【773】 続いていくさーこさまとみき感慨無量  (六月 2005-10-27 00:37:49)


年の初めのためしとて〜♪終わり無き世のめでたさを〜♪
新春四日のうららかな昼、福沢家は例年にないお客様への対応に大慌て。
昨年末に三が日を祐巳と過ごしたい、祥子と瞳子が争奪戦を起した。
どちらの家に祐巳を招待するかで口論になり、祥子の強権発動で松平家お取潰しか?!
という事態にまで発展しそうだったのを、祐巳の「三人で、お姉さま、瞳子、私の家で一泊ずつにしましょう。それが嫌なら誰の家にも泊まりません」の一言でなんとか収めたのだ。
そして、二日は祥子宅へ、三日は瞳子宅へとお泊りし、今日は祐巳の家へ二人を迎える事になっていたのだが・・・。

玄関先に車が止まる音を聞きつけて、いそいそと祐巳はお姉さまを迎えに出た。
もしも見えるなら、飼い主の帰りを待ち侘びた犬のように尻尾をブンブン振っていることだろう。
「お待たせ、祐巳」
「いらっしゃいませ、お姉さま。さすが松井さんですね、ここがすぐに分かるなんて。
 さ、瞳子も待ってますよ、どう・・・ぞ、あれ?」
一人だと思った祥子さまの後から車を降りてくる影に祐巳は首をかしげた。
「おじゃましますね、祐巳ちゃん」
「清子小母さま?え?あ?え?」
長い黒髪の和服姿の小笠原清子が、とてもうれしそうにほほ笑みながら福沢邸の玄関先に佇んで居る。
対象的に祥子さまはこめかみを押さえ眉間に皺を寄せていた。
「私が今日は祐巳のところに泊まると話したら、お母様がついて来てしまったのよ」
「祥子さんばかり楽しんでずるいわ。私も祐巳ちゃんと遊びたいのに」
拗ねる清子さまは反則的に可愛い。
「と、とにかく中にお入りください」

お二人を居間にお通しすると、そこでは福沢母と瞳子が談笑していた。
「ちっ・・・いらっしゃいませ、祥子さま」
「瞳子ちゃん、いまあなた舌打ちしなかった?
 それにここは祐巳のお家よ、あなたに『いらっしゃいませ』等と言われる所以は無いわ」
コタツに入ったままの瞳子の目の前に祥子さまが仁王立ちになる。
「あら、お姉さまがおっしゃいましたのよ。
 『瞳子、自分の家のつもりでリラックスしていいのよ』と、”自分の家のつもりで”と」
「そんなものただの社交辞令じゃない!」
二人の言い合いは一種のレクリエーションだろうと祐巳は苦笑しながら眺めている。
まるで江利子さまと由乃さんみたいだな、と思いながら。
間に挟まれて苦労していた令さまの気持ちが少し分かった気がした。
「ま、まぁまぁ、お姉さまも瞳子も、仲がいいのは良いけど先におばさまを紹介させてね。
 お母さん、こちらが祥子さまのお母様、清子小母さまよ」

みきは清子さまに向き合うと、普段からは見えぬような優雅な雰囲気で挨拶をした。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「初めまして、小笠原清子です。急なことでご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「福沢みきです。こちらこそたいしたお構いもできませんで、申し訳ありません。
 何も無いところですが、どうかごゆっくりとしていらしてくださいませ」
さすがはリリアンで昔取った杵柄というか、こんなに物腰が変わるものだろうか。
と、そんなみきを清子さまはじっと見つめている。何か気になることがあるのか小首をかしげながら。
「・・・不躾で失礼ですが、みきさん、どこかでお会いしたことございませんでしたか?」
「はぁ、どうでしょう?私も清子さまとどこかでお会いしたことがあるような気がするのですが・・・」
「もしかしてリリアンの卒業生ではありませんこと?」
「はい。清子さまもですか?」
しばらく見つめ合っていたが、清子さまはふと何かを思い出したらしい。
「・・・・・・祝部・・・みきさん?お神酒のみき」
「え?・・・あ!さ、さーこさま!」

両手で顔を覆い感涙に咽ぶみきを清子さまはそっと抱きとめる。
「あぁ、またさーこさまにお会いできるなんて・・・夢みたい」
「うふふ、泣き虫さんねみきさんは」
清子さまに抱かれているみきには、今この時がまるでリリアン高等部時代に時間が戻ったように感じた。
恥ずかしげに頬を染め清子さまを見上げる。
「あのときの本、憶えていらっしゃいますか?今でもあれは私の宝物なんですよ」
「温室でサインをしてあげたあの本ね。懐かしいわ」
みきの両手を清子さまは包み込むようにとるとにっこりと笑う。
「あの時は妹にしていただくことが出来ませんでしたが・・・」
「祐巳ちゃんが私の娘の妹に・・・なにか運命のようなものが続いているのかもしれないわね」
二人顔を見合わせ、まるで姉妹のように優しくほほ笑みあっていた。

突然の出来事に呆然としていた祐巳だったが、二人の姿に感動して涙がこぼれそうになっていた。
「お母さんと小母さまが高等部からの知り合いだったなんて知りませんでした」
祥子さまも感動しているのか、体を震わせている・・・のだが・・・。
その思考は祐巳の斜め45度ほど宙を彷徨っている。
「運命・・・あぁ、やっぱり祐巳と私は結ばれる運命にあったのよ。
 そうだわ、この機会におばさまに祐巳との結婚を許していただ」すぱーーーーん!!
どこからか飛んで来たスリッパが祥子さまの顔面にしっかりとめり込んでいる。
「あら、祥子さま、失礼しましたわ。ちょっとスリッパが飛んでしまって。おほほほほほほほほ」
「瞳子ちゃん!!」
再会の感動に浸るみきと清子さまを余所に、居間の中を走り回る祥子さまと瞳子の鬼ごっこに、ただただ呆れる祐巳だった。


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