【684】 マイナスイオンで途方に暮れる  (朝生行幸 2005-10-03 18:48:46)


「見て見て、瞳子ちゃん。ホラこれ」
「祐巳さま、なんですかそれ?」
 なんだか誇らしげに、手の中の宝石を転がす祐巳。
「へへへ〜、綺麗でしょ。これ、トルマリンっていうの」
「ああ、10月の誕生石ですね。それが如何しましたか?」
「これってスゴイんだよ。マイナスイオンを常時発散しているから、とっても身体に良いんだって」
「へぇ〜」
 感心する瞳子。
「あの〜祐巳さま?」
「何?乃梨子ちゃん」
 申し訳なさそうに、祐巳と瞳子の会話に口を挟む乃梨子。
「知らない人は、よく騙されるのですが。トルマリンというのはですね…」
 トルマリンとは、応力を加えることによって、初めて表面に電荷が生じる『圧電素子』と呼ばれる結晶体である。
 圧力による電位で圧力センサとして、分極変化による電荷で温度センサとして利用される。
 言うまでもないが、良く言われるところの『常にパワーを放出している』のフレーズは、物理の基本中の基本、『エネルギー保存則』に反しているので、このフレーズを臆面もなく使っている場合は、ほぼ確実にインチキと判断できる。
 また、『トルマリンからマイナスイオンが発生する』との主張はまったくのデタラメ、そもそもトルマリンは、マイナスイオンなんぞ一切発生させない。
「それに、マイナスイオンが身体に良いなんてこと自体、まったく実証されていないんです。マイナスイオンがブームになっているのは日本だけ。まったく、バカバカしい話ですよね」
『へ、へぇ〜…』
 淀むことなくとうとうと語る乃梨子に、感心することしきりの二人だった。

「瞳子ちゃんにも、コレあげる」
「いったい何ですの?」
 祐巳から渡されたフェルトの袋の中には、備長炭が入っていた。
「これを持っているとね、有害な電磁波から守ってくれるんだって」
「ああ、ちょっと前に良く言われていましたね」
「テレビとか携帯電話とか、電気製品からの電磁波対策に抜群なんだよ」
「へぇ〜」
 感心する瞳子。
「あの〜祐巳さま?」
「何?乃梨子ちゃん」
 申し訳なさそうに、再び祐巳と瞳子の会話に口を挟む乃梨子。
「知らない人は、よく騙されるのですが。電磁波というのはですね…」
 電磁波は、それこそあらゆる電気製品等から、大小強弱問わず発生しているのは事実である。
 炭は黒炭と白炭に分かれ、前者は低温、後者は高温で焼かれている。
 1000℃以上で焼かれた備長炭は、通電性が増し、その結果、電磁波は人体よりも先に炭に流れることになる。
 これが、一般的に電磁波を遮断すると言われる現象だが、実際に遮断するには、対象物を完全に覆う必要がある。
 持っていたり、近くに置くだけではほとんど効果がないのだ。
「ですから、本当に電磁波から身を守ろうとするならば、備長炭スーツとでも言うべき服を作って着込まないと、まともに防ぐことはできません。気休めか、せいぜい静電気を逃すことぐらいにしか使えませんね」
『へ、へぇ〜…』
 流れるようにとうとうと語る乃梨子に、感心することしきりの二人だった。

「瞳子ちゃんも、これ要るかな?」
「何ですか?祐巳さま」
 祐巳が手にしているのは、陶器のような質の小さなタイルだった。
「これはね、遠赤外線を放射するセラミックだよ」
「そう言えば、遠赤外線は身体に良いと言われてますね」
「うん、遠赤外線を浴びたら、脳からアルファ波が出てリラックス出来て健康に良いんだって」
「へぇ〜」
 感心する瞳子。
「あの〜祐巳さま?」
「何?乃梨子ちゃん」
 申し訳なさそうに、三度祐巳と瞳子の会話に口を挟む乃梨子。
「知らない人は、よく騙されるのですが。遠赤外線というのはですね…」
 遠赤外線とは、波長の長い赤外線のことで、人体に吸収されやすいのは事実である。
 そもそも、熱を持った物体、例えば日光に照らされた石ころや、日当たりの良い部屋の窓枠などであっても、必ず赤外線を放射している。
 また、温かい環境に居れば(特に冬場)、リラックスするのは当たり前。
 そして、人間の脳は、リラックスすれば自然とアルファ波が出るようになっている。
 アルファ波が出ればリラックスできるという間違った説明が多いが、実際はその逆で、リラックスしたからこそアルファ波が出るのだ。
 リラックスして、心身ともに落ち着いていれば、身体に良いのは当然だ。
「ですから、そのセラミックが熱を帯びているのなら、赤外線は必ず放射されますが、それが健康に直結するとは限らないんです。その辺の関係を理解していない人が多いのは問題ですね」
『へ、へぇ〜…』
 詰まることなくとうとうと語る乃梨子に、感心することしきりの二人だった。

「ねぇ、瞳子ちゃん…」
「どうかされましたか?祐巳さま」
「私って、騙されやすいのかなぁ」
「……」
 返答に困る瞳子だった。


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