No.778→No.753 の続きです。
事件から一週間が過ぎた、昨日から祐巳の両親は山梨のおばあさんの家に行っていて、明後日水曜日に帰ってくる予定になっている。
『祐巳ちゃんにも関係あることだから』そう言って車に乗り込んだ母の表情と言葉に、今は違和感を覚えている。 それがどういう種類の物なのかは、うまく説明できそうに無い。
マスコミは学園側からの抗議により大々的な取材攻勢は控えているものの、テレコを持ったレポーターはまだ近所をうろうろしているし、新聞部のあの方が鼻息荒く校舎内を駆け回っている、真美さんも大変だ。
学校側が出した自衛策は早期帰宅。 一人での行動は控える、人通りの少ない場所には近づかない等が出されて、放課後は17:00以降になると部活も原則終了、帰宅が促される。 薔薇の館も例外ではない、残業が発生した場合は職員室に届け出に行かなければならない。 警備員が巡回するコースの変更などがあるため認められる可能性はほぼ無いと祥子さまが言っていた。
「志摩子さんの様子が変?」
「はい…」
「どんなふうに?」
「ええ、以前に比べて怒りっぽくなったようなんです。 あと、香水です」
「香水?」
薔薇の館のサロンで祐巳、由乃、乃梨子の三人で書類整理をしていて、そろそろ帰ろうかと準備を始めた時に、乃梨子が言い出し難そうに告げてきたのだった。
「以前は香水どころかコロンだって使っていなかったのに、ここ一ヶ月くらいから使い始めてここのところ…」
「あ〜、確かにかなりキツク付けてるよね。 この前ちょっと言ったことあるわ」
「え? そうなの?」
「うん、まあ『校則に禁止事項は無いでしょ?』なんて言われて強くは言えなかったんだけどね」
「う〜〜ん、確かに明文化されていないけれど、先生に注意されちゃうよね」
「周りに良い影響があるとも思えません」
「もう一度言っておいた方が良いか……OK、それは私が言うけど、祐巳さん援護射撃お願いね」
「うん、いいよ」
まだ不安げな乃梨子は、俯いたままポツリポツリと話す。
「…私も…言ってみたんです……香水のこと…すごい目でにらまれて……。 その時は『気をつけるわ』って言っていたんですけれど、でも……あの…なんかドロッとした目で…まるで別人…いえ………死人…みたいな目で……やだっ…わた……し…なに‥言ってる……んだろ……」
目から涙がこぼれ落ちそうになるのを必死で堪えている乃梨子。 大好きな姉を『死人』などという言葉で表現した乃梨子になんと声をかけたものかと顔を見合わせる祐巳と由乃。
「……そういえば、今日は志摩子さんどうしたの?」
「どう…したんだろうね?」
「え? 祐巳さまと由乃さま何か聞いてらしたんじゃあないんですか?」
「……なにも、聞いて無いけれど…?」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
三人が薔薇の館で志摩子のことを話している頃。
第二の犠牲者が出ていた。
まだ暖かい血の滴る小腸を咬み切った志摩子は薄笑いを浮かべて、もう光を失った女生徒に見せ付けるように咀嚼する。 辺りには錆びた鉄のような匂いが濃密に振りまかれ、地面には赤黒い水溜りが広がっていた。
ふと、その動きが止まる。 志摩子の顔には先ほどの美しくも悪鬼のような笑みは無い。 肩が小刻みに震え焦点のあっていない目には涙が浮かんでいた。
「……ご‥めん…なさ……いぃ……ごめ‥‥ん……な…さ‥ぃぃ……」
涙は次から次へとあふれ出し、頬に付着していた血を洗い落とす。 しかし、それもすぐに口角が上がり舌なめずりをしてから、手に付いた血糊をなめとる美しい鬼女へと変わり、右手を大きく開かれた腹の中に入れ肝臓をなでる、裏側に手を差し入れ引っ張り出すと太い血管がつかの間の抵抗をしたが、やがて大量の血を吐き出しながらちぎれた。
「くっくっくっくっ、ふふふふふふっ」
取り出した肝臓に頬擦りしてからまるでパンでも口にするように噛付いていく。
翌日、志摩子はリリアン女学園から姿を消した。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「カ〜〜〜ット! はい、よかったよ〜〜、ご苦労様〜」
「今回はちょっと長かったわね」
「だぁ〜〜〜! もう、志摩子さん! 肝臓持ったまま微笑みながら来ないで! 血まみれでマジ怖いから!」
「でもこれ、本物じゃあないのよ、ちょっとなめてみてチョコレートみたいだわこれ」
「え?! そうなの?」
「祐巳さん、興味示さない! ちょ、ちょっと〜〜やめときなさいよ」
「…あ、本当だチョコだねこれ」
「ね、おいしいでしょ?」
「うん、いいな〜志摩子さん、こんなおいしい物食べられて」
「祐巳さん! いい、ちょっとそこに座りなさい! あのね、この話はあくまでも主役は祐巳さんなのよ! ケテルにしては珍しく紅薔薇家主役の話なのよ! 敵役ともいえる志摩子さんと馴れ合ってどうすんのよ?!」
「え〜〜? だって、敵対関係になるのが発覚するのって、お母さんが山梨から帰ってきて、私の封印を解いてからでしょ? まだいいんじゃないかな〜?」
「うう〜〜、いや…まぁ、そうかもしれないけれど、ってまたストーリーばらしちゃうし……」
「ほらほら由乃さん。 お人形もう一体増えたから『パペットマペットのショートコント』」
「「いや〜〜〜〜〜〜〜!!」」
「そんなグロいパペットマペットはいや〜〜〜!」
「ところで瞳子、あんたなんでここにいるの? 出番無いんでしょ?」
「そ、それは〜……(ちらっ)……も、もちろん! 撮影現場の見学ですわ!」
「ほぉ〜〜〜……(ちらっ)……。 ま、そういう事にしておこうか」
「なっ?! ちょ、ちょっと待ってくださいませ! なんなんですの、そのニヤニヤした笑い方は!」
「さぁ〜〜〜て、なんのことでしょうねぇ〜〜〜」
「の、乃梨子さん! ちょっとお待ちくださいな!」
〜〜〜〜〜〜〜まだ、続く〜〜〜