【862】 ステキなセクシーボディーに銀杏臭漂う  (柊雅史 2005-11-15 01:50:36)


「第1回お姉さまを喜ばしちゃおう選手権ですわー!」
「わー、ぱちぱちぱちー」
 いきなり現れた同僚・つぼみコンビのハイテンションな宣言に、乃梨子は仕事の手を止めて二人を見上げた。
「ぱちぱちぱちー」
 菜々が「早く早く!」と視線で促してくるので、乃梨子は仕方なくワケの分からないまま拍手をする。それで満足したのか、瞳子が身振りで「静粛に!」と拍手を止めた。
 どうしよう、いきなり帰りたくなってきた。
「さて、それではルールを説明しますわ。ルールは簡単、一番お姉さまを喜ばせた人が勝者ですわ」
「いや、いきなりルールとか言われても」
「なんですか、ノリが悪いですわね。分かりました、1から説明して差し上げます。つまりですね、今回は私たちつぼみの中で、誰が一番お姉さまを喜ばせることが出来るのかという、姉妹愛を競うゲームで」
「あのね。やんないよ、そんなの」
 得々と説明を始めた瞳子を遮って、乃梨子は首を振る。
「あのさぁ、忙しいとは言わないまでも、仕事はあるんだから。遊んでないで少しは仕事しようよ」
「まぁ、白薔薇のつぼみさまは不戦敗ですか」
 菜々が乃梨子の説得を遮ってくる。
「仕方ありません。では、お姉さまとラブラブ、ベスト・オブ・薔薇姉妹の座は、私と紅薔薇のつぼみさまで競いましょう。あ、そうそう。白薔薇のつぼみさまには、最下位の証、ワースト・オブ・薔薇姉妹の称号を差し上げます。ちなみに明日のかわら版に『白薔薇姉妹がワースト・オブ・薔薇姉妹、もっとも愛のない薔薇姉妹は白薔薇だった』という特集記事が出ますので、後ほど新聞部のインタビューを」
「ちょっと待ったぁ!」
 しれっととんでもないことを言う菜々に、さすがの乃梨子も立ち上がった。
「何よその、もっとも愛のない薔薇姉妹って! 冗談じゃないわよ!」
「え、だって、白薔薇のつぼみさまは戦うことすら放棄するんですよね? どこに愛があるんですか? 私は戦いますよ、由乃さまとの絆を証明するために」
「いやだから、戦うことイコール絆って考え自体がおかしいって言ってるのよ、私は」
「なるほど、分かりました。つまり白薔薇のつぼみさまは、白薔薇さまとの愛の絆は戦う価値もないと言いたいわけですね?」
「なんだとぉ!? 上等じゃない、やってやるわよ!」
「はい、白薔薇のつぼみさまもご案内ですねー」
 ばん、と机を叩いた乃梨子の視線を涼しげに受け流して、菜々が瞳子に合図を送る。
「では、改めてルール説明ですわ。よろしいですか、乃梨子さん?」
 にっこり微笑む瞳子に、乃梨子はしまった、と後悔した。まんまと菜々の口車に乗せられてしまった。さすがに常日頃から、由乃さまを口先三寸で操って遊んでいるだけのことはある。
「先程も言いました通り、ルールはとにかくお姉さまを喜ばした人が勝ちですわ」
 瞳子の説明を聞きながら、乃梨子は深い溜息を吐き――それから、心を切り替える。
(すんごくやりたくないけど……やる以上は、勝つわよ!)
 姉妹なりたての黄薔薇姉妹、まだまだ新婚の紅薔薇姉妹。比べて円熟期に入った白薔薇姉妹は、どうも周囲から見て「並」扱いされることが多い。
 けれどそれは違う。積み上げてきたものは、他の二組よりも遥かに多いのである。ベスト・オブ・薔薇姉妹、良いじゃないか。それは成り立て黄薔薇姉妹にも、新婚紅薔薇姉妹にも似合わない。熟年白薔薇姉妹にこそ相応しい称号である。
「――以上、ルールを遵守し、お姉さまを喜ばせましょう!」
「おー!」
 瞳子と菜々が元気良く拳を突き上げる。
「おうよっ!」
 乃梨子も並々ならぬ気合いを入れて、拳を真っ直ぐ突き上げた。



 最初の挑戦者は菜々だった。
「ふっふっふー。うちのお姉さまは日頃から私に良いようにからかわれてますからねー。ちょっと持ち上げれば、簡単に喜びますよー?」
 余裕綽々で髪型などを整えながら、菜々が不敵に笑う。
 しかし菜々、やはり自覚ありまくりで由乃さまをからかっていたんだな。しかも何気に由乃さま評が酷いぞ。
「――参りましたわ、由乃さまです」
「では、行って来ます。どうぞご覧あそばせ」
 ほほほ、と笑って菜々がスキップしながら由乃さまに近付いていく。菜々が声を掛けると、由乃さまが「ごきげんよう」と声を掛けた。
「ごきげんよう、お姉さま。菜々、お姉さまと会えて嬉しいです」
 猫撫で声で言う菜々に、由乃さまが一歩後退する。
「あれ? なんで逃げるんですか、お姉さま?」
「なんでって……むしろ怖いわよ、菜々」
「怖いって、酷いですよぉ。菜々は思うんです、お姉さまが由乃さまで良かったって。本当ですよ? お姉さま、大好きですぅ〜」
 媚を売りながらえいっと抱きつこうとした菜々を、由乃さまは素早くバックステップでかわし、すかさず抜いた竹刀でドンッと突き返した。
 って言うか、薄気味悪いのは分かりますが、そこまでやりますか由乃さま?
「あうっ……酷いですぅ、お姉さまぁ」
「ち、近寄らないで! なによ、今度は何をするつもりなのよ!? 罠なんでしょう、どうせ? いつもいつも私が引っかかるとは思わないことね!」
「え、ちょ、お姉さま?」
「菜々が愛想が良いなんて、何か企んでるに決まってるじゃない!」
「そ、そんなことは……まぁ、ありがちですけど」
「ほらやっぱり!」
 完全に甘い雰囲気どころか、じりじりと身構えながら互いの距離を測る戦闘モードに移行した黄薔薇姉妹を遠くから眺め、瞳子がふっと小さく笑った。
「愛されてますわねー、菜々さん」
「全くだ」
 乃梨子はうんうんと頷いた。



