【849】 私だけが知っている紅薔薇の  (いぬいぬ 2005-11-13 21:14:01)


 それは、私と祐巳さん、志摩子さん、由乃さんが楽しくお喋りをしている時の事。
 祐巳さんが「そういえばビッグニュースがあるんだよ」と言いながら、私の事を話し出したの。

「え? 桂さんがテニスで都の代表に選ばれた?!」

 由乃さんが大げさに驚いている。
 ・・・・・・ちょっと失礼じゃなくて?私が代表に選ばれるのが、そんなに不思議?

「そうなの。何でも首都圏の一都六県でそれぞれ何人づつか代表を出し合って、交流戦を行うらしくてね。そこに桂さんの名前が上がったんだって!」

 祐巳さん、まるで我が事のように喜んでくれているのね。やっぱり私達、親友よね!

「へー・・・」

 何よ由乃さん。リアクション薄いわね。もう少し驚くとか喜ぶとかしてくれても良いじゃない!

「桂さん、どこかの大会で優勝なさったの?」

 志摩子さん、あなたやっぱり良い人だわ。どっかのイケイケと違って私に興味を示してくれるもの。
 でも、せっかく期待の眼差しで見つめてくれてるとこ悪いんだけど・・・

「今回はテニス連盟が“将来性のある選手”に大舞台を経験させて、選手の成長を促す趣旨なんだって!」

 そう、祐巳さんの言うとおり。今回は代表に“指名”されたのよ。

「じゃあ、別にトーナメントを勝ち上がったとかじゃないんだ・・・」

 うっ! 痛いトコ突くわね由乃さん。・・・それを言われると・・・・・・ え〜と・・・

「もう! 由乃さんたら! 将来性があるって連盟に認められたって事は、“将来有望”って事じゃない! 」

 そうよ祐巳さん! さすが紅薔薇の蕾! この「そんなんどうでも良いわ」って顔してる人に、もっと言ってやって言ってやって!

「ふ〜ん・・・」

 ・・・ふ、ふ〜んて由乃さん。

「まあ、頑張って」

 “まあ”って? ・・・ 何か引っ掛かる言い方ね。でも一応応援してくれてる・・・・・・のかな?

「え、ええ。頑張るわ。応援してね?」

 私は精一杯笑顔を作り、由乃さんに微笑んでみた。
 多少引きつってたのは仕方ないわよね?

「うん。でも、過度の応援はプレッシャーになりかねないから、応援は祐巳さんに任せとくわ」

 ・・・・・・このアマ。遠回しに「メンドクサイからヤダ」って言いたいのか?

「大丈夫だよ由乃さん。桂さんならきっと大舞台で活躍してくれるよ!」

 ああ! 祐巳さん! あなただけよ、私の心の友は。あなたは薔薇の館の住人になっても変わらぬ友情を持ち続けてくれると信じていたわ!
 どっかのブレーキの壊れた軽自動車とはエライ違いだわ!

「そうね、応援するわ」

 志摩子さん!あなたも心の友と呼ばせてもらうわ!

「・・・心の中で」

 そう!心の中で・・・って、 え? 心の中だけ?
 ・・・何だか志摩子さんの微笑みが「嘲笑う顔」に見えるのは気のせいかしら?
 気のせいよね?!

「もう、志摩子さんまで・・・ 一緒に大会見に行こうよぅ!」
「え、どうして?」
「どうしてって・・・・・・」

 おいコラ銀杏。クラスメイトの応援に行くのがそんなに不思議か。

「だからそれは祐巳さんに任せるってば」

 黙れ改造人間。さてはあなた、自分が剣道で活躍できないからってひがんでるわね?

「二人ともヒドイよ! 桂さんは絶対に活躍するんだから!」

 祐巳さん・・・ ありがとう。たとえ根拠の無い発言でも嬉しいわ。

「何でそう言いきれるのよ。根拠は何?」

 聞くな!三つ編み! 悲しくなるから!

「そうよ祐巳さん。絶対無理な期待は、桂さんのためにならないわよ?」

 ・・・・・・志摩子さん。あなたの崇拝してる神様って暗黒神か何か?

「根拠って言えるかどうか判らないけど・・・ 桂さんはね、紅薔薇の系譜に連なる人だと思うの」

 ・・・え?
 祐巳さん、それ私も初耳なんだけど・・・

『はあ?ありえないわよ祐巳さん』

 そこ! ハモるな!笑うな!呆れるな!!

「いいえ、私は桂さんを見て思ったの! 桂さんは・・・桂さんはロサ・キネンシスの資質を持つ人だって」
『えぇ〜?』

 だからハモるなっつってんでしょ! そこの半笑い二人!

