【696】 ドリル神拳インドの山奥で戦え  (よしはる 2005-10-06 00:10:22)


「……雨、全然止まないね」
「……止みませんね」
「……あ、瞳子ちゃんだ」
「……瞳子ですね」

 …勘違いされると困るので先に言っておくが、祐巳さまのことをどうでもいいとか私の機嫌が良くないからこのようなやり取りになっているということは、断じてない。

 会話を続けようとさっきから努力しているつもりなのだが、いかんせん私と祐巳さまの接点などはないに等しいし、なにより今日の祐巳さまはいつにも増してボーっとしている。
 目に映ったものに対してただ言葉を発しているだけで、会話にならないのだ。


 ここは薔薇の館である。
 つい先日ロザリオの享受をして私のお姉さまになった志摩子さんはまだ来ていない。
 黄薔薇姉妹は二人仲良く部活動へ行っていて、今日は来られないらしい。

 そして。
 祐巳さまがこんな状態になってしまった原因である小笠原祥子さまはここ数日学校をお休みになられている。
 つまり今薔薇の館には私たち二人しかいないのだ。

(それにしても、なぜこんなにボーっとしていらっしゃるのかな。復活したとおもってたのに。)
 祐巳さまは昨日瞳子に薔薇の館への助っ人を頼みに行っていた。
 その前に薔薇の館へ来たときにはすでに六割方復活されていたはずである。

 なんにしてもこのままはよくない。いろいろとよくない。
 志摩子さんが指示した書類の整理も全く手を付けていない。
 なんとかして祐巳さまに元気を取り戻してもらわねば、仕事にならない。
 ここに来て数日の私にはできることが少なすぎる。
(しょうがない。こうなったら…

「そうだ祐巳さま。瞳子についてこんな逸話があるのをご存知ですか?」
「瞳子ちゃんについて?なに?どんなこと?」
「私もクラスメートからきいたので真偽の程は定かではありませんが…」

                  …瞳子には犠牲になってもらおう)





 インド北方、ラホールと呼ばれるこの地の山の奥深くに、密僧が修行している寺がある。
 その寺には限られた人間にしか知られていない古代より伝わる拳法が存在する。
 あまりに強力すぎたため、またその修行があまりに過酷なためにいまではそれを教えることはない。
 ――――そう、今では。

 これは。
 若干七歳にしてその拳法を伝承し、愛のために闘った一人の少女の物語である。

 


「そ、その少女が瞳子ちゃんだって言うの?」
 うそだぁ、と言いながらもこの目を見る限り全否定というわけではないらしい。
 …この人本当に大丈夫だろうか、と失礼なことを考えながらも即興で話をまとめてみる。
「本当ですよ。普段から歩き方をみるとスキがないって言うか。どうにも怪しんでいたんですよ。」
「あれは格闘家の足運びです。」
「でもさっき真偽は定かじゃないって……」
 む。意外にスルドイな。
「あれは言葉のあやです。……それでは続けていいでしょうか?」
 疑いながらもキラキラした目でこっちをみてくる。
 はやく、はやくって。
 その目に少し気圧されながら、私は次を話し始めた。





 少女の周りを十五人の男が囲んでいる
 なにもない、ただ砂礫のみ広がる大地に

 いずれも筋骨隆々、最低でも身の丈180センチといった化物共
 その手には様々な武器を携えている
 
 対する少女は素手
 その身体はあまりに華奢で、風が吹けば飛んでいってしまいそうである
 それは対比することさえ愚かしいのかもしれない
 
「う〜ん、こんな所でこんな可愛い子を見つけるなんてラァッキイ〜」
 男の一人が口に出した言葉はヤニ臭を伴い、少女の顔をしかめさせる
「おいおい怖がらすんじゃねーよ。これからいい所に行こうってのによー」
「そうだよマーくん。よしよし怖くないでちゅよ〜。いっちょに行きまちょうね〜」
 別の男が少女に手を近づけた

 瞬間

 男の身体は木の葉のように宙を舞った


「ば、ばかな!このガキ、なにもんだ!!」
「ア、アニキ!あの頭に輝く双つのドリルはまさかっ!?」

「……ごちゃごちゃと煩わしい方達ですわね」
 少女が初めて口を開く。
「くっ…!!野朗共!ドリルは二つしかねえんだ。全員でかかれぇ!!」
「お、おぅ!」
 男共が少女に肉薄する
 だが
 男共は遅すぎた


 男共が迫ってくる
 少女は短く息を吸い、眼を見開きそして

「どぉ〜りどりどりどりどりどりどりどりっっ!!どりぃっっっ!!」

 声とともにドリルはそのバネを最大限に活用、回転を加え敵を穿つ!!

「あ、あれ?痛くねえぞ?」
「こんにゃろ〜脅かしやがって!」
「待てお前ら!動くなぁっ!!」

 男の一人が気がつき叫ぶがもう遅い

「……残念ですわね。あなたがた

      〔?どっどりゃ?どりゃどど・・どぶりっっっ!!!!!〕

                              既に死んでいてよ」




「……これが私が知っている瞳子の、ドリル神拳の全てです。」

 話しながら頭の中でストーリーを構成したが、結構まとまったかもしれない。
 最初はそれでも怪しんでいた祐巳さまがどんどんハマっていき、今では軽く興奮しているし。
 
「すごいよ乃梨子ちゃん!瞳子ちゃんってそんなに強かったんだ!!」
「ねえ、続きは?ないの?」
「もう夕方ですし、今日はここまでにしましょう。」
「え〜っ。もうちょっとでいいからさ。乃梨子ちゃん、おねがい!」
「そうですわ。」
「祐巳さま、先程言いましたようにこの話は「ぜひ続きが聞きたいわ」続きがあるんですってあれ?」


「ど、どりる、じゃないどちらさまでしたっけ?」
 ヤバイヤバイヤバイ!視線が死線にかわっている。
「ワタクシ、松平瞳子と言いますの。お見知りおきを」
 あ……祐巳さま涙流しながらガクガク震えている。
「どなたか薔薇さまに用があって伺ったんですけど、お二方代わりにお願いできるかしら?」
 ギュインギュインとドリルの回る音がする。ああ。
 −−−−志摩子さんさようなら−−−−−−−−−−


     ◇       ◇        ◇


「ねえ由乃。祐巳ちゃん大丈夫なの?もう三日も休んでるけど」
「わからないわよ。電話したとき弟さんがでたんだけど、モーター音が耳から離れないっていってたらしいわ。」
「モーター音?なにソレ?」
「あ、乃梨子も同じようなことを言っていました。」
「乃梨子ちゃんも?…いったい何があったのかしら?」


―そんな会話から数日後―

「あ、ごきげんよう。祐巳ちゃん、乃梨子ちゃん。すっかり元気みたいだね」
「「ごきげんよう。令さま。」」
「ねえ令ちゃん。こんどリルー〔〔ビク!!〕〕ショネルって言うケーキ屋どうしたの二人とも?」
「「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」」
「ちょっとなんなのよ?どうしたの?」


  しばらく二人はドリルという言葉を聞くたびに、瞳子ちゃんを眼にするたびに延々と頭を下げ続け学校中の噂になったそうな。







 
 
 


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