【719】 そして逃げ場無し  (いぬいぬ 2005-10-11 13:47:23)


※このSSは、原案:ROM人さん 脚本:いぬいぬ でお送りします。
 尚、当SSの設定は【No:527】及び【No:712】とリンクしておりますが、内容はまるで別物なので、
 
 気 に し な い で 下 さ い



 

 春の陽射しが降り注ぐ真昼のマリア様のお庭で、新任教師佐藤聖は身動きが取れずにいた。
 とは言っても、別に縛り付けられていたりする訳ではなく・・・
「はい、佐藤先生。あーん」
 聖に爪楊枝に刺さったタコさんウィンナーを差し出すシスターに動きを封じられているのだ。
「・・・・・・シスター久保」
「・・・・・・・・・・・・・・・(聞こえないフリ)」
「・・・・・・・・・・・栞」
「なあに?聖(満面の笑み)」
「生徒の目もあるんだから・・・」
「ひどいわ!私の作ったお弁当なんか食べられないって言うのね!」
 そう言って泣き崩れたのは、今年からシスターとしてリリアンに赴任してきたシスター久保。つまりはリリアン高等部時代に聖と愛を確かめ合った久保栞である。
 久保栞であるはずなのだが・・・
「食べないなんて言ってないじゃない。ただ周りの・・・」
「(笑顔で)この唐揚げなんて上手く出来てると思うの!はい、あーん」
「・・・・・・・・・嘘泣きかよ」
 先程からこの調子で聖を翻弄しているシスターがあの栞とは、聖にはどうしても納得できなかった。てゆーか信じたくなかった。
「栞・・・なんか性格変わってない?」
「そんな事無いわよ?ただ・・・」
「ただ?」
「お世話になったシスターに教わったの!愛は“何でもあり”だって!」
(※作者注:そこまで言ってません)
「どんなシスターよソレは?!」
「シスターの言葉で目覚めた私は、シスターの遺志を継ぐために真実の愛に生きる事にしたのよ!」
(※作者注2:まだ死んでません)
 何やら天を仰ぎ拳を握り締めている栞の様子に、聖はゲンナリと溜息をつく。
「・・・・・・なんかイヤな悪霊に取り付かれてるみたいだなぁ・・・」
 悪霊呼ばわりされたシスターは、遥か北の地でクシャミをしていた。
 実は栞に愛を説いたシスター、高齢を理由にシスターを引退しただけである。
 ただ、自分の一言で予想以上にはっちゃけた栞を教会に残すのは世間的にヤバいと判断し、「もうアタシにはこの子の面倒見るのは無理!こうなったら栞のはっちゃけた愛の元凶であるヤツに後始末を押し付けよう」と、リリアンへの紹介状を書いただけである。
 
 押し付けられたほうは良い迷惑だったが。
 
 (私、栞との間に生まれたようなマイノリティな愛は幸せな結末を迎える事はできないのかって疑問に答えを見つけるためにリリアンに戻ってきたはずなんだけどなぁ・・・)
 はっちゃけすぎたかつての愛しい人に己のアイデンティティの崩壊を感じつつ、聖は栞を見つめた。すると栞は何を勘違いしたのか、目を閉じて唇を突き出してきた。
(・・・・・・私、ホントにこの子の事愛してたのかなぁ?)
 聖は泣きたくなってきた。
 しかし、今の栞はそんな聖の気持ちなどお構い無しだった。いつまでたっても唇に求める刺激が訪れない事に業を煮やし、くわっと目を開けると、おもむろに聖の顔をワシヅカミにし、自らの元へ強引に引き寄せ始めた。
「ちょっ!・・・栞!」
「シスターはこうもおっしゃったわ。『そこに愛があるなら何も臆する事は無い』と」
(※作者注3:微妙に曲解してるうえに根本的に間違ってます)
「そんな教えがあるかぁ!!」
 このままではヤられる。聖が全力で抵抗していると、救いの手は思わぬ角度から現れた。

 どがしっ!!

