朝、ドレッサーの前でふと思いつく。
「最上級生になったし、お姉さんっぽい髪型にしてみようかな」
こうかな。 あ、失敗。 うんしょ……。 うん、これで良し♪
お姉さんな気分での登校中。 乗り換えのバスを待つ駅前の停留所。
ざわざわざわ……。
「――ロサ――では――」
「――いつから――素敵――」
「――お美しいですわ――」
ひそひそひそ……。
何だか賑やかだなと思って背後にちらりと視線を向けると、それにつられて髪の毛がサラリ。 お姉さんな髪型のタマモノだ。
見るとちょっとだけ離れた所にリリアン生の集団がいて。 かなりの人数。
私と目が合った瞬間全員ピタッと静止しちゃった。 だるまさんがころんだ?
みんな揃って顔を真っ赤にしてるけど、暑いのかな? 私はまだ少し肌寒い季節だと思うんだけど。
バスが来たのでそのまま乗り込んだ。
背の高い学園門をくぐりぬけ、桜の花びらの舞い散る道を一人歩く。
道行く人々はこちらを見ると何故かいきなり立ち止まり、ちょっと歩きにくい。 みんな急がなくていいのかな。
「ご、ごきげんようっ、紅薔薇さまっ」
背後からの元気の良い挨拶。 それに答えるべくゆっくりと体ごと向き直って。 髪の毛もサラサラリ。
そこに居たのは可愛らしい3人組。 1年生かな?
私と目が合うとやっぱりみんな止まっちゃって。 流行ってるのかな。
3人の真っ赤なお顔を見てふと思いつく。
(最上級生になったし、お姉さんっぽい笑顔をしてみようかな)
「ごきげんよう」
ニコッ。 お姉さまと志摩子さんの笑顔を脳裏で参考にしながら微笑んでみる。 お姉さんっぽく。
その瞬間。
「きゅ、うきゅう〜〜!?」
謎の言葉を発しながら、3人ともその場にへたり込んじゃった。
「どど、どうしちゃ――」
「ダメよ祐巳さん! 私に任せてっ!」
「へ?」
そこに何の前触れもなく現れたのは、黄薔薇さまの由乃さん。
今日は由乃さんも私同様にお姉さんっぽい髪型をしてる。 やっぱり親友同士、気が合うんだよね。
でもなぜか私と目を合わせようとしない。
「由乃さん?」
「うっ、免疫のある私ですらヤバいのよ、これ以上は危険だわっ」
由乃さんもほっぺがほんのり赤い感じ。
「えっと……?」
「とにかくここは私に任せて、祐巳さんは先を急ぐのよっ!」
「う、うん……」
良く分からなかったけど、由乃さんに押し切られてその場を後にする。
由乃さんの出現タイミングが良すぎたのがちょっと気に掛かってたけど、「菜々、大丈夫!?」という一言でスッキリ解消した。
いつもよりかなり人気の少ない状況で、マリア様に手を合わせる。
シンと静まり返り、なんだか神聖な雰囲気だ。
そんな中で後ろから聞こえてくる音無き足音。 聞こえないんだけど、私には聞こえてくる。 それはやっぱり好きだから。
彼女も私が気付いてるのは分かってて、躊躇う事無く声を掛けてくれる。
「ごきげんよう、お姉さま」
松平瞳子ちゃん。 私のたった一人の妹。
目を閉じたまま大好きな瞳子ちゃんの声を耳にしてふと思いつく。
(最上級生になったし、お姉さんっぽい話し方にしてみようかな)
お姉さん気分でゆっくり体ごと振り返る。 首だけで振り向くなんて事はやっちゃだめ。
振り返るのにつられて、お姉さんな髪もサラサラサラリ。 朝日にちょっとだけ輝いちゃった。
私と目が合うと瞳子ちゃんも一瞬止まっちゃったみたいだったけど、すぐにいつものお澄まし笑顔を見せてくれた。
「ごきげんよう、瞳子」
ニッコリ。 さらに先々代の薔薇さま方も参考にしつつ、お姉さんっぽく微笑みかける。
「う、うぐっ……」
今度は瞳子ちゃん、謎の音声を発しながら真っ赤になって固まっちゃった。 う〜ん、お姉さんっぽくなかったかな?
気を取り直して。
「瞳子は今日も可愛い髪型ね。 いつもきちんとしていて姉として嬉しいわ」
笑顔を交えながらお姉さんな雰囲気で言葉を紡ぎ出す。 細かい仕草にもちゃんと気を配って。
すると。
真っ赤に上気しちゃった瞳子ちゃんは、細かくプルプルと震えた後。
「う、うぼぁ〜〜!!」
バタリ。 ドクドクドク……。
前のめりに突っ伏した。 地面が赤く染まってゆく……。
「と、瞳子ちゃん!? あ、違った、やり直しね。 と、瞳子!? あなたどうしたの!?」
慌てて瞳子ちゃんを抱きかかえて、保健室に連れて行ってあげた。
急に倒れちゃったからとても心配で、保健室の栄子先生に頼み込んで瞳子ちゃんのそばにずっとついててあげた。
瞳子ちゃんが目を覚ます度に優しく接してあげたんだけど。
その度に瞳子ちゃんは出血と昏倒を繰り返しちゃって。 最後には救急車で運ばれて行っちゃった。
それから、これは後で聞いたんだけど、その日はリリアン女学園始まって以来の遅刻者数だったんだって。