【720】 馬耳東風夢はピンク色  (六月 2005-10-11 16:30:18)


新年度がスタートしてひと月あまり、ようやく祐巳も紅薔薇さまと呼ばれることになれたころ。珍しいお客様が薔薇の館を訪れた。
「ごきげんよう、祐巳ちゃん元気?」
「ごきげんよう、蓉子さま!お久しぶりです」
先々代の紅薔薇さまこと水野蓉子さまが現れたのだ。
「ごきげんよう、祐巳」
「お姉さま?」
「はーい、私達も忘れないでね」
「お姉さま」「令ちゃん?」「聖さま、江利子さま、令さままで」
先代、先々代の薔薇さま勢揃いとは一体何事が起こったのだろう?と祐巳達は少しばかり身構えた。
「それで、蓉子さま?どのようなご用事でこちらへ?」
「えぇ、大学部の令のところに来たついでにね、素敵な薔薇さま方の様子を見に来たのよ」
どうやら、もののついでに寄られただけらしく一安心だ。
「蓉子さまが令ちゃんに?」
蓉子さまは両手を組んで優雅に微笑み、あごを乗せながら軽く肯いた。さすが碇総司令、器用なことをげほげほ・・・。

「私は由乃ちゃんの妹に挨拶にね」「ちっ、来なくていいのに」
「由乃ちゃん、何か言った?」
「いいえー、何も言ってませんわ江利子さま。菜々、これが曾祖母さまの鳥居江利子さまよ」
「これ?」「あら、しつれい、おほほほほ」
うわ、江利子さまと由乃さんの間にバチバチ火花が飛び交ってるのが見えるよ。

「私は江利子の運転手。ついでに祐巳ちゃんと乃梨子ちゃんを抱っこぉぉっ?志摩子、いますげぇ睨まなかった?」
「さぁ?どうでしょう?お姉さま・・・乃梨子には手出し無用に願いますわ」
「・・・はい」っておとなしい。斜め上逝く思考の聖さまも志摩子さんには勝てないみたいだ。

「ということで、はい。この本読んでみるといいわ。それと、これが私のお奨め」
そう言うと長方形のちょっと変わったバッグ(タンクバッグと言うらしい)から、数冊の本とカタログを取り出した。
「あ、ありがとうございます、蓉子さま」
「世界のバイクカタログ?令さま、バイクに乗られるのですか?」
「うん、いつもいつもお父さんの車が借りれるとは限らないし、遠征用に自分専用のを持っておこうと思って。
 とりあえずはお父さんにお金を借りて、バイトして返せる程度だから高いのは買えないけどね」
ちゃんと自分のお金で買うつもりなんだ、令さまえらい。私なんかだとお父さんにお願いして買ってもらいそうな気がする。
「ほんだPS250?ごつくて変な感じ。令ちゃん、もう少し格好いいのにしたら良いのに」
「令は剣道の道具も載せたいらしいから、大きな荷物が積めるのってそういう形になるのよ」
「こればかりは仕方ないのよね」と肩をすくめていらしている。かなり詳しいようだけど、もしかして・・・。
瞳子も同じ疑問を持っていたのか蓉子さまに質問した。
「蓉子さまもバイクに乗っていらっしゃるんですの?」
そういえば今日の御召し物は、スリムなジーンズに革の派手なブーツ、肩や肘がいかめしいレザージャケットだった。
たしかに祐麒が時々読んでるバイク雑誌に出てくるようなスタイルだ。
「蓉子ってば『せっかくだから一番上の資格取るわ』って大型二輪免許なんてのを持ってるのよ」
「これよ、ヤマハYZF-R1、逆輸入172psのフルパワー仕様。
 パワーの割りにしなやかで華麗な走りが楽しめるところが気に入ってるわ」
「このあいだ一緒に高速にのったら、私のぶーぶー置き去りにして一瞬で消えてったわね。
 蓉子があんなスピード狂だとは知らなかったわ」
「ほぇー」
指し示されたページにあったバイクの、ディープレッドメタリックという色は紅薔薇さまだった蓉子さまらしいのかもしれない。
しかし、蓉子さまがスピード狂とは・・・ま、無茶苦茶な運転をする某銀杏王子様と似たようなものかなぁ・・・頭の良い人がはじけると。

「ふふふ、ほら、祐巳。見てちょうだい」
「あ、お姉さまも免許を?」
なんと、祥子さままで免許をお持ちになっているなんて!
「そうよ、令に負けていられないから。普通四輪と普通二輪」
「っても、祥子のはAT限定だけどね。私のはMT、ちょっと違うのよね」
「いいの!あんな繁雑な操作なんて優雅とは言えないわ」「はいはい、お嬢様の運動神経だとそんなものよね」「令!」
あー、ちょっと中途半端な負けず嫌いだけど、カッコ良いですお姉さま。
「でも、お姉さまがバイクなんて・・・随分と活動的になられたんですね。素敵です、お姉さま」
「うふふ、私のシルバーウィングで二人きりで出掛けましょう、祐巳!」
「あら、祥子。忘れたのかしら?免許取得後一年以内の二人乗りは禁止よ、違反行為はだめよ」
「がーん、そんなぁ・・・祐巳と二人きりで・・・ぴったりと寄り添って・・・私の夢が・・・」
えーっと、お姉さまは私との何を夢見ていらしたのでしょう・・・祐巳はちょっと怖くて聞けません・・・。

