「志摩子さんが一羽〜、、、、 」 ふるるん。
「志摩子さんが二羽〜、、、、 」 ふるるん。
何所とも知れぬ闇の中。 ボンヤリとした明かりが照らし出すのは乃梨子の手元。
そこには手の中に収まるくらいの志摩子さんがいた。 何故かウサ耳が生えているけど。
乃梨子は手乗りウサ志摩子の耳をつまんで、ふるるん、と揺らめかす。
「志摩子さんが三羽〜、、、、 」 鈴を振るように揺らしてやると、何故か志摩子さんは数が増える。
振るたびに現れる残像が、やがてその存在感を増してゆき、4、5回も繰り返すと、もう確固たる実体を持ってふわんと足元に落っこちる。
手元に残る始めの志摩子さんは、ミニチュアなリリアンの制服を着ている。 今足元に落ちたほうはスク水姿だ。 どうやら完全に同じ姿の志摩子さんが増えるわけではないらしい。
これは夢だ。 夢とわかる夢だ。
乃梨子は相も変わらず ふるるんっと志摩子さんを揺らしている自分自身を、どこか高いところから無感動に見下ろしながら確信していた。
そして、この夢から抜け出す方法も、何故か確信していた。 ちびウサ志摩子さんでここを埋め尽くせばいいのだ。
薄ボンヤリとしていて、何所に壁があるのか判らないが。 いやそれ以前に室内なのか屋外なのかもわからないが。 乃梨子には確信があった。 いつかこの地は志摩子さんで一杯になる。 そうして、素晴らしい新世紀が訪れるのだ。
ふるるん。 「志摩子さんが二十二羽〜」
ふるるん。 「志摩子さんが…、 おや〜、これは志摩子さんじゃない〜」
空中にある複製体を器用につまんで、乃梨子は首を傾げた。 手乗りの大きさとウサ耳は同じだが、志摩子さんの柔かい栗色の巻き毛が、背中まで被う射干玉の黒髪になっている。
何か一文字の名前が脳裏をよぎったが、乃梨子は深く追い掛けずに、その黒髪ウサをぽいと背後に放った。
「志摩子さんで無いならいらない〜」
ふるるん。 「志摩子さんが二十三羽〜」 今度は緋袴すがたのウサ志摩子さんが出来た。
ふるるん。
ふるるん。
・
・
・
あ、また変なのが。 こんどは妙にラテンっぽい顔のウサだ。 いらない。
どうも数十羽に一羽の割合で、変なのが複製されるようだ。 悪戯っぽい顔のとか。 いきなりアリアを歌いだすやつとか。
そんな不純物をぽいぽい背後に放りながら、どんどん志摩子さんを増やしてゆく。
やがて、どれほどの広さか見当もつかなかったその場所が、ウサ志摩子で満々る時がきた。
清々しい金の光が天の彼方から差し込むと、その紗の中からにじみ出るように、 観音菩薩さまがお出ましになった。 苦界に惑いし一切衆生を救う 志摩子観世音菩薩の光臨である。
地に満ちる ちびウサ志摩子が一斉に祈りを捧げる。
乃梨子は歓喜の涙を流しながら、彼方の観音さまへ向かって歩き始めた。
ああ、あそこにたどり着けば、救われる。
瞼躁と歩を進める乃梨子の背後の闇の中から、かすかに呼びかける声がする。 が、最早聞こえないのか。 乃梨子は振り返る事無く歩みつづける。
『乃梨子おおお。 帰ってきてえええ。 私を置いて行かないでえええ。 』
◆
「乃梨子ー。 ご免なさい。 銀杏がこんなに危険なものだなんて知らなかった。 知らなかったのよおおお。」
真っ白いシーツのベットの上で、青ざめた表情で時折痙攣する乃梨子。 枕もとで号泣する白薔薇さま。 さらに首をかしげるお医者さま。
「おかしい。 4-メトキシピリドキシン中毒症なのは間違いないはずだが。 これだけの単位のビタミンB6製剤を投与して、何故回復しない? お嬢さん。 この患者は一体どれほどの銀杏を食べたのか知っていますか? 」
白薔薇さまは、その時ばかりはほんのりと頬を染めて答えたそうだ。
「大した量では有りません。 ほんの、たらい1杯分ほどです。 」
はたして乃梨子が生還できたのかどうかは、読者の皆さんのご想像に委ねよう。
くれぐれも、食べすぎにはご注意を。
天高く馬肥ゆる秋の出来事であった。