【827】 次子突撃  (朝生行幸 2005-11-09 22:45:10)


「みつけたでつ!!」
 リリアン女学園大学部には不釣合いな、どっから見ても三歳児が、校舎内の廊下で、ある人物にビシッと指を突きつけた。
「な、何ですの!?」
 混乱するその人物は、勝気な目付きに、縦ロールというレトロな髪型。
 松平瞳子は、何がなんだかワケも分からないまま、子供の視線をかろうじて受け止めていた。
「瞳子、何してるの?」
 声をかけたのは、瞳子の親友にして元同僚、二条乃梨子。
「ああ、乃梨子さん聞いてくださいまし!」
 これ幸いと、乃梨子にすがる瞳子。
「どこの馬の骨とも知れないクソガ…お子様が、いきなり私を指差すんですのよ?」
「アンタ今クソガキって言いかけたでしょ」
「そんな下品なこと、私が言うわけないではありませんか。とにかくこの子供を…」
「そこのおかっぱ、じゃまするんじゃありませんでつ!」
 瞳子以上に勝気な目付きで、乃梨子を睨む子供。
 まるで、かつて“リリアンの黄色い悪魔”と呼ばれ恐れられた、ある人物を彷彿とさせる。
「まぁ確かにおかっぱと言えばおかっぱだけど、安心して。邪魔はしないわよ」
「じゃぁどくでつ」
「ハイ、退きまつ」
「乃梨子さん!」
「まぁまぁ、精神年齢が近い者同士、腹を割って話し合いなさいよ」
「私の精神年齢が三歳児並だとおっしゃるの!?」
「いやぁ、三歳児ってことはないなぁ。四歳児ってところか」
「キー!」
「そんなことより、ほら、彼か彼女か…リボン付けてるところを見ると彼女かな?困った顔してるわよ」
「…仕方がありませんわね。それで、お嬢さんは私に何か御用かしら?」
「ごようもなにも、あくはほろびなければならないのでつ」
「灰汁…?確かに、灰汁はこまめに取り除かないと…」
「違う違う。その子はアンタを悪人と思ってるの」
「ああそう…って、どうして私が悪人なのですか!?」
「どうして?」
 乃梨子が代わりに子供に訊ねた。
「おねぇちゃまがいってまちた。めつきのわるいたてろーるはみんなあくにんだって」
「ふむ…」
 子供と二人して、まじまじと瞳子を観察する乃梨子。
「いや悪人というより、ステロな悪女ってイメージ?外観だけに限って言えば。ほら、縦ロール女って言えば、高ビーで性格悪いって言うし」
「あくにんゆるすまじ。とくにまったいらとかいう、らせんかいてんすぱいらるどりるおんなはめっすべし!」
「なんですの!?ドリル女って!」
「また難しい言葉知ってるなぁ」
「おねぇちゃまがいってまちた。まったいらとーこ、めっすべし!」
「ははは、瞳子がまっ平らだって。ははははは」
「何が可笑しいのですか!?私だって、今では結構なものですわよ」
「冗談はおいといて、お嬢ちゃんは一人?」
 あっさりスルーして、子供に問い掛ける。
「いえ、おねぇちゃまがいっしょでつ」
「おねぇちゃまのお名前は?」
「かなこっていいまつ」
「それで、お嬢ちゃんのお名前は?」
「ちかこでつ。ほそかわちかこ」
「なるほどねぇ」
「なんてことあの針金女!自分だけでは飽き足らず、妹まで使って私を苦しめようなんて!」
「そんなわけで、まったいらめっすべし!ほそかわきっく!」
 瞳子にケリを入れるも、バランスを崩し、その場で尻餅をつく次子。
「よくもやったな!はんげきだ!」
「何もしてませんわよ?って痛たたたた」
 駄々っ子パンチで、次子は瞳子をポカポカ殴る。
「乃梨子さん、楽しそうに見てないで、助けてくださいまし!」
「いや、実際に楽しいし。それに、下手な口出しは出来ないわ」
 たとえ三歳児といえども力は結構あるし、しかも手加減を知らないから、受ける打撃はかなり強い。
「ちょっと、もういい加減になさい!」
 隙を突いて、乃梨子の背中に隠れることに成功した瞳子。
 かなり本気で困っているようだ。
「にげるなあくとう!へいわなせかいをおびやかすあくのてさきにせいぎのてっついだ!」
「全部漢字で書くのは難しいだろうなぁ」
「変なところで感心しないで下さいませ!とにかく…」
「次子?」
 乃梨子と瞳子の後から、聞き慣れた声で、誰かが次子の名を呼んだ。
「おねぇちゃま!」
 パッと顔を輝かせ、次子が駆け寄ったのは、二人が予想した通り、かつての同級生、細川可南子だった。
「こんなところに居たのね?探したわよ」
「おねぇちゃま、いまあくにんをたいじしているところでつ」
「まぁ、えらいわね。で、その悪人って?」
「あれでつ。あのまったいらなとーこでつ!」
「ちょっと可南子さん!あなたですのねこの子に変なことを吹き込んだのは!?」
「吹き込んだとは人聞きの悪い。確かに三年前は、この子の枕元で『松平瞳子滅すべし』と囁いていましたけど」
「ほら、悪いのはあなたじゃないですか」
「でも、その一年だけで、他は何もしてません」
「じゃぁ、何で今頃?」
 肩眉を上げて、乃梨子が問う。
「近頃次子、戦隊モノだかヒーローモノだかにはまっちゃってまして。多分、持ち前の正義感と以前の刷り込みが、今になって具現化したみたいね」
「なるほど。ヒーロー気取りで、悪人っぽいまっ平らな瞳子を退治しようとしてるわけか」
「そうなりますね」
「私はまっ平らでもなければ悪人でもありません!」
「諦めなよ瞳子。子供の純真な心は騙せないよ?」
「どーしてそうなるのですかー!」
「まて!まったいらー!」
 叫びながら走り去る瞳子を、拳を振り上げながら追いかける次子。
「…大きくなったね。将来が楽しみでしょ」
「ええ。彼女なら、私がなれなかった薔薇さまになれるかも知れません」
「リリアンに入れるつもり?」
「私はそう希望してますけど…」
「面白い山百合会になりそうだわ」
「そうですね」
 クスクスと笑い合う乃梨子と可南子は、廊下を疾走する瞳子と次子を、角を曲がって見えなくなるまで見つめていた。


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