「おめでとう!アナタは今日から魔法少女よ!」
早朝のリリアンで、突然そう呼びかけてきたのはゴロンタだった。しかも猫にあるまじきことに後ろ二本足で立ち、肉球をこちらに「びしっ!」と突きつけながら。
「・・・・・・・・・・あ〜・・・最近、学園祭の準備で疲れてるからなぁ」
ゴロンタから視線をそらしつつ、乃梨子はそう呟く。そしてそのまま立ち去ろうとする。
そんな乃梨子の様子に慌てたゴロンタは、再び乃梨子の前に回りこみ、今度は乃梨子の視線の高さに自分を立たせるためにマリア像の台座に必死でよじ登った、そして改めて「びしっ!」と肉球を突きつける。
「おめでとう!!アナタは今日から魔法少女よ!!」
少し息があがっていたが、先程よりもボリュームを上げて同じセリフをぶつけてきた。
そんなゴロンタと、乃梨子は目が合ったはずなのだが・・・
「・・・・・・・・幻覚かぁ・・・・・・寝不足なのかも知れないなぁ」
再度視線をそらし、何事も無かったかのように歩き出す。どうやら徹底的に無視する作戦にでたようだ。
「ちょっと待ちなさいってば!私は幻覚じゃないわよ?!」
ゴロンタは慌ててマリア像から飛び降りると、乃梨子に並んで歩き出した。
「ちょっと!こっち見なさいってば!明らかに見えてるし聞こえてるでしょう?!」
「・・・幻聴と幻覚が同時進行なんて疲れ過ぎだな、私」
乃梨子は決してゴロンタと目を合わさず、いつもの五割り増しという競歩並みのスピードで立ち去ろうとする。
「コラー!」
「うわぁ!!」
業を煮やしたゴロンタが乃梨子の頭に飛び乗ると、さすがに乃梨子も立ち止まった。
「いいかげん話を聞きなさいよ!」
「イタタタタ!聞く!聞くから爪しまって!刺さるから!」
やっと自分と会話し出した乃梨子の言葉を聞き、ゴロンタは乃梨子の頭から飛び降りる。
「まったく・・・アタシを無視するから痛い目にあうのよ。まあとりあえず人目につくとマズいから、どこか人気の無いところへ行きましょうか」
「・・・人目につくのがイヤなわりには通りの真ん中で堂々とポーズとってたじゃない」
「確か古い温室があったわよね?そこに行きましょう」
ゴロンタは乃梨子のツッコミを鮮やかにスルーしつつ、温室へと誘うのであった。
温室へ辿りつくと、乃梨子は恐る恐るゴロンタへと話しかけた。
「えっと・・・・・・ゴロンタだよね?アナタ」
「アナタに合う前にもその呼び方する人がいたけど・・・そのゴロンタって名前やめてくれる?私のことはエリザベスと呼んでちょうだい」
二本足で立ち上がったゴ・・・エリザベスはそう言うと、手(前脚)を腰(と思われるあたり)に当てて、偉そうにふんぞり返った。
「ゴロンタじゃないの?」
「それはアタシがただの猫だった時に人間が勝手に付けた名前よ!レディに向かって“ゴロンタ”なんて名前付けるなんて何考えてるのかしらね?」
そう言われ、乃梨子は聖のヘラヘラと笑う顔を思い浮かべる。
「ん〜・・・何考えてるかは私にもいまいち・・・」
それはこっちが聞きたい事だと思う乃梨子だった。
「ん? ただの猫“だった”って事は、もともとはゴロンタなのね?」
「だからゴロンタはやめてちょうだいってば。今はマリア様からアナタの使い魔としての使命を賜ったエリザベスなんだから」
「マリア様から?」
「そうよ!」
エリザベスはまた「びしっ!」と肉球を突きつけてくる。どうやらお気に入りのポーズらしい。
しかし、いかにリリアンに通っているとはいえ、乃梨子は神の存在など信じてはいなかった。
「マリア様ねぇ・・・」
「あ!その顔は疑ってるわね?」
「だっていきなりそんな事言われても・・・」
「アタシがこうして喋ってる時点で超常の力が介在しているって気付きなさいよ」
「・・・理解できない事をイキナリ信じろって言われてもなぁ」
「なんなら理解できるまで説明しましょうか?」
「できるの?」
「物理学や神秘学の講義みたいなのを600時間くらい聞くのに耐えられるなら」
「・・・・・・やめとく」
「そう、残念ね。じゃあ、アタシが遣わされた理由から説明しましょうか」
エリザベスはそう言うと、落ち着いて話すためか、猫らしくちょこんと座り込んだ。
