【850】 出番が来るまで青田買い同好会!?  (柊雅史 2005-11-13 21:46:48)


「かしらかしら」
「お暇かしら」

 とある放課後、乃梨子が図書館で首尾よくゲットした『銀杏料理百選』を手に教室に戻ってくると、教室からそんなふわふわした声が聞こえてきた。
 思わずドアに手をかけたまま、動きを止める乃梨子。正直、あのふわふわコンビは苦手だった。あの二人に瞳子と、中等部の子を加えると、化学反応を起こしてなんか手のつけられない集団に早変わりするのだ。

「ホラホラ、紅薔薇のつぼみの妹候補のお友達さま方、のんびりふわふわしている場合じゃないですよ」
「そうですわ、美幸さん、敦子さん。ところであなた、その、紅薔薇のつぼみの妹候補というのは止めてちょうだい」

 教室の中からは、案の定中等部の子と瞳子の声が聞こえてくる。乃梨子は「あちゃあ」と額を押さえた。どうしよう、鞄は教室の中である。

「かしらかしら」
「ふわふわなんてしていないかしら」
「いえ、してますから。紅薔薇のつぼみの妹候補って呼ばないでと言っている妹候補のお友達さま方」
「ですから……いえ、もう良いですわ。話が進みません、お好きなようにお呼びなさい」
「了解です、紅薔薇のつぼみの妹(仮)さま」

 うあ〜、あの子も言うわねぇ、と乃梨子は耳をそばだてて教室の中の様子を伺いながら苦笑した。瞳子がひとしきり騒いで、ようやく話が進む。

「――とにかく。青春の貴重な一日を無為に過ごすなど、人生に対する冒涜ですわ。私たちには無駄な時間などありませんのです」
「かしらかしら」
「瞳子さん素敵かしら」
「そう思うなら、とっとと紅薔薇のつぼみの妹に――」
「シャラップ! その議論はそれこそ時間の無駄ですわ! 時間は貴重なのですわ。さぁ、可南子さん」

 瞳子の呼びかけに乃梨子はちょっと驚いた。瞳子が天敵である可南子さんと放課後に教室に残って仲睦まじくしている、なんて。一体どういった風の吹き回しだろう。
 首を捻った乃梨子は、ふといや〜な予感に囚われた。

「ではこれより――第128回青田買い同好会ミーティングを開始します」

 やっぱりか、と思いつつ。
 乃梨子はがっくりとその場に膝を着いた。



「かしらかしら」
「スピニングターンかしら」
「ダメですわ! 美幸さん、敦子さん、そんなキレのない動きでは乃梨子さんのツッコミは引き出せませんわ! もっと鋭く! もっと優雅に朗らかに!」
「か、かしらかしら」
「め、目が回るかしら……」

 教室の中からは、そんなやり取りが聞こえてくる。

「紅薔薇のつぼみの妹(未定)さま! これ、どうですか? 新しい団員ハチマキなんですけど」
「む……中々素晴らしいデザインですわ。この中央のハリセンロゴに『乃』の字なんて、センス抜群ですわね。会長、会長! いかがですか?」
「採用。乃梨子さんなら速攻でクルわね」

 なにやら以前のタスキに引き続き、ハチマキが標準装備されそうである。

「か、かしらかしら」
「わ、わたくしたちいつまで回っていれば良いのかしら〜」
「後10分よ! 乃梨子さんのツッコミ待ちの道は険しいのですわ!」
「かしらかしら〜〜〜〜」
「頑張るかしら〜〜〜〜」

 どんがらがっしゃん、と誰かが(恐らくふわふわコンビが)机をなぎ倒す音が聞こえてきたところで、ようやく乃梨子はのろのろと立ち上がった。
 貴重な時間がどうのこうのと言っておきながら、放課後に集まって何をしているのか。
 もっとこう、あるだろうに。正しい時間の使い方ってやつが。
 しかもコレ、128回とか言ってたし。

「――ったく、アホかと」

 呟きながら、乃梨子は付き合ってられないとばかりにドアを勢い良く開けた。



 教室の中が、シーンと静まり返った。
 わざわざ教室の隅に机を寄せて、練習場(?)を確保していた5人が、驚いたような表情で乃梨子を見ている。
 さて、どうしようか……と乃梨子が思ったところで、先に動いた人物がいた。

「か、かしらかしら」
「出番かしら」
「かしらかしら」
「スピニングターンかしら〜〜〜〜〜!」

 くるりくるりと回りながら、美幸さんと敦子さんが乃梨子に突進してきた。ところどころボロボロなのは、多分先程机に突っ込んだ後遺症だろう。

「かしらかしら」
「ぐるぐる回るかしら」

 くるくる周囲を回る二人にげんなりしながら、乃梨子はそっと残り3名の様子を伺った。
 3人は揃って美幸さんと敦子さんに「頑張れ!」みたいな視線を向けている。

「か、かしらかしら」
「三半規管が悲鳴を上げているかしら〜〜〜〜」

 ふらふらしながらも回り続ける二人に、乃梨子は軽く溜息を吐いた。ここまで健気に回られると、なんか無下にも出来やしない。

「だったら止まれヨ……」

 疲れたような乃梨子のツッコミに、二人がパァッと顔を輝かせる。
 様子を見守っていた3人も同様だ。

「あら、乃梨子さん。珍しいですわね、放課後はいつも薔薇の館に直行ですのに」

 瞳子が中等部の子に目配せをしながら乃梨子に話しかけてくる。合図を受けて中等部の子はハチマキをぎゅっと額に結び、こそこそと教室の後ろから出て行くと、そっと前の扉から入ってきた。
 ――って言うか、全部丸見えなんだけど、こいつらは気にしないのだろうか……?

「これはこれは、白薔薇のつぼみさま。ごきげんよう」
「……そのハチマキはなによ?」
「青田買い同好会のハチマキです」
「……それでなんで『乃』の字なのよ……」
「まぁまぁ、乃梨子さん、気にしてはいけません」

 可南子さんの声に振り返ると、案の定可南子さんもしっかりハチマキを巻いていた。

「可南子さんもかよー」

 ちょっと投げやりながらも、乃梨子は頑張ってツッコミを入れる。
 まぁ、なんだ。放課後、せっせと練習しているバカ集団に敬意を込めて。



「なんだか今日の乃梨子さんはツッコミにキレがありませんわ……」

 呟く瞳子に、乃梨子は思う。
 無茶言うな、と――


一つ戻る   一つ進む