【740】 末期症状終らない夢を見ながら志摩子さんがいっぱい  (春霞 2005-10-17 22:55:47)


「志摩子さんが一羽〜、、、、 」 ふるるん。 
「志摩子さんが二羽〜、、、、 」 ふるるん。 

 何所とも知れぬ闇の中。 ボンヤリとした明かりが照らし出すのは乃梨子の手元。 
 そこには手の中に収まるくらいの志摩子さんがいた。 何故かウサ耳が生えているけど。 
 乃梨子は手乗りウサ志摩子の耳をつまんで、ふるるん、と揺らめかす。 

「志摩子さんが三羽〜、、、、 」 鈴を振るように揺らしてやると、何故か志摩子さんは数が増える。 
 振るたびに現れる残像が、やがてその存在感を増してゆき、4、5回も繰り返すと、もう確固たる実体を持ってふわんと足元に落っこちる。 
 手元に残る始めの志摩子さんは、ミニチュアなリリアンの制服を着ている。 今足元に落ちたほうはスク水姿だ。 どうやら完全に同じ姿の志摩子さんが増えるわけではないらしい。 

 これは夢だ。 夢とわかる夢だ。 
 乃梨子は相も変わらず ふるるんっと志摩子さんを揺らしている自分自身を、どこか高いところから無感動に見下ろしながら確信していた。 
 そして、この夢から抜け出す方法も、何故か確信していた。 ちびウサ志摩子さんでここを埋め尽くせばいいのだ。 
 薄ボンヤリとしていて、何所に壁があるのか判らないが。 いやそれ以前に室内なのか屋外なのかもわからないが。 乃梨子には確信があった。 いつかこの地は志摩子さんで一杯になる。 そうして、素晴らしい新世紀が訪れるのだ。 

 ふるるん。 「志摩子さんが二十二羽〜」 
 ふるるん。 「志摩子さんが…、 おや〜、これは志摩子さんじゃない〜」 

 空中にある複製体を器用につまんで、乃梨子は首を傾げた。 手乗りの大きさとウサ耳は同じだが、志摩子さんの柔かい栗色の巻き毛が、背中まで被う射干玉の黒髪になっている。 
 何か一文字の名前が脳裏をよぎったが、乃梨子は深く追い掛けずに、その黒髪ウサをぽいと背後に放った。 
 「志摩子さんで無いならいらない〜」 

 ふるるん。 「志摩子さんが二十三羽〜」 今度は緋袴すがたのウサ志摩子さんが出来た。 
 ふるるん。 
 ふるるん。 
   ・
   ・
   ・
 あ、また変なのが。 こんどは妙にラテンっぽい顔のウサだ。 いらない。 
 どうも数十羽に一羽の割合で、変なのが複製されるようだ。 悪戯っぽい顔のとか。 いきなりアリアを歌いだすやつとか。 
 そんな不純物をぽいぽい背後に放りながら、どんどん志摩子さんを増やしてゆく。 

 やがて、どれほどの広さか見当もつかなかったその場所が、ウサ志摩子で満々る時がきた。 

 清々しい金の光が天の彼方から差し込むと、その紗の中からにじみ出るように、 観音菩薩さまがお出ましになった。 苦界に惑いし一切衆生を救う 志摩子観世音菩薩の光臨である。 
 地に満ちる ちびウサ志摩子が一斉に祈りを捧げる。 

 乃梨子は歓喜の涙を流しながら、彼方の観音さまへ向かって歩き始めた。 
 ああ、あそこにたどり着けば、救われる。 

 瞼躁と歩を進める乃梨子の背後の闇の中から、かすかに呼びかける声がする。 が、最早聞こえないのか。 乃梨子は振り返る事無く歩みつづける。 
 『乃梨子おおお。 帰ってきてえええ。 私を置いて行かないでえええ。 』 


                 ◆ 


 「乃梨子ー。 ご免なさい。 銀杏がこんなに危険なものだなんて知らなかった。 知らなかったのよおおお。」 
 真っ白いシーツのベットの上で、青ざめた表情で時折痙攣する乃梨子。 枕もとで号泣する白薔薇さま。 さらに首をかしげるお医者さま。 
 「おかしい。 4-メトキシピリドキシン中毒症なのは間違いないはずだが。 これだけの単位のビタミンB6製剤を投与して、何故回復しない? お嬢さん。 この患者は一体どれほどの銀杏を食べたのか知っていますか? 」 

 白薔薇さまは、その時ばかりはほんのりと頬を染めて答えたそうだ。 



 「大した量では有りません。 ほんの、たらい1杯分ほどです。 」 





 はたして乃梨子が生還できたのかどうかは、読者の皆さんのご想像に委ねよう。 
 くれぐれも、食べすぎにはご注意を。 


 天高く馬肥ゆる秋の出来事であった。 


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