「お姉さま、このベスパというバイク、可愛らしいと思われませんか?」
「ベスパ?あー、あの有名な」
瞳子は知らないのかな?一昔前の映画やテレビで有名な、可愛いスクーターだね。
「ご存じなんですの?」
「ほら、ローマの休日、あの映画の中でオードリー・ヘップバーンが乗ってたバイクだよ。
 女優な瞳子にも似合うかもしれないね」
「・・・お、お姉さまの方がお似合いになると思いますわ」
「ありがと。でも乗ってみたいなぁ。お姉さまと一緒にお出掛けできるし、瞳子のお家にも遊びに行けるし、ね」
「と、瞳子の家は遊び場ではありません。・・・でも、いつでも喜んでお待ちしておりますわ」
素直じゃないなぁ、瞳子は。そういうところも可愛いんだけど。

「へー、エストレイアって言うのかぁ。ね、志摩子さん、これ小寓寺のお庭にあっても違和感無い気がしない?」
乃梨子ちゃんが選んだのは、レトロスタイルのスポーツモデルらしい。
白薔薇姉妹のイメージに合ってるかも。
「そうね。もしかして乃梨子も乗ってみたいの?」
「う、うん、そうしたら志摩子さんのお家まで行くのが楽になるかなぁ、って」
「そう、ちょっと練習してみる?お父さまの・・・えっとカブ号だったかしら、庭で乗ってみるといいわ。
 私も以前乗ったことがあるの。寺の敷地内だけなら免許が無くても警察の方に怒られないんですって」
にこにこと話す志摩子さんだけど、自宅の庭でそんなことをしていたわけなのね。ってみんな驚いてますよ。

「むむっ、祐巳さんだけじゃなく志摩子さんまで・・・菜々私達も何か選ぶのよ!負けていられないわ」
「それではお姉さま、このスズキ250SBというのどうでしょう?
 色が良いですよ『チャンピオンイエロー』だそうです」
「それよ!黄薔薇こそ勝利者!私達のためにあるようなものだわ!!」
って、由乃さん。それは由乃さんの身長じゃ足が着かないんじゃないかなぁ・・・。公道で無茶は止めようよ。青信号全開で走られたら怖いんですけど。

「よぉーっし、それじゃ早速、運転免許取りに行くわよ!」
早速青信号が点灯してしまったようだけど、ここは止めないと。
「まって、由乃さん。志摩子さん、校則はどうなってる?禁止されてたりしない?」
「えーっと、リリアンの校則には特にそのような項目は無いわね。学校内への乗り入れは禁止だと思うけど」
「では問題無しということで「新聞部対策考えないとね」
「そうね、私達のまねをする生徒たちが増えると問題が出てくるわね」
「むーっ」
頬をぷーっと膨らませてむくれてる由乃さんも可愛いけど、薔薇さまの影響力は無視できないよ。
「リリアンの生徒が揃ってバイクで走り回っていて、『チーム山百合会』なんて呼ばれるなんて事になったら洒落にならないでしょ?」
とりあえず、夏休みになって親や先生に確認をとってから、と納得してもらう事になった。
蓉子さまや(珍しく)江利子さまも「焦らなくても、卒業したら好きなだけ乗れるわよ」って抑えに回ってくれた。
「しっかし・・・いいなぁ、私も免許取ろうかな」
これまでにこにこと私たちを眺めていた聖さまがようやく口を開いた。
「あら、聖、あなた車だけじゃ足りないの?」
片目を瞑り、立てた人差し指を左右に振りながら「ノンノン、わかってないなぁ」と。
「いやね、江利子、こう、お景さんとか、祐巳ちゃんとか、可愛い女の子を後ろに乗せてみたいなーって思うのよ。
 んで、時々急ブレーキかけるの、わ・ざ・と。そうしたら自然と私に抱き着いてくれるじゃない。
 しかもよ密着した時に私の背中に、後ろの娘の胸があたるわけよ、むにゅって。かー、もうたまんないわ」
私達の話を聞きながらそんな事を考えていたのですか?聖さま・・・いやさ、佐藤性さま。
「このエロ薔薇」
「なによ、これこそバイク乗りのロマン、漢のロマンよ、絶対!」
「「「「「「んなわけあるかい!てか、人の話聞いて無いだろ!」」」」」」
やっぱり聖様の思考はどこか斜め向こうを逝ってしまってるらしい。


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