がちゃSレイニーシリーズ 【No:733】の続き
「あ、そう。午前中までで早退するの。」
「そうですわ。なにやら周りが騒がしいですけれど私には関係ありませんから。」
うーん、ほんとに祐巳さまと話す時間なくなっちゃうなあ、どうしよう。
志摩子さんの呼び出しも気になるし。
「それで、なにをしに? 今度は瞳子が熱を出すの?」
「乃梨子さんには関係ありませんわ。」
「なによそれ。気になる言い方ね。」
「なんでもありませんのよ。この松平瞳子には日本は狭すぎるのですわ。」
「ちょっと、瞳子ーーーー。どういうことなのよっ。」
「どういうことって言葉通りですわよ。」
「瞳子、ちゃんと話しなさいよ。」
・・・・・・
三時間目の授業中、志摩子さんは教室に戻ってきた。
席に戻る途中、とん、となにかを私の机の上に。紙が結んである。メモだ。
『桂さんへ
瞳子ちゃんの身の上に何か起こるらしい 学園長に支えてほしいって言われた
次の休み時間に私は一年椿組へ行くから 祐巳さんを連れてきてくださらない?
お願い』
OK、とサインを出す。志摩子さんがうなずく。
姉妹のことではなかった、ということはよほどのことが瞳子ちゃんに起こるんだろうか。
さっき、由乃さんや祐巳さんたちと、姉妹の間が混乱してしまう悲劇をなんとか防ごうって、真美さんにもう一度号外を出してもらうか、それとも志摩子さんに提案を引っ込めてもらおうかって話し合ったところだった。
どちらにせよ、三時間目が終わったら松組へ行くつもりだったから、祐巳さんには急いで伝えなければならない。
たいくつな……先生ごめんなさい……授業が終わって、志摩子さんと顔を合わせる。
「桂さん、ごめんなさい、お願いします。」
「ええ、祐巳さんを連れて一年椿組へ行くわ。」
二年松組の教室前にはさっきのメンバー、祐巳さん、真美さん、蔦子さん、由乃さんが待ちかまえていた。
「桂さん! 志摩子さんからなにか聞いた?」
「それなの、学園長の呼び出しは姉妹のことじゃなかったのよ。」
志摩子さんの伝言を見せて、様子を話す。
「うーん、それだけじゃなにがなんだか。」と、蔦子さん。
「とにかく一年椿組へ行こう。瞳子ちゃんが気になるよ。」
祐巳さんが、駆け出そうとしたところへ、乃梨子ちゃんが階段を駆け上がってきた。
「祐巳さま〜。大変です、と、瞳子が。」
「ちょっと、落ち着いて。」真美さんがとりあえずなだめる。
そうしている間に、乃梨子ちゃんにだいぶ差をつけられた志摩子さんがやってきた。
「瞳子が、カナダへ行っちゃうって。」
「えー。カナダ?」
「どういうこと?」
「そんなの聞いてない。」
乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんでこんな話があったらしい。
『お父様がバンクーバーの支社長になって、もう家族はあちらに住んでいるのですわ。』
『え? じゃあ瞳子、今ひとりなの?』
『ずっとついていてくださる婆やがいますからひとりじゃありません。別に不便はありませんけど。』
『そんなこと全然言わなかったじゃない。』
『聞かれませんでしたから。』
『あのねえ。まさか今日の午後からいきなり移住しちゃうっていうんじゃないでしょうね。』
『おほほほほ。海外旅行もしたことのない方はこれですから。カナダに住むためにはビザがいりますのよ。午後はカナダ大使館にビザを受け取りに行ってくるのですわ。』
『受け取りに、ってことは申請はもうしてあったんだ。』
『ええ。駐在者の帯同家族っていうそうですけど、すぐに下りますのよ。』
『最初、家族と一緒に行かなかったのに、どうして今になって急にそんなことを言うの?』
『だから、松平瞳子の舞台には日本は狭すぎるって言ってるじゃありませんか。』
『瞳子。この前の雨の日の翌日にビザの申請、出したね。』
『祐巳さまには関係ありません!!』
『そのむきになりかたが、関係あるって言ってるようなもんだよ。』
『いくら乃梨子さんでも私のことをそんな風に邪推する権利はありませんわ。』
『瞳子っ。それでいいのか。ほんとにそれでいいのかよ。』
『だから、そういううじうじした日本は瞳子にはもう関係ないのです。来週にはカナダの大地が瞳子を待っているのですわ。』
『瞳子、ちょっと待て。とにかく祐巳さまと話そうよ。』
『忙しいんですのよ、出国前は。荷造りのために明日からはほとんど学校へは来ませんわ。』
『そんな……。』
『鈍感な方には逃がした魚は大きいってお伝えくださいませ。おほほほほほ。』
「瞳子ちゃん、そんなことを。」がっくりとうなだれる祐巳さん。
「止めるのよ。とにかく、止めて祐巳さんと話を……。」と由乃さん。
「でも、そこまで決まってしまったものを戻せるかしら。瞳子ちゃんもご両親と離れているわけだし。」と真美さん。
「そういえば、瞳子ちゃん、夏にカナダへ行くって言っていたわよね、でも行かなかったそうだけれど。」
「ええ、志摩子さん。遊びに行くんじゃなくて、家族で移住の下見、というより準備に行くことになっていたらしいんです。9月のあちらの学校の新年度から転校することになっていたらしいんだけど。」
「どうして行かなかったんだろう。」と由乃さんが腕組みをする。
「それはわかりません。家族は行ったのに瞳子だけ残ったそうです。そこは瞳子は口を割らないですから。」
「乃梨子ちゃん、お願い。四時間目が終わったら、瞳子ちゃんが帰る前に引き留めて。絶対に瞳子ちゃんと話したい。」
「はい、祐巳さま。首に縄つけてでも、つかんでおきます。」
「お願いよ。このまま離ればなれなんて、絶対にいやだもの。」
*注意 ストーリーの都合上、実際のカナダの入国管理制度とは違いがあります。
ご了承ください。