【675】 想い真相  (8人目 2005-10-01 01:08:55)


『がちゃSレイニー』

     †     †     †

 由乃さんと桂さんとで密談した古い温室を出て、少し考えを整理するために一人になる。
 祐巳は、ヴァレンタインデーの日に見つけた、人気のない茂みの奥をゆっくりと歩いていた。
 よくランチが通る場所だが、祐巳も時々利用している、いわゆる獣道ってやつだ。このまま進むと校舎の裏に出る。
 秋の天気の良いお昼には、志摩子さんもよく見かけた。リリアンは道と道の間隔が広く、その間には緑が茂っているのだ。

(考えることが多いよ〜)

 整理するには、あまりに多くの想定外。脳味噌はパンク寸前。
 祐巳の大作戦そのものは、途中ハプニングもあったが、あの様子だとつつがなく進行しているみたいだ。
 このまま順調なら、お昼には作戦の第三段階に移行できると思う。でも、それはとりあえず置いておく。
 それとは別に。薔薇の館で志摩子さんと話しながら、新しい情報を少しずつ追加していた祐巳は。やっと、まとめの段階だった。

(志摩子さんに、先に種明かしされちゃった)

 志摩子さんは、誰の悲しい顔もこれ以上見たくないと言っていた。
 でもね、瞳子ちゃんの事情を志摩子さんから聞いて、祐巳が納得して瞳子ちゃんと姉妹になったとしても。まだ瞳子ちゃんのレイニーブルーは残ったままだ。
 そして祐巳が気付いた振りをして、手を差し伸べてハッピーエンド?今回はそれで良くても、そんなの瞳子ちゃんのためにならないと思う。
 本当は、悩んで言い難い事を自分から言わなければ、自分から話せるようにならなければ、いつまでたっても解決なんてしないのだ。
 祐巳のときは蓉子さまや聖さまが後押ししてくれた。でも瞳子ちゃんにはそんな人がいない。

(私はもう隠す事なんてしないんだけれどね。梅雨の時に反省してから、勘違いも含めて全部正直に話しているし。あははは……)

『……はぁ』

 志摩子さんは、『瞳子ちゃんは祐巳さんに絶対話さない』って言っていた。
 ならば、このまま普通に姉妹になっても瞳子ちゃんは話さないだろう。いつかは話してくれるかもしれないけれど、そんな関係ではお互いを信じ続ける事が出来ないと思う。経験上……。
 正直、何も話してくれない瞳子ちゃんの想いを、いつも気付いてあげられる自信が無い。それに、それだけだと相手を甘やかしているだけだ。
 双方が相手のことを想っていても、それが相手に伝わらなければ、いつかレイニーブルーが訪れる。
 それでも片方が相手を想い続けてさえいれば、相手に伝えられるチャンスがあれば、いつかは解決するだろう。どれだけの時間がかかるか、わからないけれど。

(梅雨の時の瞳子ちゃんの想いは、内容はともかく、もともと言わせるつもりだったのよね)

 瞳子ちゃんの悪評をなんとかしたいのが、その理由。
 聡い瞳子ちゃんのこと、公衆の面前で言い合うくらいの話。それなりの理由があったはず。
 けれど、私たちは最後まで話し合わなかった。だから今日、あの時の想いを聞き出すための舞台を準備しているのだ。
 無理やりにでも聞き出す。そのためなら、どんなに自分が汚れても構わないと思っている。

 志摩子さんから聞いた。あの時から瞳子ちゃんの時計は止まったままらしい。
 祐巳が自分の問題だと片付けて、全てを許してしまったからだ。機会は失われてしまった。

(大作戦を後押しする材料が、増えたのよね)

 だから少し修正しよう。そのまま今までの想いを全部吐き出させる。
 同じ、意地っ張りで強情だからよくわかる。自分の想いを出せずに、祐巳はいつも落ち込んでいたのだから。
 プライドを捨てて、破れかぶれでも、口に出して話してしまわなければ、蓄積されていく。

(まぁ、出した後に祥子さまに逃げられて、その次は私が逃げた。それが祥子さまと私のレイニーブルーなんだけど)

 祐巳は瞳子ちゃんを信じると決めたのだ。最後まで双方が逃げないで話し合いさえすれば、受け止めて答えを出せる。
 瞳子ちゃんの止まった時計を動かして進める。その時は、お昼休み。場所は薔薇の館とその周辺。
 と、そこまで考えて、自分が立ち止まっていたのに気がついた。

『やばっ、急がないと朝拝の時間に送れちゃう。それにしても……』

 祐巳が志摩子さんから先に聞いてしまった事を、瞳子ちゃんが知ったらどう思うのだろうか。
 瞳子ちゃんの後悔、事情、そして祐巳への想い。自分から話さなければならない事を、先に誰かに言われていたと知ったら。教えられていたと、あとで知ったら。
 そして祐巳に全部知られていて、でも瞳子ちゃんは隠したままで姉妹になったら……きっとすごく傷つくと思う。

 だから、姉妹になる前に必ず全部言わせなくちゃならない。それまでロザリオの授受はしない。それと一つだけ、あの言葉を祐巳に言ってくれるまでは。
 新たなプレッシャーがのしかかってしまった。

(答え合わせは楽でいいんだけれどね……少し重い真相、かな?)

 なんとか、朝拝の鐘の音と共に、パタパタと二年松組の教室に滑り込んだが。

『うぅ、考えることが多すぎて授業の内容が頭に入らないよぅ……』


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