「桂さんは“ロサ・キネンシス・ビリディフローラ”なのよ」
『ビリ?』

 イヤな部分だけ反応するな。
 って、祐巳さん・・・

「その“ビリディフローラ”って何よ?」

 そうよ、由乃さんが不思議がるのも無理無いわ。なんせ言われた私自身、初めて聞く名前ですもの。
 祐巳さんは、由乃さんに優しく微笑むと、花壇の一角を静かに指差した。そこには・・・

『・・・・・・葉っぱ?』

 そうね、葉っぱしか見えないわ・・・ 祐巳さんはいったい何を指差したんだろう?
 私達3人の疑問の視線を受けて、祐巳さんは語り出した。

「ロサ・キネンシス・ビリディフローラ。グリーンローズよ」
『グリーンローズ?!』

 緑色の薔薇なんてあったんだ・・・ ああ、良く見れば花弁らしき形の部分があるわね。

「ああ!」

 え? 何?由乃さん、「ああ!」って。いきなりポンと手を打ったりして。

「目立たないって事ね?」
「な!・・・」
「なるほど。花が咲いたかどうかすら解からないほど地味だと・・・」
「志摩子さん?!」
『上手い事言うわね祐巳さん』
「二人とも何感心してるのよ!!」

 何? 結局は祐巳さんも私を馬鹿にしてくれたって事?

「確かに目立たない地味な存在かも知れない」

 肯定しやがったな?! このタヌ・キネンシス!!

「人の手があまり入っていない、原種に近いオールドローズだし」

 ・・・ほう? 古臭くて野暮ったいと言いたいのね? そうなのね?!

「でもね?このビリディフローラは品種改良に使われ、他の薔薇に四季咲き性をもたらし・・・」

 判った、判ったわよ。良〜く判ったわよ祐巳さん。(もはや聞いてない)

「現在のハイブリッド・ティー・ローズ(四季咲き大輪)へと連なる・・・」
 
 あ な た も 敵 ね ? (まるで聞いてない)

「言わば“縁の下の力持ち”的な・・・ って桂さん、どうしたの?いきなりラケット取り出して」
「祐巳さん」
「ん?何?」
「私ね、今度の交流戦のために、新しいサーブを開発したの」
「あ、そうなんだ。スゴイじゃない桂さん!」
「良かったら見てくれる?祐巳さん」

 私の殺気に反応して、イケイケと銀杏が後退して行く。
 ・・・まあ良い。オマエラは後回しだ。

「うん!是非見せて!」
「それじゃあ、さっそく・・・」

 まずはこの食肉目イヌ科タヌキ属タヌキを血祭りに上げてから。話はそれからだ。

「桂さん?こんな近くじゃ危な・・・」

 私はタヌキの言葉に耳を貸さずにトスを上げる。
 口元には自然と笑みが浮かぶ。今から獲物を仕留められる喜びを隠しきれなかったから。

「ちょ!  待って・・・」

 喰らえ!! 渾身の・・・

『ん゙あ゙ぁっ!!!』

 ゴ ッ シ ャ ァ ァ ァ ァ ッ ! ! !

 私の真・必殺サーブ、ボールの後からラケットが飛んでくる「フルスイング☆死なばもろともDX」を喰らい、タヌキ・ザ・ツインテールはキリキリと鼻血を撒き散らしながら5mほど吹き飛んだ。
 フッ・・・ 私の逆鱗に触れるからこうなるのよ? 祐巳さん。

「やあねぇ。何でテニスってサーブする時、野太い奇声を発するのかしらね」
「あんたに言われたくないわよ剣道部!!」
「きっと根が下品なんだわ」
「何だとぉ?この狂信者ぁ!!」

 逃げ出した二人を追い、私はかつて無いスピードで追跡を開始した。
 
 
  ぜ っ て ぇ 逃 が さ ね ぇ






 この後、ロサ・キネンシス・ビリディフローラなんてふざけた仇名は定着しなかった・・・ いや、させなかったが、「タヌキ狩りの桂」というちょっとマタギちっくな二つ名が、卒業まで私に付きまとったのだった。

                         〜終〜






『ロサ・キネンシス・ビリディフローラ』
中国原産のコウシンバラと呼ばれるロサ・キネンシスの系統。18〜19世紀にヨーロッパへ渡ってきたチャイナローズ。
四季咲き性等のさまざまな優れた特質を園芸品種の薔薇にもたらした立役者。
現在のハイブリッド・ティー・ローズ(四季咲き大輪)の始祖とも言える、言わば“縁の下の力持ち”的な薔薇である。
姿形に派手さは無くとも、その資質はさまざまな薔薇に受け継がれている。

・・・別に地味で忘れ去られそうな薔薇の代名詞では無い。決して。


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