラを演じ切ってからあらためて賭も同情もなく祐巳さんにロザリオを差し出した。わずか二週間の間に、そこまで祥子さまを変えた祐巳さんっていったいどんな人だろうって。瞳子は最初から一目置いていたのよ。」

「一目おいていて、『この方、おっかしいのですもの。』なの? 瞳子ちゃんらしいけど。」
「そう。まさに瞳子らしい。最初っからね。」


「祐巳さま、あの喧嘩のあとドリ、じゃなくて瞳子を薔薇の館に呼び寄せましたよね。」
「うん、でも可南子ちゃん、瞳子ちゃんはあの時私の妹になりたいなんて思ってはいなかったと思うけど。」

「私が体育祭の賭けを持ち出された時だって思ってはいませんでした。でも、祐巳さま、あなたはそうやって自分の苦手になった相手も懐に引き入れてしまう。瞳子だって、そこでなにか感じたと思うんです。」
「祐巳さんが、瞳子が祥子さまを見つめていると思っている間ずっと苦しんできたのよ。梅雨の悪夢に。瞳子の方から言えるわけがなかったの。」

「だって、あれは私と祥子さまの問題で瞳子ちゃんは悪くない。」
「瞳子自身がそう言えるの? 祐巳さんが自分と祥子さまの問題って解決済にしてしまったことを瞳子がずっと悩み続けていなかったとでもいうの?」

……元気になっちゃって。祥子お姉さまがいないのに急に元気になっちゃって。
そういうこと、だったのか……。

「志摩子さん、そこまでわかっているならどうして。」
「今までなにもできなかったか? ロザリオ渡しでもしなければ瞳子の壁はやぶれなかったのよ。紅薔薇さまにも、乃梨子にもこれは相談できない問題でしょう。今、私が『姉』として聞かなければ、意地っ張りの瞳子が話したと思う? おんなじように意地っ張りで強情でなんにもわかってない祐巳さんには絶対に話さなかったわよ。」

「志摩子さん! 瞳子ちゃんを呼び捨てにするのはやめて。お願い。お願いだから。」
「……。」
「志摩子さん、あなたの妹は乃梨子ちゃんひとりなんでしょう? 瞳子ちゃんにロザリオを渡したからってそれは変わっていないんでしょう?」
「……。」
「お願い! そうだって言って。」

「そうよ。そうね、私もごまかしはやめるわ。私の妹は乃梨子だけ。」
ふう。息をついて椅子にもたれかかる祐巳。

「このことを話し合わずに、今日瞳子ちゃんと祐巳さんの二人で会ってロザリオを渡したとしたら、瞳子ちゃんはたぶん受け取って、私のロザリオは返すでしょうね。でもレイニーブルーがそのまま残ってしまう。いつかもう一度繰り返す。そう思ったのよ。」
「志摩子さん……。」
「むちゃだったかしら。ひっぱたいてもいいわよ。」
「そんなこと、できない。」

「乃梨子も、ごめんなさいね。」
「友情です。」茶化したように言う乃梨子ちゃんの目に光るものが。

「祐巳さま、あなたはご自分で思っているよりもずっと素敵な方なんですよ。」
「なな、なに、いきなり可南子ちゃん。」
「『今の』私がこう言ってもそれでも信じられませんか。」
「ほめられるのってなれてないよ。」
「瞳子も私も、一度祐巳さまといざこざがあって、そのあと祐巳さまからもう一度手をさしのべられた、そうですよね。」
「うん、手をさしのべたなんて大げさなものじゃないけれど。」

「いいえ。現に、この前の茶話会で落第しちゃった三人、なにか祐巳さまのために働いているようですけれど?」
「ののの、乃梨子ちゃん、なんでそれを。」
「かまをかけただけです。」
「乃梨子ちゃん!」
「でも、そうなんですね。祐巳さまってそういう人なんですよ。祐巳さまを本当に嫌いになれる人なんていないんです。信じましたか?」

「信じて欲しい相手にはわからないよ。志摩子さんのロザリオを受け取って、今はまだ掛けている。」

「私のこと? 冗談で、でなければ乗せられてお姉さまって呼んでくれたこともあるわよ。でもそれ以上は、祐巳さんが自分で聞くことね。」
「わかったわ。」
「瞳子ちゃんも苦しんだ。忘れてはダメよ。あとは信じること。」


「ねえ、志摩子さん。」
「なにかしら。」
「あの、ありがとう。」
「ううん。祐巳さんを追いつめただけで終わってしまうんじゃないかってずっと不安だった。私こそ、ありがとう。」
「それじゃ、行くわ。もう一つ約束があるの。」
「瞳子ちゃん?」
「ううん、それはまだ。もうひとつ準備、がね、てへへ。」



−−−−−−−−

「……可南子さん、外、騒がしいよ。」
「……なんなのかしら。」
「あーーあの、新聞っ。まさかみんな姉妹がいる人の二人目ねらいで?」
「そうよ号外。祐巳さんったらあそこまでやるかしら?」
「ちがうわよ。私は新聞部に指図するのはいやだから、何も話してはいないわ。そもそも今朝いきなり志摩子さんに連行されたんだもん、真美さんと話をする暇なんて無かったわよ。」
「三奈子さまでしょうか。」
「ちがうでしょうね。こういうことをするのは。」

「……暴走機関車。」
「……あの、青信号……。」
「噂を流すだけって言ったのに。」

「え?」
「あん?」
「あ、しまった。」

「ふふふ。これが来年の山百合会の結束よ、ねえ、祐巳さん。」
「あー。もう。しょうがないなあ。これから打合わせよ。もお。」
「ここで話したことは由乃さんには今日だけ伏せておいた方がいいわよ。瞳子ちゃんとひっかきあいになりかねないわよ。」
「はあ。そうね。いずれは全部話すけど。」

「それでフォローは全部、乃梨子の役なんですよねー。可南子さん、走るわよ。」
「ななな、なによ乃梨子さん。私はもともと姉はいないのよ。べつに号外が出たからって関係ないじゃない。」
「甘いわね。この雰囲気に踊らされてロザリオが乱れ飛んでるに違いないわよ。」
「私を妹にしようなんて物好きがいるかしら。」
「とんでもない。紅薔薇のつぼみを振ったクールビューティ。二年三年のお姉さま方がこのさい放っておくわけがないって。」
「この際ってなんなのそれー。乃梨子さんそういうあなたは。」
「私も走るわよ。今日は、祐巳さまと瞳子を守るために、学園中力の限りに走るのっ。」
「あははは、いいわそれ。あのドリ、もとい瞳子にふさわしいって。」

「お姉さまはどうするんですか? お聖堂にでも避難します?」
「だいじょうぶよ。私はこれ以上姉妹は作りません、ってにこっと笑えばわかってもらえるわ。」

「それは白薔薇さまだけですーーー。」
「それはお姉さまだけですー。」
「それは志摩子さんだけ〜。」


「しょーがねー、行くよ可南子さん! 私たちが出て少ししたらこっそり出てください、祐巳さま。」
「リリアンで私についてこられるのは陸上部の他は黄薔薇さまくらいよ。Go!」


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