【842】 手紙を書く片思い  (沙貴 2005-11-12 11:36:02)


 祐巳さま。
 今日は本当に申し訳ありませんでした。
 もしあの時蔦子さまが居られなければ、私、祐巳さまに大変なご迷惑をお掛けするところでした。
 もちろん蔦子さまが居られた実際でも、祐巳さまには多大なご迷惑をお掛けしてしまったと思っているのですけれども、それ以上に。
 今思い返すと背筋の凍る思いです。
 有るまじき失態、許されざる暴挙をどうかお許し下さい。
 中々具体的な物品をお貢ぎする機会には恵まれず、今日のミルクホールでは正に千載一遇の機と張り切ってしまったのです。
 手ずからみずからお渡しすることが出来なかったことは非常に悔やまれるところでありますけれど、どうか、寛大なるお慈悲にて合わせてお許し下さいませ。
 
 かようなことを認めながらも、私は祐巳さまならば快く許してくださると信じております。
 紅薔薇のつぼみであり、天使のような祐巳さまですから、私のような小さきものの振る舞いに憂苦されることとも思えません。
 しかし小さきもの、と言う言い回しも私には少し間抜けですね。
 大きもの、と言い換える愚挙こそ間抜けではありますけれど。
 
 祐巳さまのご慈愛に授かることが出来る私達、今年度の一年生は本当に幸せなのだと思います。
 私はこの幸福と幸運、そして祐巳さまの栄光を今まで欠かさずお祈りして参りましたが、これからも一層強くお祈りし続ける事をここにお誓い致します。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 はっ。
 
 細川可南子は一度大きく息を吐き出すと、絶望的な夢想の詰まった眼前の手紙を放った。
 ひらりひらりと宙を舞ったそれは程無く落ち、彼女が読み耽っていたそれ以前の手紙を重ねた紙山の天頂にふさりと乗る。それで少し山が崩れた。
 崩れた山が滑稽で、書き記した己が無様で、可南子は薄ら笑った。
 自室の机の上に積まれた紙の山は、その前で項垂れる彼女の過去履歴。
 それまで――正確には数日前までに彼女が連日書くだけ書いては送る、或いは手渡すことが出来なかった同校の先輩福沢祐巳へ宛てた手紙だった。
 
 毎日書いては封筒に入れていたため、殆ど日記に近くなっていた手紙達。
 彼女の幻想が小笠原祥子さまと祐巳さま自身にて跡形もなく崩された瞬間、投函される瞬間を今か今かと待ち続けていたそれらの手紙は一斉に死滅した。
 あらゆる意味でその存在意義を失ってしまった。
 可南子が最もその件で腹立たしく思っているのが、その意義を失わせた一端をあの忌々しい祥子さまが担ったと言うことだ。
 祐巳さまに対して分別も弁えず、姉であるというただ一つの事実に憮然と乗っかっていた彼女を可南子は認めることは出来ないでいた。
 可南子はそれこそ心底に、祥子さまのことが嫌いだった。
 出来ないでいた。嫌いだった。過去形。
 
 祐巳さまが消えてなくなられて、可南子の羨望は行く先を無くしている。
 今や手紙に記されているような天使はもう居ない。
 突然別の人間に摩り替わってしまった今の祐巳さまになど、可南子は何の感動も持たない。
 だから当然、それに紐付く金魚の糞にも等しい祥子さまにも一切の興味を失う、筈だった。べきだった。
 
 けれど可南子は嫌悪に顔を顰めて口走る。
「忌々しい」
 可南子の視線は以前として手紙の山に向いている、けれど見詰めている対象はそれではない。
 脳裏にまざまざと蘇るは、前日彼女が学園正門前で受け取った学園新聞の一面写真。
 花寺学園祭での一幕だと注釈が書かれていたそれは、祥子さまが祐巳さまを内包したパンダの着ぐるみを愛しそうに見詰めている光景だった。
 