「はぐぁっ!」
 救いの手・・・てゆーかバレーボールは、栞のテンプルに激しく突き刺さった。栞はもんどりうって倒れる。
 栞の魔の手から逃れた聖は、救いの手(バレーボール)を差し伸べ(投げつけ)た救世主を探した。すると、そこにはもう一人のシスターがたたずんでいた。
「・・・・・・志摩子!」
「ごきげんよう佐藤先生、・・・ついでにシスター久保」
 救世主は、この春からシスターとしてリリアンへ赴任してきた志摩子だった。
 救いの手(てゆーかバレーボール)の直撃を受けた栞はしばらく激痛にのた打ち回っていたが、“ついで”扱いしてくれた志摩子の接近に、殺意の燃えたぎる目で復活する。
 そんな栞の眼光をさらりと受け流し、志摩子はこんな言葉を栞に投げかけた。
「あら、シスター久保。そんな所でお昼寝なんかしていると、ゴミと間違われて回収されますよ?」
「・・・お気遣いどうも、シスター藤堂。あなたこそ人に向かって全力でバレーボールを投げつけるなんて、リリアンのシスターの質を疑われるようなマネをなさらないで下さる?」
「まあ、とんだ言いがかりだわ。生徒が遊んでいたバレーボールがたまたま飛んできただけではなくて?」
 栞の追求にも、あくまでも涼しい顔の志摩子。
「・・・何処にそんな生徒がいるっていうのかしら?」
 ヤンキー漫画に出てきそうな表情でメンチを切りながら問い詰める栞の言葉に、志摩子はゆっくりと後ろを見回すと、いけしゃあしゃあとこう言った。
「きっと皆さん、シスター久保の顔が恐ろしくて逃げてしまったんですわ」
「・・・・・・まあ!一瞬で視界から消えるなんて、忍者みたいな生徒がいるものですわね!」
「そうですねぇ。ウフフフフフフフフフフ」
「ホホホホホホホホホホホホホホホホ」
 両雄一歩も譲らず。
 互いに明確な殺意のこもった目で微笑み合う二人の様子に、聖は恐怖のあまり一歩も動けなかった。
「・・・・フン!まあ良いわ。・・・・・・・聖♪」
 一瞬前までの般若の形相を消して、栞は再び聖の横に座りなおす。その変わり身の早さに聖はびくっと怯えた。
「さあ、ランチの続きにしましょうか?」
 聖が硬直していると、再び救いの手が差し伸べられる。
「シスター久保?佐藤先生は嫌がっているのではなくて?」
 栞の反対側に座り込んだ志摩子が、聖を引き寄せながら問い詰める。
「あら、そんな事はありえなくてよ?」
 栞も負けじと引き返す。すると志摩子は再び引き返しながら凶器攻撃に出る。
「でも、“ブサイク”と一緒に食事なんかしたら消化に悪いわ」
「ブ!・・・・・・・・・・・・・・この小娘ぇ・・・・・」
 志摩子のダイレクトな攻撃に、栞は地の底から湧き上がるような声を出す。
(死ぬ・・・・・・私は悪くないのに、このままだとたぶん死ぬ)
 魔女二匹の禍々しいオーラに圧倒され、聖は密かに死を予感していた。
 しかし、予想に反して栞は無理矢理微笑むと、聖に向き直った。
「聖♪ あなたのために特別に紅茶をブレンドしてきたのよ」
 そう言って、ステンレスの魔法瓶を取り出した。そして志摩子に向かって悪意のカタマリのような笑顔でこう言う。
「あらシスター藤堂、そんな乞食みたいな物欲しそうな顔をしても、これはあげないわよ?これは聖のためだけに入れた特製紅茶なんだから」
 その一言にプツンと切れた志摩子は、栞から魔法瓶を奪い取り、イッキにそれを飲み干した。

 ばぶぅっ!!

