部室のドアを開けた蔦子はその場で固まった。
え? これは何? いったい何事?
思考がパニくる。
何故か目の前には笙子ちゃんが立っている。いや、それはいい。写真部に入部しているのだから。
問題はなぜ頭に犬耳が付いているかということだ。ついでに言えば後ろに尻尾も見えている。しかもぱたぱた動いてるし。
「ごきげんよう、蔦子さま」
はっ!
「ご、ごきげんよう、笙子ちゃん」
落ち着け、写真部エース武嶋蔦子ともあろうものが、こんな被写体を前にカメラも構えず固まっているとは。
あらためて目をやれば、いつものようににこにこと見上げてくる笙子ちゃん。プラス犬耳。プラス尻尾。
ぱたぱた
尻尾が嬉しそうに振られている。
……っく、これは。いや、だから落ち着け。背後にいる連中はわかってるのだ。まさかこっちに飛び火してくるとは思わなかったが、笑われたのを根に持ってるな。
とはいえ結構前の話だ。確か【No:4】とか、【No:14】とか、【No:15】とか、それくらい古い話だぞ。
って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「ちょっ、ちょっと離れて……」
「え?」
途端に、哀しそうな顔になる笙子ちゃん。
ぐふぅ
力無く垂れた耳と尻尾が哀愁をさそう。ああもう、なんて無駄に高機能。
だから上目使いにそんな捨てられた子犬のような目で見ないでちょうだい。
そ、そうだ、見えるからいけないんだ。うん。眼鏡を外せば。冴えてるぞ、私。
「蔦子さま?」
「いや、ちょっと目が痛いだけだから」
「大丈夫ですか?」
ぐぱっ
近眼なんてものともしないくらいの至近距離に笙子ちゃんの顔がっ!(しかも心配そうな憂い顔!)
「蔦子さま!?」
「あっ!?」
仰け反った瞬間、足を滑らせ視界が回る。
ゴンッ!!
「蔦子さまっ! 蔦子さまっ!!」
泣きそうな顔でしがみついている笙子ちゃんの頭にはやっぱり犬耳が揺れていて、ちょっと頭を撫でてみたいなんて思いつつも、薄れてゆく意識の中で蔦子が最後に思ったことは、これで萌え死にの汚名だけは被らなくて済むなということだった。