「最近、この世界が乱れまくってるのはアナタも薄々感じてるでしょう?テロ。異常気象。大きな旅客事故。そんな大事以外にも子供を虐待する親や、他人を蹴落として富を独り占めする者。人の心そのものが乱れているわ」
エリザベスの言葉に思い当たる事が多かったので、乃梨子は思わず真剣に耳を傾ける。その相手が猫だと思うと少し悲しくもあったが。
「そんな世の中に希望の光を灯すため、マリア様はご自分の御使いとも言える存在を送り出す事にしたの。それが・・・」
「・・・私?」
「そうよ」
あまりにも唐突で大げさな話に、乃梨子は呆然としてしまう。
「いきなりそんな事まかされてもなぁ・・・ だいたい何で私が選ばれたの?」
「そんなのまさに“神のみぞ知る”ってやつよ。私なんかには計り知れない理由があるんじゃない?」
エリザベスが立って喋っている時点で超常の力が働いているのは判る。しかし、どうも話が大きすぎてピンとこない。乃梨子は腕を組んで考え込んでしまった。
「もう・・・ 魔法少女としての自覚に乏しいわね。じゃあ、とりあえず形から入ってみましょうか」
「はい?」
乃梨子の態度にいらだったエリザベスは、そう言うと乃梨子を見つめる。するとその瞳が紫色に輝きだし、辺りに白く輝く粒子が舞い始める。
「ちょっと!何を始める気?」
白い粒子は徐々にエリザベスの周りに密集してゆく。そして直視できない程の輝きになった時、それは乃梨子に向かって放たれた。
「きゃあ!・・・・・・何?今の」
乃梨子が眩しさのあまり閉じていた目を開けると、まず自分の手が見えた。その手は白いレースのロンググローブに包まれていた。
「何これ?!」
驚いた乃梨子が見下ろすと、変化はグローブだけではなかった。フリルのカタマリのような白いパフスリーブのドレス。背中には物語りに出てくる天使のような羽。足元はスパンコールが眩しいハーフブーツ。ご丁寧に頭にはティアラが乗っていた。女の子向けのアニメなんかに出てくるいわゆる“魔女っ娘”そのもののコスチュームだった。
温室のガラスに写った自分の姿を見て、乃梨子は倒れそうになった。
「似合わなすぎる・・・ ていうかイタすぎる」
ミニスカートから覗く足をスカートの裾を引っ張って隠しながら、乃梨子は「何でこんなめに・・・」と呟いていた。もはや泣きそうである。
そんな乃梨子を見て、エリザベスは満足そうにうなずいている。
「うんうん。やっぱり魔法少女はこうでなくっちゃ!どお?少しは魔法少女としての自覚出てきた?」
「出るかぁ!!なんなのよこのイタいコスチュームは!!」
「イタいとは何よ!!せっかく2日もかけて考えたのに!!」
「こんなモン2日もかけて考案してるヒマがあったら、その時間使ってアンタが世直ししなさいよ!!」
「こんなモンとは何よ!!このいかにも魔法少女ですっていう王道なコスチュームの良さが判らないの?!」
「こんなモンの良さが判るのは夢見る少女と夢見すぎて取り返しのつかなくなった大人だけよ!!」
「“夢見る”と“夢見がち”を一緒にするな───!!」
魔法少女と使い魔の猫。本来ならば手に手を取って世界のために協力するのがスジなのだろうが、このコンビにそれを期待するのは無理なようだ。
「いいから早く元に戻しなさい!!」
「しょうがないわね・・・ じゃあコレ」
魔法少女としての自覚の全く無い乃梨子に溜息をつくと、エリザベスはクリスタルのような素材でできた全長30cm程のロッドを何処からともなく取り出した。ロッドの表面には細かな紋様が刻まれている。
「今どっから出し・・・ イヤ、もはや深く追求すまい。コレ何よ?」
何かをあきらめた乃梨子が聞くと、エリザベスは面倒くさそうに答えた。
「魔法少女って言えば魔法のステッキでしょうが」
「私はこのイタい格好を元に戻せって言ったんだけど?」
「イタいって言うな。自覚が在ろうが無かろうが、アンタが魔法少女になった事実はもう変えられないのよ。ついでだから魔法の実践を兼ねて、そのステッキで自分で戻してみなさい」
「・・・・・・コレで?」
乃梨子は胡散臭そうにステッキを見つめる。