 飲み干した以上の勢いで紅茶をリバースした志摩子を見て、栞は嬉しそうに笑う。
「まあ、どうしたの?シスター藤堂。あなたの大好きな銀杏がタップリ入ってるのに。・・・・・・・・・・・・・生の外皮ごと」
 さすがの銀杏好きな志摩子も、生の外皮の強烈な臭気には勝てなかった。口元を押さえたまま微かにケイレンしている。
「おっほっほっほっほっほ!引っ掛かったわね!人の恋路を邪魔する者は、哀れな末路が待っているのよ!!」
 勝利を確信した栞は、魔女そのものな高笑いをあげる。
「ほ〜っほっほっほっほっ『がこんっ!』ほぎゃぁ!」
 勝ち誇る栞のスキを衝き、志摩子は魔法瓶を栞の顔面に力いっぱい投げつけた。
 大きなダメージにしばらくはうずくまっていた二人だが、やがて銀杏の臭気に包まれた志摩子と額から流血した栞が同時に立ち上がる。
「何さらすんじゃワレェ!!」
「上等じゃコルァ!!」
 とてもシスターとは思えない雄叫びを上げた二匹の魔物は、聖を挟んで臨戦態勢に入る。 
(誰か・・・誰でも良いから助けて!)
 聖は助けを求め、辺りを見回す。すると、近くの茂みの影から、コチラを見ている人物と目が合った。
(あれは・・・山辺さん!)
 茂みの影から様子を伺っていたのは、聖が担任を受け持つ、江利子の義理の娘だった。
 彼女は江利子から「かつての自分と同じ愛を知りながら、それを失おうとしている生徒の救いになるべくリリアンに舞い戻った聖の手助けをしてやって欲しい」と直々に“お願い”された、リリアンでは数少ない聖の理解者。言わば隠れた聖の味方である。
 聖はヒーローを見る子供のようなキラキラした笑顔で彼女に手を伸ばす。
「山辺さん!この二人を何とか・・・って、あれ?」
 あきらかに助けを求めている聖を無視し、彼女は何やらピコピコと携帯電話を操作している。
「・・・山辺さん?」
 聖の問いかけに、彼女はようやく携帯電話を操作する手を止めた。
「・・・・・・・・・何してんの?」
 不安そうな聖に、彼女は真顔でこう呟いた。
「お母さんに面白そうなネタを送るとポイントがたまるんです」
「・・・・・・・・・・・・ポイント?」
「ポイントが一定量たまると、お小遣いがアップするんです♪」
 実に嬉しそうな笑顔だった。
「お小遣いって・・・・・・いや、それよりこの二人を・・・」
「あ、佐藤先生自身の色恋沙汰はお母さんの“お願い”の対象外ですから」
「ええっ?!」
「それじゃあ私はこのへんで」
「ちょっと!!待っ・・・」

 がしっ!

 突然肩をつかまれた聖が振り返ると、二匹の魔物がニヤリと笑うのが目に入った。
「私をほっぽらかして・・・・・・」
「・・・女子高生に色目を使うんですか?お姉さま」
「違・・・そんなんじゃなくて・・・」
 逃げ場を無くした聖は必死で弁解しようと試みるが、もはや二匹の魔物は聞く耳を持ってはくれなかった。
「私以外の女に色目を使うとどうなるか・・・・・・・」
「体に教えてさしあげますわ」
 そう言って、二人して聖を茂みの奥へと引きずって行くのであった。
「何でこんな時だけ結託して・・・・・・誰か───!!へるぷみ─────!!!」


 

 
 私立リリアン女学園。
 
 元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢様が箱入りで出荷される、という仕組みが未だに残っている貴重な学園である。

 だが、

 その歴史も近い将来、終止符を打つのかも知れない。

 二匹の魔物によって。


一つ戻る   一つ進む