「あらまあ、何かの間違いだと思っていたけれど、あの噂、本当だったの?」
音楽室での連弾のあと、体育館へ向かう途中の廊下で、祥子と祐巳に山村先生が話し掛けた。
「でも、不思議ね。小笠原さんは福沢さんに断られたんでしょ?なのにどうして一緒にいるの?それとも、本当のところOKしたの?」
瞳をキラキラ輝かせながら、少女のように聞いてくる。
「お騒がせして申し訳ありません。私たちのことは、ご想像にお任せしますわ。では、失礼」
それ以上口を挟ませず、あっさりと山村先生をあしらった祥子は、祐巳の手を引いて、早々にその場から立ち去った。
「さ、祥子さま」
「わざわざ余計なこと言わなくていいの」
「でも」
「こちらが反応すればするほど…」
「そうではなくて」
「いったいなんなの?」
「いえ、あの、この先って音楽室だけですよね」
「そうよ」
「山村先生、何しに行かれるつもりなんでしょう?」
「…そう言えばそうね」
山村先生は音楽教諭でもなければ合唱部顧問でもない。
そんな人が、音楽室にどんな用事があるというのか。
振り返れば既に山村先生の姿はなく、閉じられた音楽室の扉は、当然開くはずもない。
鍵は、祐巳が今持っているのだから。
なのに、山村先生はいない。
階段までは一本道、追い抜かれた記憶もない。
『………』
「見なかったことにしましょう」
「そうですね…」
それは、祐巳がリリアンで初めて体験したミステリーだった。