江利子様の様子がおかしい、そう感じるようになったのは3日ぐらい前からだった。
なにか悩んでいらっしゃるのか、はたまたとんでもないことを考えているのか。
だけど、この事に首を突っ込んでんはいけないと皆が分かっている。一言でも話し掛けたら、江利子様のペースに流される。
そう、それは最初からわかっていた事だった。そしてそれは山百合全員に広がって止まらなくなる。
===放課後薔薇館にて===
私はいつもどうり薔薇間に一番にやってきた……つもりだったがビスケット扉の前に立つと中から
「はあ」
ドア越しでも十分聞き取れるほどの大きなため息。
ガチャ……ドアを開けるとそこには……………
「ごきげんよう、江利子様」
「……ごきげんよう祐巳ちゃん」
そう言って江利子様はまた窓のほうを見て「はあ」とため息をついた。
今江利子様は窓の外を眺めている、あそこからどこか見えるのかぁ?とりあえず、椅子に座って皆を待とう。椅子に座ってしばらくすると、階段がきしむ音がした。
ガチャ
「ごきげんよう、祐巳ちゃん、お姉さま」
「ごきげんよう、令」
「ごきげんよう、令様」
そういって令様は椅子に座った。江利子様がなんでおかしいのか令様に聞いてみようかな。そう思って私は令様の隣の椅子に移動した。
「どうしたの祐巳ちゃん?」
「あの最近江利子様の様子変じゃないですか?」
令様は少し驚いた顔をしている、単刀直入すぎたかな?
「…それは私にも分からないんだけど……」
「だけど?」
「どうも最近遠くを見ているような………」
遠くってなんか嫌な言い方だなぁ。
「そうですか。ありがとうございました」
「こちらこそお姉さまが迷惑をかけちゃって」
そうって自分の席に戻るとまた階段のきしむ音がした。今度はたくさん来たみたいだ。
ガチャ
「ごきげんよう」
そう言って私と江利子様と令様以外の山百合会メンバーが来た。
志摩子さんが皆の分のお茶を入れに行って、皆が書類整理をし始めた、いつに無く静かだ。皆で江利子様を避けてるみたい。そうだ他の人にも聞いてみようかな。江利子様は一人で窓辺でたそがれていた。
私は右隣にいるお姉さまに尋ねることにした。
「お姉さま」
江利子様に聞こえないように私は小声で話す事にした
「なに?今は集中しなさい。私に愛の告白するのは後で良いでしょう?」
「え?あ、はい。…じゃなくて!江利子様最近変じゃないですか?」
「告白じゃなかったの。残念だわ」
「お姉さま!」
「分かってるわよ。江利子様の変貌についてでしょ?」
変貌ってそこまで変わっては無いような気がしますお姉さま。
「はい。まあそんな所です」
「そう言えば前なんか屋上からグランドを見て私ももうすぐ…とかなんとか言っていたわよ」
なんかまた意味深な言葉を…
「あ…ありがとうございました」
「祐巳、あの人に近づいて今まであなたは良いことがあったのかしら?」
「い……いえ」
「だったら、放って置くのが一番よ」
そう言われてもまだ気になる。
「ちょっと、祐巳さん。少し静かにして欲しいんだけど」
そうだ。私にはまだ親友の由乃さんがいたじゃないか!
「由乃さん」
「なに?愛の告白なら後にして頂戴」
「あ、それもそうだね。じゃあ後に…ってそうじゃなくて!」
「じゃあなによ」
なんで逆ギレされてるんだろう。
「最近の江利子様ってなんか変だよね」
「そう、静かになって言いと私は思うよ」
ああ、そうだった、由乃さんと江利子様は天敵だったんだ、けどいくら嫌いだからってこれは無いと思う。
「由乃さん!そんな酷いこと言っちゃダメだよ!」
「祐巳さん」
その声は1オクターブ低く世間で言うドスのきいた声だった。
「ひゃい」
「江利子様に近づいて祐巳さんは今まで良いことがあった?」
「い…いいえ」
「なら放っておくのが一番よ」
ああ、どうして私の両隣はこんなドライな人なんだろう。頭に手をあてて悩んでいると
「祐巳さん、どうぞ」
と、紅茶を運んできてくれた天使が…じゃなくて志摩子さんが微笑みながら私に紅茶を運んで来てくれた。そうだ!私にはもう一人友達がいるじゃないか!
