【673】 バストアップして  (朝生行幸 2005-09-30 11:43:16)


「それでは、この記事はそのまま使うことにします」
「次に、これらの写真ですが…」
 次回出版予定のリリアンかわら版の準備稿を持って、薔薇の館に来た新聞部部長山口真美と写真部の武嶋蔦子は、メイン記事の扱いについて、山百合会関係者と打ち合わせを行っていた。
 今回に限り、紅薔薇と白薔薇が中心なので、特にやることがない黄薔薇姉妹は、全員分のお茶を用意するべく、シンクの前に立っていた。
「紅薔薇さま白薔薇さまはアップで、つぼみのお二人はバストアップで行きます」
 背中越しに、打ち合わせを聞いていた黄薔薇のつぼみこと島津由乃の動きが、ピタリと止まる。
(ばばばば、バストアップ?)
 聞き捨てなら無い言葉に、由乃の青信号が灯った。
 只でさえ成長に乏しいアノ部分を気にしているというのに、祐巳や乃梨子だけバストアップとは、おのれ新聞部、私に対する挑戦か!
 鬼の形相で、真美と蔦子を睨む由乃。
「では、レイアウトはこれで」
「あと、なにか付け加えることはありませんか?」
 背を向ける形になっているので、由乃の視線には気付かない二人。
「了解しました。どうも、お手間を取らせまして、申し訳ありませんでした」
 真美が、紅と白の薔薇さまに頭を下げる。
「いいえ、完成が楽しみだわ。しっかりね」
「はい、ありがとうございます」
「どうぞ」
 黄薔薇さまが、自ら淹れたお茶を皆に配る。
 ガチャンと音をたてて、真美と蔦子の前にカップを置く由乃。
 叩きつけるように乱暴にカップを置く由乃の態度に、令は眉を顰めた。
「ちょっと由乃、もうちょっと静かに置きなさい」
 令に注意されるも、頬を膨らませてそっぽを向いた由乃。
「ごめんなさいね。どうぞお飲みになって」
『は、はぁ…』
(何か、怒らせるようなことしたかな?)
(さぁ、心当たりはないんだけど)
 アイコンタクトで、ある程度の意思疎通が可能な真美と蔦子は、二人して理由を考えるも、答えはサッパリ出てこなかった。

「それでは失礼します」
 真美と蔦子は、お茶を飲みながらしばしの談笑の後、薔薇の館を去っていった。
「由乃、さっきの態度は何?お客様に失礼でしょ」
「……」
 無言のまま、再びそっぽを向く。
「由乃ちゃん、あなたも来年は薔薇さまなのよ?いちいち言われなくても分かるわよね?」
「由乃さん?感情のまま行動するのは、責任ある立場の人がやることではないと思うわ」
 埒があかないと踏んだのか、祥子と志摩子が口を添える。
「…お二人には、私の気持ちなんて分からないわよ!」
 捨て台詞を残して、薔薇の館を飛び出す由乃。
「どうしたのかしら?」
『……』
 祥子の呟きに答えられる者は、ここには居なかった。

「ちょっとそこの二人!」
 肩を並べて歩く真美と蔦子に向かって呼びかける由乃。
「あら由乃さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう…じゃなくて!」
「いったいどうしたの?先程からご機嫌斜めのようだけど」
「斜めも斜め、納得いかないからよ」
「だから、なんのこと?」
「どうして、祐巳さんと乃梨子ちゃんだけバストアップなのよ?」
 聡明な真美と蔦子のこと、由乃の言葉に、何故お腹立ちなのかピンと来た。
(なるほど、だから怒ってたんだ)
(ええ、結構誤解を招きやすい言葉だものね)
 困った顔で、再びアイコンタクトの二人。
「あー、えーと由乃さん?」
「何よ」
「怒らないで聞いてもらえるかしら」
「だから、何よ」
「バストアップというのはね…」
 簡潔かつ分かり易い蔦子の説明に、由乃の顔が真っ赤になった。
「え、えーとその、ゴメン。このことは内緒にしてくれる?」
「さーて、どうしようかしら?」
「記事にするのも面白いかもね」
「そんなぁ…。お願い!一生に一度のお願い!」
 嫌な笑みを浮かべる真美と蔦子に、泣きそうな顔ですがる由乃。
「冗談よ。青信号もいいけど、まぁそれが由乃さんの最大のウリだけど、もうちょっと冷静に行動するよう、忠告させていただくわ」
「そうそう。へんな意地を張る癖がついちゃうと、柔軟性に欠けてしまうからね」
『では、ごきげんよう』
 立ち去る二人の背中を、呆然と見つめる由乃。
 恥ずかしさとバツの悪さで一杯の由乃は、赤い顔のまま、立ち尽くすことしか出来なかった。

※バストアップ:
一般的には、女性が物理的に胸を大きくする(または見せる)ための手法を指すが、胸像(胸から上の像や写真、絵など)もこう呼ばれる。


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