 
 昇降口に設置されていた公用のゴミ箱に投げ捨ててしまったので、今可南子の手元にそれはない。
 無いけれど、あの写真だけは恐るべき再現性を持って頭の中に残っていた。
 あの表情に見覚えがあった。
 それは毅然とした紅薔薇さま、黄薔薇さまと並んで今年度の全校生徒を事実上先導している生徒会長としての顔では、ない。
 小笠原、と言う可南子は勿論祐巳さまのお家とも歴然とした溝を持った場所にある家柄の娘としての顔でも、ない。
 あれは姉の顔だ。
 悔しくも長く祐巳さまとその周りを観続けていた可南子だから判る、祥子さまの安心し切って愛に満ちたあの顔は姉の顔。
 祐巳さまに対して特定の瞬間にだけ見せる、傍の同性をも魅せるあの顔は一度観れば早々忘れられるものではなかった。
 
 椿組のみならず、多くの有象無象は祥子さまがパンダに目を細めていると見ていたようだが、そんな事は決してない。
 あの祥子さまが、潔癖と断固が制服を来て歩いているような紅薔薇さまが、パンダに心奪われるなどと言うことは天地がひっくり返っても有り得ないことだ。
 だからあの写真に写った祥子さまが観ているのは、間違いなく祐巳さまだ。
 パンダの着ぐるみに包まれた祐巳さま本人を、祥子さまは観ているのだ。
 
 そこに存在するのは確かな絆。
 祐巳さまと祥子さまの間に強く硬く結ばれた、信頼もしくは親愛と言う名の依存関係。
 人間の祥子さまが、人間の祐巳さまと手を繋いでいる。そんな姿にもあの写真は見えた。
 そしてパンダの内側から、きらきらした瞳を祥子さまに向けて泣き出しているような祐巳さまの幻視。
 それが観えるくらいには祐巳さまのことが好きだったも可南子には、それが本当に堪えた。
 
 
 だから。
 だから。
「忌々しいっ」
 だん、と机を叩いて可南子は再び漏らす。
 温室で裏切られて理不尽にも叱責されたあの瞬間から祐巳さまは消えられ、祥子さまも殆ど同時に視界から消えた。
 だと言うのに、この苛つきは何なのだ。
 祐巳さまなんてもうどうでも良い。居ようが居まいが、そんな事は路傍の雑草の命運にも等しいのだ。
 
 けれどあの祥子さまの顔が忘れられない。
 あの顔は決して今の可南子には出来ないだろう。
 恐らくは過去の可南子にもそれは叶わない。
 どうでも良い人と更にどうでも良い人が信頼し合い、親愛を寄せ合っている。
 その事実が酷く可南子の胸を穿った。
 
 可南子は祥子さまへの興味を失うどころか、結局胸のうちにその嫌悪感だけをはっきりと残してしまっていた。
 そしてそれは、祐巳さまのことがどうでも良い、と。
 思うこと自体にも失敗している事を心のどこかが告げているのだった。
 
 それもこれも、今日になって突然「話をしたいんだけれど」なんて祐巳さまが一年椿組に来たからだ。
 不恰好にも上級生のお姉さまを気取ってありもしない威厳を何とか取り繕って。
 あの姿に比べれば、昨日の放課後に昇降口で口論を演じた瞳子さんの方が余程毅然としていた。
 そう、その姿に祥子さまの幻影を重ねてしまうくらいには。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
「あら可南子さん、今日はもうお帰り?」
 放課後、昇降口を正門に向けて出たところで可南子の神経を逆撫でする声が背後から掛けられた。
 振り返らずとも判る、明らかに修練を重ね得たのだろう発声の良いメゾ・ソプラノは可南子の知る限り一人しか居ない。
 知りたくも無い相手でもあるけれど、と振り返った可南子は嘲笑った。
「ごきげんよう、瞳子さん」
 笑みを張り付かせて顔を向けたことが気に障ったのか、腕を組んで踏ん反り返る松平瞳子さんは眉を寄せる。
 小さな背に高圧的な仕草。
 そのギャップはいつ見ても可南子の口元を歪ませた。
 
