【647】 サスペンス絶対領域全開  (春霞 2005-09-27 03:58:26)


【No:619】Sollaさま作『瞳子がありえないだろ!』 から続いているような…


「ごきげんようお姉さま方。 今宵はご多忙の中、お時間を頂き有難うございます。 ささやかながら 『薔薇さま方のさよなら会』 恒例の出し物をご用意いたしました。 つたない芸ではございますが、ご笑納頂ければ幸いです。 」 
 乃梨子は、にっこりと、デパートのエレベータガールもかくやと言う完璧な微笑でこの場をエスコートする。 
「なお、私 二条乃梨子の年次には、未だ 『つぼみの妹』 を名乗る同輩が居らず、不肖非才の身ひとりでは何とも場を持たせ得ないとの判断で、個人的な友人の 瞳子さん、 可南子さん、 そして ……敦子さんと美幸さん にもお手伝い頂くことになりました。 」 
 ふたたびのにっこり。 だがそこには 『あんたら、さっさと妹作れや』 オーラがびしびしと発射されていて、つぼみの2人は妙に居心地が悪そうだった。 
「それでは、前置きが長くなりましたが、どうぞご堪能下さい。 一番手は、 紅にふられたをんな。細川可南子嬢です。」 


          ◆◆◆


「だれがふられたのよ。 わたしはね、成れなかったんじゃなくて、成らなかったの。 瞳子さんと違ってね。 」 
 不穏な台詞をにこやかにのたまいながら、可南子は即席の舞台に颯爽と上がった。 本人の中では、もう吹っ切れた事のようで、笑顔にかげりは無い。 むしろ、周囲の人間のほうがギョッとしたり、キーっとなったりしていた。 

 何所から取り出したのか、光沢のある真黒のインパネスをバサリと羽織る。 
 腰まである長く艶やかな黒髪をふぁさりと整える。 
 左手の小指で唇をなぞると、特に何を塗った様でもないのに、淫猥な鮮血色にそまる。 

 可南子の一つ一つの所作のたびに、祐巳には何故か部屋の中に闇が増えていくように思えた。 蛍光灯は明々と灯り、窓の外にはまだ夕暮れの残照が残っているのに。 
「な なにを、始めるの? 」 祐巳の声は、意図せずしてかすかに震えをおびた。 
 ごくり。 つばを飲み込む音が、祐巳の中で異様に大きく響く。 
 きゅっ。 最後に真っ白い手袋をはめ、可南子は深く深く微笑んだ。 



「「マジックを!! 」」 朗々とした声が、世界を一変させる。 可南子の声に世界の裏側から誰かが唱和した。 



 館の中に濃密な何かが充満し、祐巳は身動きが取れなくなる。 いいや。 体は普通に動いている。 紅茶を飲み、クッキーを摘み。 周囲と談笑さえして。 他の人は何も気付いていないのだろうか。 祐巳の心は、みなの顔を良く見ようとするが、可南子の白手袋から視線が外れない。 
 可南子の黒いインパネスを背景にしてひらひらと揺れる目に痛いほど白い手袋に、全ての意識が集中してしまう。 心は悲鳴をあげたいのに、口元はなぜか微笑んでいる。 

 祐巳の心中の混乱とは対照的に、可南子のマジックはしごくオーソドックスに進んだ。 
    コインが踊り。 
        カードが跳ね。 
            万国旗が揺らめき。 
                鳩が飛びかう。 

 鳩? 祐巳の恐怖に疲れきって半分麻痺したような心の片隅で、何かが引っ掛った。 
 あの鳩は、何所から出てきたの? そして何所へいったの? 今目の前を走っていったポニーは? この、ひらひらしたのは蝶でなく、妖精に見えるんですけど…。 

 可南子は、心のなかの混乱とは裏腹に拍手喝采をする祐巳をふと見遣り、苦笑して柔かいことで定評のあるその頬にそっと右手を添えた。 
 ぴりり。 祐巳の中を痺れるような、痛みのような、だけれども甘い何かが通り抜けていった。

 パチン。 どこか遠いところで、誰かが鋭く指が鳴らす。 
 祐巳の目の前に、普通にリリアンのセーラを着た可南子がいる。 その向こうには緑の大草原が広がり、なも無き花たちが咲き誇っている。 
「え? え? 」 声を出せる事に気が付いた。 体と心が繋がっている感じ。 
「可南子ちゃん、これはいったい… 」 戸惑い問い質そうとする祐巳をやんわりとさえぎる可南子。 
「祐巳さま。 これは夢です。 マジック。 マジシャンの見せる夢なのです。 」 
「夢、なの? 」 
「はい 」 
「夢、だったら… 」 
 祐巳は、さっきまで心を凍えさせていた得体の知れない恐怖が、ゆるゆると溶け出し、とても暖かくてもどかしいものに変わっていくのを感じていた。 

 祐巳は、そうっと両手を可南子の頬に添え、ゆっくりと近づいてゆく。 可南子の瞳の中には祐巳だけが映っている。 

「夢、だったら。 良いよね。 可南子ちゃん。 私はね、本当は… 」 


                             ◆◆◆


 パチン。 またどこか遠くで指が鳴る。 
 可南子の出して見せた、紅と黄の2つの巨大な花束を、皆で拍手喝采する。 妙な違和感は何所にも無い。 
 祐巳は、胸に満ちる切なさと、愛しさと、悲しさが急速に霞んで行くのに気が付かなかった。 折角の可南子のマジックを、あまり良く思い出せない自分に気付いて、ちょっとがっかりしている内に、その甘やかな全ては霧のかなたに消えてしまった。 
 其処に居合わせた誰もが、まるでプロのような可南子の技の素晴らしさに、楽しげに微笑んでいた。 
 白薔薇さまと、そのつぼみを除いて。 
 かすかに眉をひそめた白薔薇さまと、苦笑してその膝をぽんぽんとあやすつぼみ。 
「どうしたの、志摩子さん。 気分が良くないの? 」 
 祐巳が心配して声をかけると、白薔薇さまはいつもの慈愛深い微笑で応えた。 
「いいえ、可南子さんのマジックに見とれていて。 今飲んだお茶が冷えていたのにびっくりしただけなのよ。 」 
 だから気にしないで。 それにしても可南子さんは、本・当・に マジックが上手ね。 と続ける白薔薇さまに、可南子はちょっと肩をすぼめ済まなさそうに笑った。 
「お粗末さまでした。 」 

「ふ。 やるわね。 可南子ちゃん。 貴女がこんな芸を持っていたとは。 」 
 何かを刺激されたらしい由乃さんが、勝負魂を燃え立たせて可南子ちゃんの降りた舞台に突進する。 それを黄薔薇さまが止めに入って、場内騒然。 
 だから、可南子の呟きは誰にも聞こえなかった。 


「幻影と愛のSallos。 ご助力に対し、魔術師可南子より心からの感謝を」 




そうして宴は始まった。  



【No:660】 拙作『焔の贈り物』へ続きます。
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v1.1 改訂: 2005/09/28 22:20 思いついて、可南子の異様さに溺れたのを祐巳だけにしました。


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