【758】 滅び逝く・・・美学  (朝生行幸 2005-10-22 20:29:42)


 放課後の、薔薇の館…の裏手。
 校舎に囲まれた中庭で、6人の生徒が、3人づつ2グループに分かれて対峙している。
 ひとつのグループは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳、黄薔薇のつぼみ島津由乃、白薔薇さま藤堂志摩子の二年生チーム。
 もうひとつのグループは、白薔薇のつぼみ二条乃梨子、同クラスの松平瞳子、細川可南子の一年生チーム。
 そう、彼女たちは今、軟式野球をやっていた。

 乃梨子が投げる紫色のビニールボールが、軌跡を残して疾走する。
 由乃が振るう、先に穴が空いたプラスチックのバットが、鋭い空振り音を発しながら弧を描く。
 返って来たボールをキャッチしながら、勝ち誇った笑みを浮かべる乃梨子。
 小学生の頃は、男子をバッタバッタとなぎ倒して来た乃梨子にとって、運動能力に劣る由乃なぞ、はっきり言って敵ではない。
 続く祐巳や志摩子もあっさりと下し、瞬く間にチェンジとなった。

 ボールを握るのは、黄薔薇のつぼみ。
 ただでさえ野球どころかソフトボールの経験もない彼女にピッチャーをさせるなんて、二年生チームはやる気があるのか?と思うと同時に、由乃さまに押し切られたんだろうな、とも思う乃梨子。
 なんせ今までが今までだから、無駄にスポーツに飢えているのも仕方がない。
 しかし、軟式野球とはいえ、そう簡単に勝てるものではない。
 それを教えて差し上げようではないか。
 一番にバットを握るのは、やはり乃梨子。
 制服のままではあるが、その構えはなかなか様になっている。
 豪快に足を振り上げ、第1球を投じる由乃、もう少しで見えてしまうところだった。
 投げる球は意外に速く、予想以上に良いコントロールに思わず見送ってしまう乃梨子だった。
 先ほどの乃梨子のように、勝ち誇った笑みを浮かべる由乃。
 それを見て、乃梨子の闘争心に火が点いた。
 負けず嫌いではないが、なめられるのは我慢ならない乃梨子、真剣な眼差しで、由乃が投げる球を見る。
 気合を含むバット一閃、軽快な音とともに、ボールがショートを守る志摩子の脇をすり抜けた。
 すぐに校舎に当たって跳ね返るので、あんまり塁は稼がれない。
 乃梨子は、一塁上に立った。
 続く可南子もヒットを放つ。
 瞳子が打った凡フライを祐巳が受け損ね、とうとう満塁にまでなる始末。
 乃梨子が三塁、可南子が二塁、瞳子が一塁に立った。
 怒りを隠そうともしない由乃が、更に次のバッターに球を投げようとしたとき、ハタと動きが止まる。
 何故なら、次のバッターがいないから。
 なんせ1チーム3人だから、3人が塁に出れば、次のバッターがいなくなるのは当然だ。
 振り向いた由乃が、各塁の一年生を、どうするのよ、といった目付きで見渡す。
 こんなことなら三角ベースにするんだった、という後悔と一緒に息を吐くと、片手を挙げて乃梨子が言った。

「透明ランナー!」

『なにそれ?』

 乃梨子以外は、初めて耳にする単語だった。


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