【703】 続いていく暴れ馬三奈子  (篠原 2005-10-08 00:54:44)


 がちゃSレイニーシリーズ。【No:610】とまたもや概ね同時刻。三奈子 side です。


 朝の狂乱と喧騒の中、号外を手に眉をひそめているのは誰あろう築山三奈子その人だった。
 一つには真美のこと。この間せっついた時には時期尚早とか言って人を追い返したくせにこのいきなりの号外は何事か。これは姉に対する裏切りではないだろうか?
 別に無断でことを進められてさびしいから言ってるわけでは断じてない。そういえば最近ちょっと冷たいというか、お姉さまに対して当たりが厳し過ぎるんじゃないかとか思わないでもないが、そういうことを言ってるわけではなくて。
 まあ、あの時に既に今回のことが準備してあったというのなら実のところ大したものだが、見る限りこのいかにも急造な記事内容やレイアウトからこれが本当に突発的な号外らしいことがわかる。

 らしくない

 それが三奈子の第一印象だった。確証もなしに記事を書くコじゃないし、了解も取らずに公表するコでもないはずなのに。これはむしろ三奈子らしいといえるかもしれない。ある意味確かに姉妹だといえなくもないが。
 多夫多婦制については採決が取られたこと以外、結果も何もなし。人を煽るにはうまい方法ではある。事実、学園中凄い騒ぎになってるし。そしてそのあたりが、三奈子が眉をひそめていた理由でもあった。
 スールのあり方について、三奈子は意外なことに保守的だった。神聖だからこそ、ドラマがあるのだ。自分が言うのもかなりなんだけれど、軽率だと思う。騒ぎになるのはわかりきっていたはずだ。
 もしこの騒ぎで多重スールが成立してしまったら、そしてその後で否定の方針に向いたら(たぶんそうなる)、待っているのはおそらく悲劇でしかない。例え事態をどう収束しようとも、責任なんて取りようがないのだ。
 三奈子の脳裏に2人の友人の顔が浮かぶ。それは三奈子の心に刺さった棘だった。この状況を誰より憂いていたのは、ひょっとすると築山三奈子だったのかもしれない。とりあえず他のことは置いておいても、この騒ぎだけは収めなければ。
 幸いなことに紅薔薇さまが公式見解として既に否定の意を表明したらしい。このへんはさすがというか対応が速い。これを正式コメントとして号外を出せばそれだけでもだいぶ騒ぎは収まるだろう。コメントさえ取れれば記事はすぐに書ける。
 『紅薔薇さま 多夫多婦制を全面否定』
 既に頭の中には見出しが踊っていた。
 問題はその後だ。数、というか人手だ。新聞部部長としてのネットワークはあるが、授業中となるといろいろ問題だ。そういえば図書室にもコピーがあったはず。図書委員の友人の顔を思い浮かべ、協力を頼めないか考えてみる。
「あっ」
 一人の友人の姿を見かけて声をかける。とりあえず、なりふり構っていられなかった。途中、新聞部一年を一人捕獲、事情は大体聞いたけれども、現時点での真美の居所まではさすがにわからなかった。しかも何故か怯えた顔をして逃げた。人をなんだと思っているのか。さらにその後にもう一人、友人を巻き込んで最低限の人員確保後、部室に向かう。

「紅薔薇さま!」
 真美を捕まえるつもりだったが、見つかったのは紅薔薇さまの方だった。
 真面目な彼女のことだから遅れることはあるまいと踏んで教室で捕まえるつもりだったが、ここで捕まえられたのは幸いだ。とにかく最優先は彼女のコメントなのだから。
「紅薔薇さまとしての、正式なコメントをお願い。次の休み時間に号外を出すわ」
 いきなりでさすがに驚いたようだったけど、事態を少しでも収める為の協力を即断してくれたのはさすがというか。
「ところで、真美を見なかったかしら?」
「さあ、私も探しに来たのだけれど、たぶん追いかけられているのでしょうね」
「妹がとんだご迷惑をおかけして」
 祥子さんはくすくすと笑う。
「あなたからそんな言葉を聞けるなんてね」
「祥子さん、それはちょっと酷いんじゃない」
「ごめんなさい。今回の件はそもそも私達の落ち度ですものね。妹達が引き起こした事だし」
 彼女も随分変わったものだと思いながら、三奈子は改めて部室に向かった。

 既に頭の中で組み立てていた文章を記事に起こすのは、さして時間もかからなかった。試し刷りの後、授業中に職員室のプリンターを使うのははばかられたから図書室でのコピーを友人の一人に頼む。
 人手が足りず、枚数自体も足りない以上、通常の配布形式では埒が明かない。だから各クラスに直接ばら撒いていくという強硬手段を取ることにした。
「私は2年の教室を回るから二人は3年と1年のクラスをお願い。いい。一クラスずつまわって直接教室の中にこの束を投げ入れるのよ。別に誰かに手渡しする必要もないから。この状況で号外が出れば間違いなくみんな跳び付くわ」
 かなり乱暴な手段である。というか、後で問題になるかもしれない。それはもう全て三奈子がやったことにして引っ被る。今は拙速を尊ぶだ。

「こんなふうに授業サボるの、初めてかも」
「私も」
 巻き込まれた不運な二人の三奈子の友人、浅香と真純はおそらく初めて、顔を見合わせて笑った。
 二人の心には傷がある。その傷が癒えるにはまだ時間がかかるだろう。けれど、それは真剣だった証でもある。二人とも、とても真剣だったからこそ傷付いたのだ。だからこそ、今のこの浮かれた馬鹿騒ぎは容認し難いものだった。
「いこうか」
「うん」

「悪いけどね。真美。今回ばかりは手出しさせてもらうわよ」
 そう呟いて、三奈子はにやりと笑った。誰よりも状況を憂いていたにもかかわらず、ひさしぶりに湧き起こる高揚感と充実感を止められない三奈子だった。

 そして1時間目の休み時間、この日2回目の号外が飛び交うことになる。







 ……………ちなみに、真美のぐったりした姿を見てそのクラスには号外を投げ込まず、こっそりそこの生徒に手渡ししていったのは、三奈子のちょっとした意地悪である。


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