「さて、次は私ですわね」
「うぅ……酷い、酷いよ、お姉さま。そりゃ、確かに基本的に私は由乃さまで遊ぶことを生きがいにしてるけど、いくらなんでも竹刀で突っつくなんて酷すぎるぅ……」
 気合いを入れる瞳子の隣では、菜々がなんか凄く落ち込んでいた。
 もしかして菜々、冗談でもなんでもなく、この勝負に勝つつもりだったのだろうか?
 日頃の行いを思い出し、それは無謀だろう、と乃梨子は心中で呟いた。
「まぁ、常日頃から、時には気持ちを伝えあっておきましょう、というのが教訓ですわね。その点、私たち紅薔薇姉妹は問題ありませんわ」
「似たようなもんだと思うけどなぁ……」
「失敬な。それは確かに、姉妹になるまでは色々ありましたけれど、その後は概ね良好です。それにお姉さまは由乃さま程猜疑心を持っていませんし、基本的に単純ですもの」
「……だからさぁ、なんでお姉さま評が微妙に酷いかなぁ」
「おっと! 参りましたわよ、乃梨子さん! それでは、行って参りますわ!」
 乃梨子のささやかなツッコミを無視して、瞳子が気合いを入れて祐巳さまに近付いていく。ごきげんようと挨拶をする紅薔薇姉妹を見守りつつ、瞳子はどんな手で行くのかと、興味津々で乃梨子は耳をそばだてた。
「お姉さま、ちょっとお願いがありますの」
「ん、なぁに? 瞳子からお願いなんて珍しいね」
「実は、そのぅ……今日、ちょっと縦ロールの巻き加減が上手く行かなくて」
 くるくると指先で縦ロールを弄りながら、瞳子が溜息を吐く。
「良かったら、お姉さまにセットして頂きたいのですが」
「えぇ!?」
 瞳子の申し出に祐巳さまが驚愕の表情になった。
 乃梨子も思わず「そう来たかー!」と爪を噛む。
「い、良いの、瞳子ちゃん?」
「もちろん、お姉さまがお暇なら、ですけど」
「うんうん、暇、暇。すっごく暇だよぉ〜」
 尻尾があればパタパタ振りそうな勢いで、祐巳さまが頷いている。
「……やりますね、紅薔薇のつぼみさま」
「菜々、復活したんだ」
「ええ、まぁ。今度復讐すれば良いや、と思えば気が楽です」
「……成長する気ないわねー」
「それよりも、紅薔薇のつぼみさまの作戦です。紅薔薇さまのお気に入りである縦ロール。けれど普段は決して触らせないでおく。なんて用意周到なのでしょう――」
 菜々が感心するが、乃梨子も同感だ。確かにあれなら、祐巳さまが喜ぶことは確実である。
「……どうしますか、白薔薇のつぼみさま。あれを上回るには――生半可な攻撃じゃ、通じませんよ」
 菜々の指摘に乃梨子は頷いた。仲睦まじく薔薇の館に向かう紅薔薇姉妹を見送って、乃梨子は学年トップクラスの頭脳をフル回転させるのだった。



「さぁ、最後は乃梨子さんですわね♪」
 30分後、妙に可愛らしいリボンを縦ロールに巻いた瞳子が、上機嫌で戻って来た。濃厚な30分を過ごしたのだろう、心なしか縦ロールのスプリングも強めに見える。
「まぁ、私とお姉さまには勝てないと思いますけど」
「ふふふ、それはどうかな?」
 得意げな瞳子に乃梨子は笑みを浮かべる。
「乃梨子さん、自信ありげですわね?」
「まぁね。祐巳さまの弱点である縦ロールを武器にした瞳子の作戦は、正直凄かったと認めてあげるわ。でも、勝機は十分ある」
「ふふふ……楽しみですわね。紅と白、雌雄を決する時が来たわけですわね」
「あのー、一応黄色もいるんですけど」
 オズオズと手を上げた菜々は、当然無視することにした。
「……まぁ、良いですけどー。あ、来ましたよ、白薔薇さま」
「よし――!」
 志摩子さんの姿を認め、乃梨子は気合いを入れた。
「……瞳子、確かに瞳子と祐巳さまの絆は、私と志摩子さんの絆に匹敵するかもしれない。それに勝つためには、簡単なこと! 志摩子さんの好きなものをもう一つ加えれば良いのよ!」
 宣言し、乃梨子はポケットからちょっと学校を抜け出して購入して来た『それ』を取り出して、握り締める。乃梨子自身という武器にこれが加われば、瞳子+縦ロールを凌ぐことは間違いない!!




 そう――最終兵器は志摩子さんの大好物、銀杏の実だっ!!




「ぅわ〜〜い、志摩子さ〜〜〜ん♪」
 両手でぎゅにゅう、と銀杏の実を握り締めながら、乃梨子はハイテンションで志摩子さんに駆け寄って行った。志摩子さんは乃梨子に気付いて振り返り――
「ごきげんよう、のり……」
 と言ったまま固まって。
 一目散に、逃げて行ったのだった。




 あれぇ……?


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