「おーす」
「おーす」
「おーす」
M駅前で、異口同音に挨拶を交わしたのは、花寺生徒会四天王のうちの三人、祐麒、小林、高田の三人だった。
「アリスは?」
「あー、あいつ用があるから来られないんだと」
「めずらしいな、アイツなら喜んで来そうなのに」
「まぁ、ダメだってんなら仕方がない。行くぞ」
高田に先導され、後をついて行く祐麒と小林だった。
「しっかし、よく行く気になったな」
「ま、高田は変にマニアックなところがあるからな」
「何が悪いんだよ」
「悪くはないけど、なんだか恥ずかしいと言うべきか、格好悪いと言うべきか」
「俺はあんまり行きたくないんだけどな」
「怖い物見たさ?」
「それに近いかもな」
「とにかく、こっちだこっち」
「どーしてこうなるんだよ…」
頭を抱えながら、祐麒が呟く。
「それはこっちのセリフよ」
祐麒の実の姉祐巳が、フリフリメイドの格好で、弟の頭をお盆で軽く叩いた。
ここは、駅から数筋離れた商店の間にある、最近オープンしたばかりのメイド喫茶だった。
「まさか、祐麒君にこーんな趣味があったなんてねぇ」
猫目を細めて、からかうような視線を送るのは、祐巳の友人、島津由乃。
「でも、お姉さんも同じ嗜好みたいだから、やっぱり姉弟なのね」
「志摩子さん、どう言う意味?」
「だって、メイド服を着るって聞いた時、面白そうって笑ってたじゃない」
口元に手を当てながら微笑むのは、やはり祐巳の友人、藤堂志摩子。
恐れ多くも、リリアン女学園高等部生徒会、通称山百合会の二年生トリオが勢揃い。
「俺は高田に付き合ってるだけだ。それより、祐巳こそなんでこんなところに?」
「こんなところって失礼ね。ちゃんと許可は取ってるのよ」
話によれば、この店は学園長の身内がオーナーで、お嬢様ばかりのリリアン生にも、社会経験を積ませようと言う事で、それに先んじて試験的に生徒会の人間を働かせてみようという趣旨なのだそうだ。
メイド喫茶で、どんな社会経験が積めるのかは甚だ疑問だが。
それにしても、現役の白薔薇さまと、紅薔薇黄薔薇のつぼみが、メイド喫茶で働いていようとは。
「三人とも何してるの…ってユキチ!?」
『アリス?』
なんとそこに現れたのは、花寺生徒会四天王の残り一人、有栖川ではないか。
しかも、祐巳たちと同じメイド服を着て。
「なんて格好してんだよアリス」
「もちろんアルバイトだからよ。似合ってるでしょ」
「用があるってこのことだったのか」
「そうよ」
「お前らしいと言えばお前らしいな」
「顔だけは女だもんな」
「胸は無いけどな」
当たり前である。
「それより、ご注文は?」
ぶっきらぼうに注文を取る祐巳。
「祐巳、それは客に対する態度じゃないよな」
ニヤニヤしながら、祐巳に突っ込む祐麒。
「アンタねぇ…」
「待って祐巳さん。…ここは私たちに任せて」
祐巳を引っ張って、そっと耳打ちする由乃。
そして、志摩子とともに満面の笑みを浮かべて祐麒たちに、
『お帰りなさいませ、ご主人様♪』
只でさえ、リリアンでも屈指の美少女由乃と、リリアントップクラスの美女志摩子だ。
フリフリメイド姿の彼女たちにそんなこと言われたら、男子校生徒なんぞひとたまりもない。
祐麒は顔を赤らめて目を逸らし、小林はだらしなく頬を緩め、高田は口を半開きにしたまま呆然としている。
注文を取り、運ぶ。
その間ずっと極上の笑みを見せられれば、鼻の下も伸びるというものだ。
「なによ、いくら由乃さんと志摩子さんが可愛いからって、デレデレしちゃって」
「仕方がないわよ。いくら可愛いっていっても、ユキチがお姉さんに見とれるなんてことないだろうから」
彼等の態度になんだか釈然としない祐巳を、そっと宥めるアリスだった。
「可愛いかったなぁ、由乃さん…。お姫様だっこしたげたい…」
小林が、融けそうな声で呟く。
「志摩子さんは美しい…。惚れてしまいそうだ…」
まるで女神にでも出会ったように、陶酔した表情の高田。
「うん。祐巳があんなにも…」
『なんだと!?』
「…ぅえ!?、え、いやなんでも無い、なんでも無いったら」
慌てて誤魔化そうとする祐麒だが…。
「ああ、ユキチがシスコンって本当だったんだな」
「度し難いヤツだなお前って」
「まぁ、あんな姉がいるなら分からんでもないが」
「理性を無くすんじゃないぞ?犯罪だぞ?」
「五月蝿い!なんでも無いって言っただろー!」
こいつらに、通じるわけがなかった。