「可南子、次乃次子だよ」
「可南子、次乃次乃次子だよ」
「可南子、次野次野次野次子だよ」
「いやぁーーーーーーーーーー!!!!」
「どうしたの? 可南子、うなされていたわよ」
「おかあさん……」
恐い夢を見た。
私に妹が沢山出来る夢。
腕に赤ちゃんを抱いた、私と同じぐらいの歳の女の子達。
嫌だ、嫌すぎる……。
やはり、父を許したのは間違いだった。
悪夢は、人に話すと正夢にならないらしい。
学校に着いたら、瞳子にでも話してしまおう。
それとも、最近紅薔薇様が板に付いてきた祐巳さまに話そうか…。
さすがにこの話は母にするのは気が引ける。
私は心配する母に「大丈夫、なんでもない」と答え、朝ご飯を食べ早々に家を出た。
私と瞳子はあの日以来、なんとなく気軽に話をする関係になっていた。
祐巳さまの妹になった瞳子。
彼女もだいぶ変わった。
啀み合っていたあの頃とは違い、瞳子のちょっと素直じゃないところが何だか可愛らしく思える。
「か、可南子さまっ! ご、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
リリアンの門をくぐると、前とは違って随分私に声をかけてくる生徒が居る。
同級生、下級生。
こんな私のファンだという下級生がこの頃何故か増えてきた。
こないだのリリアンかわら版のせいだろうか。
結果は残念だったけど、バスケの交流試合の記事が載った。
掲載された写真は、私が唯一ゴールを決めた所だった。
それだけ見れば、大勝利って感じの記事だったけど結果は大敗だった。
先代の黄薔薇様の卒業で、体育会系のスターの不在がどうとかと瞳子は言っていた。
しかし、こうして下級生達について歩かれるのは正直こそばゆい。
「ああ、可南子さまがこっちを見てくださってる……」
いや、別にあなたのことを見ていたわけじゃないんだけど……。
こうして、自分がその立場になって去年私につけ回された祐巳さまはどんな気持ちだったんだろうと思うと正直大変申し訳ないと思うわけで。
あの自分を抱きしめてくねくねと悶えている彼女を見ると、彼女の中でどんな火星行きの私が出来上がってるのかと頭が痛い。
「可南子さんは人気者ですから」
教室についた私に瞳子はそういった。
紅薔薇の蕾である自分よりも、バレンタインにはチョコレートをもらえるかも知れないと冗談なんだか本気なんだかわからないことを言う。
実際、瞳子はかなり人気がある。
外面はいい奴だから、下級生からの人気は絶大だ。
今年のベストスール賞最有力候補は伊達じゃない。
「そうだ、瞳子」
私は、朝の夢の話を瞳子に話した。
瞳子は私の父の話を知っている。
娘と変わらないような歳の夕子さんと再婚した父の話を。
瞳子は、それ程驚かなかった。
どうやら、瞳子の周りにいる大人の男性はあちこちに女性を囲っているような男性ばかりでそれに比べたら私の父などマシな方だと言われた。
『娘にすまないと思う気持ちを持っているだけ、可南子さんのお父様はまともだと思いますわ』
それが彼女の言った言葉だった。
「それは、可南子さんに妹(スール)が出来るという予知夢だったのでは?」
「妹(スール)じゃない方の妹が増えたらどうするのよ。 夕子さんの所じゃないところに」
「……実は、可南子さん……」
急に瞳子は深刻な表情で私に切り出した。
「……私のお腹の中には、可南子さんのお父様の赤ちゃんが……痛っ!」
とりあえず、一発殴っておいた。
笑えないって……。
瞳子は、先日父に会ったことがあるわけだし。
「……本当ですのに」
まだ言うか、お前は!
もう一発殴っておいた。
どんなに本気に見えても、こいつは紅薔薇の蕾であると同時に演劇部の看板女優だ。
演技には長けている。
「もう、ポカポカ叩かないでください。 相変わらず、可南子さんはがさつなところが……」
ぷぅっと、ふくれて抗議する瞳子がちょっとかわいいと不覚にも思ってしまった。
妹(スール)か……。
そう言えば、祐巳さまに妹は作ってみたいって言ったっけ。
私の妹にはどんな子がなってくれるんだろう。
そんなことを考えながら、ぼんやりその日は授業を受けた。
放課後、部活へ急ぐ私の前にその子は現れたのだ。
「可南子お姉様」
その子は、確かに私をそう呼んだ。
今までも、下級生がそう私を呼んでいるのが聞こえたことが何度かあった。
しかし、面と向かってそう呼ばれたのは初めてだった。
だが、それは普通のソレとは明らかに違っていたのだ。
彼女が上の名前を口にした途端、私の思考は停止した。
やっぱ、父殴る。