「薔薇の館へのご奉仕はどうされたのかしら? 今日は薔薇のお姉さま方、花寺学園祭の事後処理でお忙しい筈ですけれど」
 可南子が山百合会幹部の妹でも無いにも拘らず、甲斐甲斐しく薔薇の館へ通っていることは一年椿組の者なら誰でも知っている。
 正確には注目を浴びている薔薇の館のこと、一年椿組に限らず可南子の存在は良く知れていることだろう。
 なれば、事務処理の忙しい今日こそお手伝いに向かわなければその意味も無い。
 にも関わらず帰ろうとする可南子を詰るようにか、それとも愚直に薔薇の館へ向かっていた過去の可南子を貶すようにか、邪に笑って瞳子さんはそう言った。
「そうね、でもだから何だと言うの。もう私には関係ないことよ」
 けれど可南子はそれを一言で両断する。
 あの祐巳さまの居ない薔薇の館など可南子にとって何の意味もない。向かえと言うのは最早拷問の域だ。
 
「何ですって」
 瞳子さんの綺麗に整った眉がきりりと吊りあがる。
 組んだ腕も解かれて、余程意外な言葉だったのかいつもならポンポンと続いて飛んでくる皮肉の一つもなかった。
「用はそれだけかしら。私はあなたと違って暇じゃないのよ」
 そう言ってくるりと踵を返すと、「ま、待ちなさい!」と制止する声が聞こえて顔だけ向ける。
 目の前に落ちた横髪の向こうで、瞳子さんが手を前に差し伸べた仕草で固まっていた。
 
「関係ない、って何ですの。今まで散々紅薔薇のつぼみの賛美を暇があれば口にしていたのに」
 「それこそそれ以外の言葉を知らないようにね」と嫌味たっぷりに続けた瞳子さんの口振りに、可南子はふうんと気怠げに息を吐く。
 言った。
「紅薔薇のつぼみ……祐巳さまのこと? 別にもう」
 そこで言葉を切って歩き出そうとした可南子だが、背後から突き刺すような視線と憎悪にも殺意にも思えた恐るべきオーラに当てられて足を止める。
 一介の女子高生が向けることが出来る気迫ではなかった。流石は演劇部と言う所だろうか。
 溜息を一つ落として、再び顔だけ振り返らせた可南子は続けた。
「もう、どうでも良いのよ。あんな人」
 そう告げるや否や、だんだんと足音を高らかに響かせて瞳子さんは可南子の背を追う。
 そのまま掴み掛からんばかりの勢いだったけれどそこは松平の瞳子さん、きっちり可南子の背から一歩離れたところで歩みを止めた。
 
「こっちを向きなさい」
 顔だけ向けていることが気に食わなかったのか、瞳子さんは先ずそう言った。
 当然の如く無視する。
「こちらを向きなさい!」
 すると、一層荒げた瞳子さんの声が昇降口に響いた。
 偶然にも人通りが少なくて安堵する。これがもし下校のラッシュ時間などであれば下らない、心から下らないかわら版の編集者が寄ってくるところだった。
 勿論、ラッシュに揉まれながら帰るなんてことを可南子がするはずも無いけれど。
 渋々ながら振り返ると、瞳子さんは満足したように改めて腕を組んでみせた。

「あんな人、ですって。失礼が過ぎるのではなくて? 紅薔薇のつぼみ信奉者だったあなたはどこに行かれてしまったのかしら」
 嫌悪感を隠しもせずに言い切った瞳子さんに可南子は首を振る。
 可南子がどこかに行ったのではない。どこかに行って消えてしまったのは祐巳さまの方だ。
「どこかに行かれてしまったのも、失礼が過ぎるのも、全て祐巳さまの方よ。あなたが何も知らないだけ」
「何を意味不明な……またあなたは被害者面しようと言うのね」
 可南子の反論に即座に切り替えした瞳子さんの言葉には、積年の思いが篭っているように思えた。
 恐らくは常日頃からずっと思っていたことなのだ。だから”また”なんて彼女は言ったのだろう。
 けれども。
「被害者面、だなんて粗暴なお言葉だこと」
 くすくす哂って突付いてやると、瞳子さんは烈火の如く顔を真っ赤にした。
 
