『がちゃSレイニー』
† † †
「可南子さん。瞳子さんを逃がしてしまって…よろしかったのですか?」
瞳子に突き飛ばされた乃梨子さんを助け起こしていると、背後から声が聞こえた。
千草さんだ。藍子さんと、のぞみさんも傍にいる。
乃梨子さんはお姉さまに伝えると言って、すぐに教室から走って出て行ってしまった。
(はしたないわね。人の事は言えないけれど)
「祐巳さまが来てたでしょ?それに祐巳さまは本気だから。ド…瞳子はちょっとやそっとじゃ逃げられないわよ。あの二人は話し合うことが必要なの。それより、あなたたちこそどうして―――」
その時、前置きもなく突然、紅薔薇さまの声が響いた。
『優さん! 瞳子ちゃんを車に乗せないで。祐巳と私からのお願いよ。』
「「くすっ」」
「ふふ…」
「あはは…」
まさか紅薔薇さまが私用で放送を使うとは。やはり祐巳さまの周りには、お節介な人が集まるのね。
ひとしきり笑って、茶話会トリオに疑問を投げかける。
「どうして祐巳さまの手伝い…いえ、祐巳さまの噂を広めたの?」
「「「………」」」
三人、目を見合ってうなずく。
「祐巳さまに頼まれましたの。瞳子さんの耳に入るようにって」
「私たちは祐巳さまの妹になる気はありませんので、名前は伏せておきましたけれど」
「なるほど、それを瞳子が勘違いして信じたのね。自分が受け取ってしまった志摩子さまのロザリオの重みも相まって。それであの暴走か…」
「少し薬が効きすぎましたでしょうか?」
「それくらいで丁度良いと思うわ。瞳子は天邪鬼な上に隠し事が上手くて、すぐ逃げるから。何もわかっていないのに、諦めがいいと言うか、途中で舞台から降りようとするのよ。隠しているものを全部打ち明けた方が、スッキリすると思うのにね」
「「はぁ…」」
瞳子はずっと、遠くから“祐巳さま自身”を見てきた。その想いは私の上を行っている。
同じ祐巳さまを傍で見ていた私だからこそ気づけるくらいの微かな想い。それがわかったから私と瞳子は天敵と呼ばれるほどの仲になったのかもしれない。
だけど私は瞳子より先に舞台から降りた。瞳子とは見ていたものが違っていたと気付いたから。
祐巳さまに全てを打ち明けて、仲違いして、拾われて。学園祭までの間、本当の祐巳さまを見て気付いたから。
始めから勝負にはなっていなかったのだ。はっきり負けたと悟った。
「それよりも、みんなで祐巳さまの後を追いかけるんでしょ?」
「な、なぜそれを…」
「だてに半年も祐巳さまと瞳子を見てきていないわよ。祐巳さまの考えそうなことだわ。それに、瞳子にも荒療治が必要よ」
追いつめられなければ素直になれないなんて、なんて厄介な性格だろうか。
この先の祐巳さまの気苦労を思うと同情する。
「でも。あなたたちは、祐巳さまの妹に瞳子が決まっても良いの?」
「私たちには…まだそんな資格がありません。可南子さんや瞳子さんと違って、純粋に祐巳さまを見ていなかったから」
「それに気付いたのが、剣道部の交流試合の翌週」
「祐巳さまが訪ねていらっしゃった時です」
「私もあなたたちと変わらないわ。わかったのなら今からでも遅くはないわよ?だいぶ瞳子に先を行かれたけれど」
「いえ。祐巳さまの心には、もう瞳子さんがいらっしゃいますもの…」
「そう…」
(さて、それじゃ最後の仕上げね)
敦子さんと美幸さんが、祐巳さまの後を追っているから居場所はすぐに知れる。
(お昼だから他の組の娘も混じっているわね。丁度いいわ)
廊下や教室で、唖然とこちらを見守っている一年生たちに、
「みなさま。このお昼休み、祐巳さまと瞳子さんの舞台を見てみたい方はついて来ませんか?」
「「お昼を後回しにする価値はあるかもしれませんわよ」」
茶話会トリオはそう言うとすぐに教室を出て行った。
祐巳さまと瞳子の舞台まで、敦子さんたちと連携してみんなを誘導するために。