「志摩子さん!」
そういって私は志摩子さんの手を握った。
「どうかしたの?愛の告白なら二人だけの時にしましょう」
「そうだよね。そのほうがロマンがあるもんね!ってちがーーーう!」
なに?なんなの?最近リリアンで流行ってるギャグなの?
「違うの?」
「違います!最近の江利子様様子変だよね。なにがあったか知ってる?」
「ああ、江利子様ね。確か前廊下を歩きながら、するなら痛くないほうがいいわね楽なのはないかしら。とか言ってたわ」
「…それホント?」
「ホントよ。マリア様に誓うわ」
「江利子様になにがあったか聞いたほうがいいよね」
「祐巳さん」
ビクッ!ああ、何だかデジャブ。体が条件反射を起こしてる。志摩子さんの顔は相変わらず天使の様な笑顔で私に微笑みかけて来てくれている。が、顔は笑っていても声が笑っていないってヤツだった。
「江利子様に近づいて祐巳さんは今まで良いことがあったの?」
「…いえありませんでした」
「つまりはそういうことよ」
ああ、もう!こうなったら江利子様の親友である蓉子様に!
「蓉子様……」
「どうしたの?祐巳ちゃん。人生に疲れたような顔して」
「そんな事どうでもいいんです!」
「まさか私への愛の告白なの?」
今日1日でかなりのカロリーを消費した気がする。
「いえ……違います」
「あらそう、残念ね」
「それより…最近江利子様の様子がおかしくありませんか?」
「確かにそうね。……祐巳ちゃんは優しいわね」
そう言って蓉子様は私の頭をなでてくれた。うう、涙が出そうだよ。
「けどね祐巳ちゃん」
たしか、「けど」って意味逆接だったよね。
「江利子に近づいて祐巳ちゃん今まで良い事あったかしら?」
「……無かったです」
「じゃあ、あまり関わらずに放っておくのが一番よ」
そう言って蓉子様はまた書類と向き合った。
なんだか、今の心境を言うと絶海の孤島に遭難して先住民と会話をしている気分。
「どうしたの祐巳ちゃん?」
振り向くと書類整理がよほど暇なのかはたまた私が蓉子様と話しているのが気になったのか、聖様がいつの間にか立っていた。まだ、そうまだいたんだ!江利子様の友達が!
「聖様!」
「な…なに?祐巳ちゃん。そうか!私に愛の告白を「しません!」」
「そんな邪険にしなくても…じゃあ何なの?」
「最近の江利子様についてです!」
「…いつに無く元気だね」
「早く言ってください」
「江利子ねえ、ごめん分からないや」
「そうですかありがとうございました」
「祐巳ちゃん」
ああ、デジャブっていうかもうパターン化されてるよ。これは
「江利子に近づいて祐巳ちゃんが今までいいことが「ありません!」」
「祐巳ちゃんなんか冷たいよ」
あぁ〜〜もう。なんで令様以外は江利子様に冷たいの?これじゃあ江利子様があんまりだ確かに江利子様は度が過ぎる事が時々あるけど、捨て身覚悟で江利子様に聞いてみよう。
私は窓辺に座っている江利子様に話し掛ける事にした。
「江利子様」
私がそういった瞬間に皆の視線が私に向いた。
(祐巳ちゃん。迷惑かけてごめんね)
(祐巳!死ぬ気なの?)
(祐巳さんそんな人のことは放っておきなさいよ!静かなんだし)
(あらあら、人がいいのね祐巳さんは)
(今の江利子は危ないのよ。祐巳ちゃん!)
(飛んで火にいる夏の小狸……だっけ?)
「どうしたの?祐巳ちゃん」
「どうしたの?じゃないですよ。最近元気が無いですよ。相談でもなんでも乗りますから言ってください」
好きな人が苦しんでいるのはあまり見たくないんです。と続けるのはさすがに恥ずかしかったからやめた。
「ありがと、祐巳ちゃん。じゃあ、身内話だけどきいてもらえるかな?」
家で何かあったのかな?
