「そ〜ら、けせらせらうーらら♪」
なにやらやたらとご機嫌で、黄薔薇のつぼみこと島津由乃が歌っていた。
いつものように薔薇の館、その場に居合わせているのは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳とその妹候補松平瞳子、白薔薇さま藤堂志摩子と白薔薇のつぼみ二条乃梨子の四人だった。
「こころ、コロリころんーでも♪」
書類に目を通しつつ、笑みを浮かべて歌いつづける由乃。
「トキメキどぎまぎベリラッキー♪」
何がそんなに嬉しいんだ、と言わんばかりの目で、由乃を見る一同。
お互いに、どうしたんだよアレ、ってな視線を交し合うも、答えはサッパリ出てこない。
「ぺったん、たんたドリぺったん♪」
「って失礼ですわね由乃さま!誰がぺったんですか誰が!?」
即座に突っ込むドリ…瞳子をまるで意に介さず、歌いつづける由乃。
「ぺったん、たんたリコぺったん♪」
「ちょっと待った由乃さま!私これでも80は超えてますからぺったんじゃありません!」
「そうよ由乃さん。乃梨子は着痩せするタイプだから、結構大きいのよ」
すかさずフォローなっていないような気がしないでもないフォローをする志摩子。
「恋したみたい、胸イッパイ♪」
既にツーコーラス目の由乃は、まったく周りの声が聞こえていないようだった。
「まぁまぁ、せっかくご機嫌なんだから、ちょっとぐらいは大目に見ようよ」
「それは槍玉にあげられていない祐巳さまだから言えるんです!」
「由乃さんの機嫌を損ねる方が、被害が大きいかもしれないよ?」
『う…』
さすがは一日の長、祐巳の意見に反論できないドリリコだった。
諦めの表情で、今なお歌いつづける由乃を見守る一同。
「ぺったん、たんたユミぺったん♪」
「コラ待てや雌猫!誰がぺったんか誰が!?」
思わず、由乃に掴みかかる祐巳。
先程のセリフもどこへやら。
「お姉さまや志摩子さんに言われたらそりゃ諦めもつくけど、アンタには言われたくないわアンタには!」
「なんですって!?それじゃ祐巳さんのサイズ教えなさいよ!どっちが大きいか勝負よ!」
「ちょっとちょっと祐巳さま、暴力はいけません暴力は!」
「そうですわ!ひん剥いて確認したい気持ちも無くは無いですけど、つぼみ同士ではさすがに拙いです!」
「そうよ由乃さん。どんぐりの背比べにしかならないわ」
何気なく酷いことを言う志摩子。
『キー!!なんですって!?ちょっと大きいからって!』
「えぇと、じゃぁ目くそ…」
『もっと酷いわ!』
結局この争い(?)は、紅薔薇さま黄薔薇さまが現れるまで延々と続けられた。
「まぁ、冗談でも由乃が悪いね今回は」
「令ちゃん!」
「そうよ、コンプレックス…なのかどうかは本人しかわからないけど、それを突付いたのは紛れも無く由乃ちゃんよ」
「う〜…」
さすがの由乃も、薔薇さま二人には逆らえないようだ。
不満そうではあるものの、それ以上何も言わなかった。
「そうそう、それに由乃、気にすることはないよ。感度なら由乃が一番だから」
「あら、聞き捨てならないことを言うのね令。祐巳が負けるとでも?」
「そうですわね。乃梨子に勝る生徒は、リリアンには存在しませんわ」
『!?』
静かに火花を散らし合う三薔薇さまの言葉に、つぼみたちが一斉に身構えた。
「ねぇ、ちょっとヤバい雰囲気?」
「そうね、妹がらみの話題には、過剰に反応するから」
「早々に退散するべきでは?瞳子はすでに、館から退避しています」
「じゃぁ、気付かれないようにゆっくりと…」
足音を立てないように、そろりそろりとドアに向かうつぼみたち三人。
「じゃぁ、実際にここで試してみましょう」
「ええ!?」
「ちょっと祐巳さん!」
祥子の言葉に思わず反応してしまった祐巳。
「…祐巳、何処に行くつもりなのかしら?」
「由乃、私は退室許可を出した覚えはないんだけど」
「乃梨子?私を置いて、どこにも行かないわよね?」
本気モードの薔薇さま方は、ひたすら怖い。
祐巳は祥子に絶対服従だし。
常に令の主導権を握っている由乃すら、逆らえなくなるのだ。
志摩子至上主義者の乃梨子が、背くわけも無く。
『さぁ、それじゃ始めましょうね。クス…クスクスクス…』
『い〜〜やぁ〜〜〜!(でもちょっと嬉しい)』
ことほどさように、薔薇の館でのトラブルは、往々にして黄薔薇のつぼみが最大の原因だったりするのだが、本人にはあまり自覚が無いようで。
…来年の山百合会は、大丈夫なのか?
「ふぅ…。あの中に混ざることが出来るのは、いったいいつのことなのでしょう…?」
嬉しそうな声が響く薔薇の館二階を見上げながら、瞳子は静かに溜息を吐きつつ、独りごちた。