【833】 二人の物まね  (朝生行幸 2005-11-10 22:49:51)


「ああ、祐巳…」
「由乃ぅ…」
「………」
 二年生が修学旅行のため、生徒数が1/3減っているだけだと言うのに、妙に寂寥感漂うリリアン女学園高等部。
 薔薇の館には、三年生の紅薔薇さまこと小笠原祥子と黄薔薇さまこと支倉令、一年生の白薔薇のつぼみこと二条乃梨子の三人しか居なかった。
 まだ一日目だというのに、祥子と令は、まるでこの世の終わりとばかりに嘆いている。
 それを、ひたすら無言かつ冷ややかな目で見る乃梨子。
 寂しい気持ちは分からないでもないが、いくらなんでもコイツらは度を越している。
 力づくで黙らせようかと思うものの、後が面倒なので、思い切った手段には出られないのだった。
「ああ、祐巳…」
「由乃ぅ…」
「………」
 このままでは、乃梨子の苛立ちは募るばかり。
 なんとかして、この二人を静かにさせる手はないものか…。
「紅薔薇さま?」
「ああ、祐巳…」
 聞いちゃいねぇ。
「黄薔薇さま?」
「由乃ぅ…」
 まるで話にならない。
 仕方がない、とっておきを出すか。
 腹を決めた乃梨子は、とうとう行動に出た。
「『お姉さま』」
「は!祐巳?どこなの?」
 慌てて立ち上がり、辺りをキョロキョロ見渡す祥子。
「『令ちゃん』」
「え?由乃?どこ、どこにいるの?」
 ガバチョと身を起こすと、テーブルの下を覗き込む令。
「『お姉さま、ここです』『令ちゃん、ここだってば』」
『祐由巳乃!』
 二人同時に目をやった先には、一人佇む乃梨子。
「『お姉さま、しっかりなさって下さい』『令ちゃん、しっかりしてよ』」
 乃梨子は、祐巳・由乃とよく似た声で、二人を励ました(フリをした)。
「ひょっとして、さっきのは乃梨子ちゃんが?」
「『ハイ、お姉さま』」
「じゃぁ、由乃の声も?」
「『その通りよ令ちゃん』」
『へー凄いわねぇ』
 乃梨子が持つ七つの得意技の一つ、声真似に、感心することしきり。
 あまり知られたくなかったのだが、緊急事態?だから仕方がない。
 予想通り、二人とも妹の居ない悲しみを忘れている模様。
「それにしても、良く似てるわね。もう一度呼んでくれないかしら?」
「『お姉さま』」
「ああん、祐巳ー♪」
 紅薔薇さまらしからぬ緩んだ表情で、いきなり乃梨子のタイを直す祥子。
 さて困ったぞ、実は地雷を踏んだんじゃないか?
「乃梨子ちゃん、私も由乃の声で呼んでちょうだい」
「『令ちゃん』」
「あうん、由乃ぅ♪」
 身体をクネクネくねらせながら、乃梨子に抱きつこうとする令。
 サッと身をかわせば、恨みがましい目で令に睨まれる。
「乃梨子ちゃん、もう一度お願いできるかしら」
「いえ、私が先ね乃梨子ちゃん」
「私が先なのよ。ヘタレはそこでヘタレてなさい」
「私のほうが先なの。祥子は信楽焼きでも撫でてなさい」
「何よ!」
「何さ!」
 一転、掴み合いのケンカを始めた薔薇さま二人。
 地雷を踏むどころか、広範囲破壊兵器のボタンを押してしまったようだ。
(ああマリア様ホトケ様、この変な二人をどうにかしてください。なんでしたら、天に召していただいても構いません。と言うより、早く帰ってきて志摩子さん祐巳さま由乃さまー!)
 心の中で、思いっきり叫んだ乃梨子だった。

「はっ!」
(乃梨子!?)
 機内にて、毛布を被っていた志摩子は、弾かれるように身を起こした。
「志摩子さん、どうしたの?」
「…いえ、何でもないわ。誰かに呼ばれたような気がしただけ」
 訊ねてきた隣のクラスメイトに、誤魔化す志摩子。
(まぁでも、乃梨子なら大丈夫ね…)
 窓の外を流れる雲を見ながら、言い聞かせるように心で呟く志摩子だった。


一つ戻る   一つ進む