「ステッキの先端に大きなクリスタルが付いてるでしょう?それに向かって意識を集中させれば、魔法が発動して自分の思い描くとおりの姿になれるわよ」
そう言われ、乃梨子はクリスタルに向かって集中し始める。同時に頭の中にリリアンの制服を思い浮かべた。すると、クリスタルの中心が微かに白く輝きだした。先程、エリザベスが乃梨子を変身させた時と同じ色の輝きだった。
「その調子よ!」
「むぅ・・・・・・・・・」
「意識をクリスタルだけに向けて!」
「・・・・・・・・・・」
「クリスタルが輝きで満たされれば魔法が発動するわよ!」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って発動しないじゃない!!」
「あれ?」
乃梨子のブチ切れた様子を見て、エリザベスも首を傾げる。
「おかしいわね?そんなに難しい事じゃないんだけど・・・」
「おかしいのはこのコスチュームだけでたくさんよ。もう授業始まっちゃうから元に戻してよ!」
いらだった乃梨子はステッキをエリザベスに突きつけてどなる。
「こらえ性の無い子ね。もう少し頑張りなさいよ」
「頑張りかたも良く判らないのに、どう頑張れっていうのよ!」
乃梨子は地団駄を踏み始める。
「気が短いわねぇ・・・ とにかく、これからアンタは世界の為に魔法を使わなけりゃならないのよ。ここで使いこなせなけりゃ後々困るのはアンタなのよ?」
「今もう困ってるわよ!だいたい魔法少女になる事を承知した覚えも無いんだからね!」
ロッドを突きつけてくる乃梨子にエリザベスは溜息をつく。
「まったく・・・さっきも言ったと思うけど、魔法少女になったっていう事実はもう変えられないのよ?つまり変更不可。そもそもアンタの信仰心に打たれたみたいな事をマリア様言ってたから、祈る事は不得手じゃないんでしょう?だから、もう少し努力してみなさい“藤堂志摩子”!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「『え?』って何よ?」
不思議そうな顔で聞いてくるエリザベスに向かって乃梨子は自分の顔を指差し告げる。
「“二条乃梨子”」
「・・・・・・・・・え?」
「私の名前は二条乃梨子」
「・・・・・・・・・え? だって・・・」
急にオロオロしだしたエリザベス。乃梨子はそんな彼女を冷徹に見下ろしつつ、一歩詰め寄る。
「だってもクソも無いの。私の名前は二条乃梨子なの!」
「え・・・でも、手首にロザリオ巻いてるからすぐ判るってマリア様が・・・」
「これは志摩子さんに貰ったの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
エリザベスはまた何処からともなく一枚の紙を取り出す。乃梨子も覗き込んでみると、なにやら履歴書のような物らしく、顔写真とプロフィールのようなものが載っている。
載っていたのは間違い無く志摩子だった。
エリザベスはキョトキョトと写真と乃梨子を見比べる。
「・・・・・・・・・・・あれ?」
「・・・・・・顔写真、載ってるわね」
「いや、だって・・・」
「良く確認もせずにロザリオだけで判断したわね?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「もう魔法少女である事実は変えられないとか言ってたわね?どう責任取るつもり?」
「・・・えーと・・・・・・」
エリザベスは冷え切った表情の乃梨子から目をそらすと、履歴書らしき紙を何処かへしまい、猫らしく四足に戻ると、こう呟いた。
「・・・・・・二、ニャ〜ン」
「い・ま・さ・ら・ただの猫のフリが通用するかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
乃梨子は魔法のステッキでエリザベスを撲殺するべく襲い掛かった。エリザベスも本能的に身の危険を感じ、爪と牙を駆使して応戦したのであった。
こうして、早朝の温室で始まったもはや魔法とは何のかかわりも無いバトルは、2時間に及んだという。
魔法少女乃梨子がこの後どうなったかは定かではない。