『がちゃSレイニー』
† † †
リリアンのマリア像の前で、先ほどのお詫びを込めてお祈りをする。
瞳子は迷っていた。深い深い迷宮をどう進むべきなのか。
早退届を出している瞳子は、別に教室に戻る必要はない。例え戻るとしても、あれだけの啖呵をきって飛び出して来たのだ。かなり戻り辛い、と言うかこれで戻ったらどうかしてる。
今、瞳子にはこのリリアンに居場所が無い。
(こういう事、以前にもありましたわね……)
『もう、どうにでもなれ』
あれは、たしか演劇部で先輩ともめて教室を飛び出した時。そのあと、どうしたのか。ついこの前の事なのに、記憶が朧気だ。
雪がはらはらと舞うリリアンを彷徨っていた私は、薔薇の館を見上げる。
(ああ、薔薇の館で山百合会の劇に専念しようとしたのでした)
だけど山百合会からも『いらない』と追い出されそうになった。
本当は瞳子のためを思ってくれていたのだろうけれど、そう言われたように感じたのだ。
私はそれを思い出すと、踵を返し歩き始める。居場所を求めて。
(あの時、私に引導を渡す役目が祐巳さまでしたのに……)
なぜだか解からないけれど、祐巳さまは事もあろうにその役目をあっさりと放棄したのだ。
大好きなお姉さまである祥子さまにしかられるかもしれないのに。
『嘘つきね』
そうだ。瞳子は演劇が好きだって、祐巳さまが言ってくれたのだ。
瞳子のエイミーが見れなくて残念そうな祐巳さまに、私はつい事情を喋っていた。いや、他人が聞けば泣き言か言い訳。そのあと山百合会の見解を祐巳さまが仰った直後だったろうか、その役目を放棄したのは。
「祐巳さま……どうしてですの?」
講堂を横目に歩いていると、古い温室が目に留まる。今、リリアンで瞳子が居られるのは、ここくらいしかないだろうと思う。と、風が吹いて雪が踊る。凄く……寒い。慌てて扉を開けて中に入る。
扉を閉めると暖かな空間、古くてもさすがは温室だ。私はロサ・キネンシスの近くの棚に腰を下ろし、ほっとする。
悩みや悲しい事、辛い事があるといつもここに来てしまう。なんだかロサ・キネンシスに悪い気がする。
今回は……今回も祐巳さまに関してだ。
『私は、妹を作っていないから………』
そう聞こえたと思うのだけど自信がもてない。先ほどの祐巳さまの記憶、外でしんしんと降る雪の様に淡い。
(あれは……夢?)
だけど瞳子の手には花嫁のブーケがある。祐巳さまと一緒にいた証だ。
「そう言えば、祐巳さまはなぜ瞳子を追いかけてきたのでしょう……」
祐巳さまが複数の妹を迎えたという噂を聞いて、頭に血が上ってしまい、全てをうち捨ててしまう覚悟で教室から飛び出した。祐巳さまから逃げ出して白薔薇さまのロザリオを“受け取った”そんな瞳子の事など、いまさら追いかけなくても良いのではないだろうか。
瞳子自身、それに関しては軽率な自分にかなり辟易している。これでは面と向かって祐巳さまばかりを責められない。
祐巳さまは瞳子を、何人もの妹の中の一人に迎えるおつもりなのだろうか。でも……そんなのは絶対に嫌。
(白薔薇さまのロザリオは乃梨子さんに返してしまったけれど……。勢いで突き飛ばしてしまった乃梨子さんは大丈夫でしょうか)
祐巳さまから逃げた事、白薔薇さまのロザリオを受け取ってしまった事、自暴自棄になって暴れてしまい皆に迷惑をかけた事、いまさらながら後悔の念が押し寄せる。いったい私はどうすればいいのだろう。
(もう……消えてしまいたい。祐巳さま……)
〜 〜 〜
「――子ちゃん。瞳子ちゃん。私にはまだ妹が一人もいないわよ」
「祐巳、さま? 本…当…ですの?」
「そうよ」
どうやら眠ってしまっていたようだ。ぼんやりと正面に祐巳さまのお顔が90度……。
「って、えぇぇぇぇぇっ!!」
座りながら眠ってしまっていた私に、祐巳さまが膝枕をしていた。瞳子の体にはスクールコートがかけられている。びっくりして慌てて起き上がろうとする私を祐巳さまはそっと制し、
「もう少しこのまま。ね?」