「ええ、聞きます」
「実を言うと、ウチの兄貴達とお父さんが………」
「お兄様とお父様が?」
「部活に入れって言うのよ」
「はあ?」
「江利子ちゃんがテニスをする姿が見たい!いややっぱり弓道部だろ!とか何とか言って」
証言1遠くを見ている窓からはグラウンドが見えるし。証言2屋上からグラウンドを見ていつか私も……つまり、部活をしてる人を見てた。証言3するなら痛いのはいやで楽なのがいい、つまり部活を選んでた、か。
「けど、誰に相談するか悩んでたのよね。ありがと、祐巳ちゃん」
頭をなでられた蓉子様の時とは違って何だかくすぐったかったけど、それはそれで幸せだった。
「ところで、さっき相談でも何でも乗るって言ってくれたわよね」
「え?はい。いいましたけど」
江利子様の顔が満面の笑みになった。江利子様が笑うのは面白い事を思いついたときだけ………嫌な予感がする。
「じゃあ、行こっか」
「ど……どこにですか?」
「もちろん仮入部をしに」
まずい。流される。
「私は山百合会だけで精一杯ですから!」
「私が手伝ってあげるわ」
「わ……私運動オンチだし」
「大丈夫私が手取り足取り教えてあげるわ」
江利子様と部活が出来るのはとてもうれしいのだけれど…
ビリビリッハンカチが破れる音と不気味な笑い声(複数)になにをされるのか分からない。
「という訳で、最初はまずテニス部から回ろうかしら」
「あ…あの江利子様……私の家ではテニス部に入ると不幸になると言う言われがあるんです」
「けど、やっぱり美術部でいいかしら」
「だから私は…って聞いてますか?江利子様!?」
「こら!でこちん!祐巳ちゃんが嫌がってるだろう!」
ああ、聖様信じていました!いつかあなたはやる人だと。
「でこちんと嫌っていう意味だから私と部活に入りたいって言う事でしょ!」
いや、それ違うでしょ!
「祐巳ちゃんは私と一緒に裁縫部に入りたいんだよね」
令様どこから出てきたんですか。
「そうだよね祐巳ちゃん!」
聖様肩をつかまないで下さい。痛いですから。
「祐巳さん」
そう言って私を二人の間から由乃さんが助けてくれた。
「ありがとう」
「いいのよ。それよりどう?私と一緒に仮入部しない?……」
あなたもですか!
「由乃ちゃん、祐巳ちゃんが嫌がってるじゃない。離してあげなさい。祐巳ちゃんは私と一緒に部活をしたかったのよ」
「あら、紅薔薇様はもう3年生だから無理して部活をする必要なんか無いんじゃないですか?」
何故かまたはさまれた形になってしまった。
「祐巳小笠原の力を使えば二人だけ部活を作るのは造作もない事だから安心しなさい」
「その必要はありません、祥子様私と祐巳さんは一緒にシスター部に入るんですよ」
そんな部活無いですよ、志摩子さん。
「ありもし無い部活言わないで!」
「今作りました」
それは思いついたって言うんだと思うよ。
うわ、皆が言い争ってる。
「祐巳ちゃん、祐巳ちゃん」
小さな声で誰かが呼んでる誰だろう。声のするほうを向くと、江利子様がいつの間にかビスケット扉から顔を出している。
「一旦外に逃げたほうがいいよ」
そう言って江利子様は手でこっちへ来いと招いている、逃げよう。
私は外にでた。
「江利子様の所為で大変だったんですよ!」
どうやら他の皆は言い争いで私が出たことに気付いてないみたいだ。
「ごめんなさい、祐巳ちゃんと一緒に部活がしたかったの」
「えっ?」
「だから、祐巳ちゃんと一緒に部活がしたかったのよ」
今私の顔はトマトにも負けないくらい赤いだろう。
「私とじゃ嫌だったかしら」
そういって意地悪そうに微笑みながら聞いてくる。全くこの人は
「知りません」
「あ、ちょっと置いていかないでよ」
そういって、江利子様がついてくる。
「それでどこに行くんですか?」
私は江利子様から顔をそむけて言った。だって今の私の顔は真っ赤だから。
「そうね。なるべく部員が少ないほうがいいわ。二人だけで部活でも作ってみる?」
「え…江利子様がしたいならしてもいいですよ」
「ふふっ、ホントは祐巳ちゃんと二人ならどこでもいいんだけどね」
「変なこと言わないで下さい」
「変じゃないわよ。私祐巳ちゃんの事好きだし」
「もう!ホントに知りません!」
明日からちょっと大変だろうけど、二人なら大丈夫だと思う。だって
「山百合会の仕事が追いつかなかったら手伝ってくださいね」
「ええ、手伝うわ」
「じゃあ、運動が苦手でもちゃんと教えて下さいね」
「そりゃ、手取り足取り」
その意地悪な笑顔が今はとても愛しい。どんなことがあっても大丈夫。
なんて言ったって支えてくれる人が出来たと思うから
==了==