「話を逸らさないで頂けるかしら。ええ、良い機会だから言わせて頂きますわ」
 そう前置きして、一息ついて、きっと睨み上げて瞳子さんははっきり且つ滑舌に言う。
「あなたはいつもそう。自分が正しい、自分の意に反することは反する方が悪い。被害を受けるのはいつも自分だ、周りは敵で一杯だ。世界の中心は自分だと信じて疑わないその考え方にはほとほと頭が下がります」
 可南子は相槌も打たずに呆と聞いていた。
「それであなたが勝手に閉じ篭ってうじうじするのは結構。それこそ私達や薔薇のお姉さま方の目の届かない場所で独り蹲っていてくださいませ。でもそれなら寂しがって表に出てこないで下さいませんか」
 ぴくりと可南子の片眉が上がる。
 「寂しがって、ですって」と思わず問い返すと、瞳子さんは勝機を得たと言わんばかりに捲くし立てた。
「だってそうでしょう? あなたはあなたの中だけで世界を完結させようとしているのよ。いいえ、あなたの中だけで世界が終わってしまっているのね。だからその世界にはあなたしかいない。狭くて、息苦しくて、暗い世界にはあなたしか居ない。それに我慢ならなくなって、寂しさに耐えられなくなって外に目を向けるけれど、結局は悪態だけを吐いてまた内に篭る。そんなもの、玄関先に繋がれている良く吼える犬と同じですわ。通り掛かる人間に対して無意味に吼えかける馬鹿な犬とね」
「犬ですって……っ! 瞳子さん、 失礼が過ぎるのは一体どこの誰よ」
 聞き逃せない単語に可南子は我も忘れて噛み付いた。
 一瞬、その様こそ自分自身で繋がれている犬のようだと思ってしまったことが可南子の苛立ちを倍化させる。
 
「言ったでしょう、あなたは何も知らないの。私の気持ちがあなたにわかると言うの? 私の苦しみがあなたにその一部でも? 弱っている人を無遠慮に叩いて何が楽しいのよ。あなたも。祐巳さまも。紅薔薇さまもっ!」
「弱っている、苦しんでいるのはあなただけではないわ! そんな事も判らないで何を仰るの、思い上がるのも大概になさいませ。愚かしいですけれども敢えて、敢えて言わせて頂きましょうか、可南子さん――」
 即座に切り替えした瞳子さんは言う。
 その時、口調も背格好も全く違う瞳子さんの背後に、何故だか可南子は祥子さまの姿を見た。
 
「あなたは決して、世界の中心などではありませんのよ! あなたの正義が世界の正義などではありません!」
『思い上がるのもいい加減にしなさい。あなたがこの世界の法律ではないでしょう』
 
 ぎり、と知らず噛み締めた可南子の歯が鳴る。
 冷たい氷のような温室での顔。
 暖かいお湯のような写真の中の顔。
 そして傍らに祐巳さまを置いた祥子さまが可南子の脳裏で不敵に笑った。
 
「あなたにこそ」
 背を向けて可南子は告げる。
 それは完全な敗北を意味することだったけれど、これ以上の口論を続ける事は可南子に出来ない。
 だけどせめて一矢、報いたくて可南子は言った。
「その言葉、そっくりお返し致しますわ。紅薔薇さまにもね」
 世界の中心はあなたではない。
 あなたがこの世界の法律ではない。
 可南子を攻め立てる彼女ら二人にこそ、その言葉は相応しいと思ったからだ。
 
 瞳子さんはもう追ってこなかった。
 
 
 代わりに何故か祐巳さまが追ってきたけれど、可南子は逃げた。
 
 
 〜 〜 〜
 
 
 とは言え、結局祐巳さまからは逃げられなかった訳だ。
 もっとも同じ学園に通って同じ校舎で授業を受けているのだから、そもそも逃げ切ることが出来る筈も無いのだけれど。
 しかし、それでもお互いに一線を引けば隔絶することは簡単。
 学年が違う為に廊下ですれ違う確率が少ない上に、山百合会の仕事で忙しい祐巳さまと帰宅部で暇な可南子は接点がそもそも存在しない。
 だから可南子は二度と祐巳さまと触れ合うことは無いだろうと思っていたし、少なくとも可南子本人は触れ合いたいとも思ってはいなかった。
 
 けれど祐巳さまは追ってきた。
 可南子の背を。追いつける筈が無いのに、一年生に取り囲まれても尚追ってきた。
 日が変わってもまだ追ってきたのだから、その執念たるや驚嘆である。
 それは天使のように優雅な祐巳さまの所作では決してない。ああ、本当にもう祐巳さまは居られないのだなと帰り道では天を仰いだ。
 
 でも。
 
『天秤ばかりが釣り合うくらいの罰ゲーム希望』
 と顔を引きつらせて笑った祐巳さまの笑顔は、もう居なくなってしまった祐巳さまのそれと何も違わなかった。
 愛嬌のある仕草と余りにも可愛らしいお顔。透き通るようなお声。
 それは、今可南子が目の前にしている手紙が届けられる筈だった祐巳さまに違いなかった。
 元の祐巳さまは宇宙飛行士になって火星に行ってしまった、なんて今の祐巳さまは荒唐無稽な事を仰ったけれど、やはりそこに居たのだと今になって思う。
 思えば、可南子が思いを込めて手紙を書き始めた祐巳さまはそんな祐巳さまではなかったか。
 最近、祐巳さまはあんな笑顔を可南子に向けてくれていただろうか。
 祐巳さまは本当に火星に行ってしまったのか。寧ろ火星から帰ってきたのではないか。
 
 それを思い出そうとして過去の手紙を読み耽っていた可南子だが、そこに綴られていた言葉を追っているどんどんとまた”祐巳さま”が変わっていくのを実感する。
 時折祥子さまや瞳子さんと一緒に現状を思い出さなければならない程に、手紙の持つ祐巳さまの化身は強烈過ぎた。
 
 祥子さまが忌々しい。
 瞳子さんが嫌いだ。
 祐巳さまが――。
 
 判らない。
 判らないから手紙を読もうとしても、結局その手紙が向かう祐巳さまが判らない。
 
 
 可南子はそこで溜息を一つ付いて、決心する。
 判らないものは判らないのだ。
 何時までも思い悩んでも仕方がない、目の前の手紙に答えがないならきっとどこを探しても答えはないのだから。
 だから、もう一度書いてみよう。
 手紙を書き始めた頃を思い出して。
 今日の出来事と、今日の祐巳さまとのことだけを頭に描いて。
 フラットに。
 フラットに。
 
 いつか、本当に手紙を渡す時が来るかも知れない。
 その時に手渡す手紙に、恨み辛みが延々と続いているのか。
 それとも過去のように賛辞が果てしなく刻まれているのか。
 今の時点では判らないけれど、その時の事を思うと頬が少しだけ、揺るんだ。
 
 
 祐巳さま。
 罰ゲームの内容を考える以外にも、この先楽しみなことがまた一つ増えた気がします。
 
 
 そんな書き出しから始まった新たなる手紙は、可南子にとって意外にもすらすらと書き綴ることが出来た。
 それまでの手紙には殆ど全く乗っていなかった、祐巳さまへの不満や冗句が混ざったその紙面。
 読み返して微笑んだ可南子の表情は清々しくも晴れ渡っていた。


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