【870】 醒めない夢  (ROM人 2005-11-16 15:32:07)


学園祭もようやく終わった。
忙しい毎日から解放され、私は少しだけ開放的な気分になる。
こないだの学園祭の夜、私は妹の祐巳に妹を作るように言った。
瞳子ちゃんに可南子ちゃん、どちらを妹にするにしてもいい加減何とかしなくてはいけない時期ではないだろうか。
けして、去年の学園祭が終わるまで自分が妹を作らなかったから言う資格がないと思って黙っていたわけではない。
「祥子さん」
私を呼ぶ声、振り返るとそこには同じクラスの美冬さんが立っていた。
「祥子さん、今日日直でしょ? 先生が授業の教材を取りに来て欲しいって」
「そう、ありがとう」
「結構大変そうだから、手伝うわね」
「大丈夫よ」
「いいから、いいから。 もう一人の香里さんは妹さんの病院に付き添いでお休みでしょ?」
そう言って、美冬さんは私の手を取って少し早足になる。





「ほら、一人じゃ無理だったでしょ?」
「そうね、助かったわ」
教材の量は確かに多く、一人だと二往復しないといけない量だった。
二年の終わり頃から、何となく彼女は私のまわりにいることが多い。
放課後など祐巳が一緒の時は遠慮してか他のクラスメイトの所へ行ってしまうのだけれど。

気がつくといつも側にいるクラスメイト。
「それって、友達って言うんじゃない?」
「やっぱり、そうなのかしら」
お昼休みの薔薇の館。
今日は祐巳達は午後の授業の関係で来ていない。
私は、令と二人で昼食を摂っていた。
「祥子はもう少し、私とか山百合会以外の人ともうち解けた方がいいよ」
「失礼ね」
令にそう言われて、プイと横を向いたりしたけれど……。
確かにそうだ。
私は、山百合会やそれに近しい人間としかまともに付き合ったことがない。
私自身が、知らず知らずのうちに遠ざけてしまっていたり、同級生達とどう接してよいのかもあまり考えたりしたこともなかった。
紅薔薇の蕾の妹→紅薔薇の蕾→紅薔薇様と学園の中心組織にいる割には、私はどこか別の離れたところにいるみたいだった。
多分、令や祐巳が居なかったら……お姉さまの卒業したリリアンで私はどうしていただろうか。
高校生活も残り少ない。
このままでいいはずはない。
美冬さんに友達になってもらえるだろうか?
リリアンを卒業しても連絡を取り合えるような友人を一人でも増やしておけるだろうか?
私は、少し残してしまった弁当箱をしまうと教室へ急いで戻った。



「え?」
「美冬さん……今さらだと思うけど、私と友達になっていただけないかしら」
「……さ、祥子さん? え? わ、わた……わたわたわたわた私でいいの?」
美冬さんはまるで祐巳のように表情をぐるぐる変えていた。
断られる?
そう思った瞬間、私の手は美冬さんにしっかりと握られた。



それから、私達は徐々にうち解けていった。
一ヶ月もすると、お互いを呼び捨てする仲になれた。
令の他にも同じ歳の友人が出来て私は嬉しかった。
私はよく美冬と待ち合わせて一緒に帰るようになった。
もちろん、祐巳も一緒だ。
美冬はどうせ暇だからと山百合会の仕事を手伝ってくれることもあった。
祐巳も「お姉さまが二人になったみたいだと」喜んでくれている。
思い切って、美冬さんと友達になってよかった。







夢を見ていた。
小さな女の子が遊んでいる。
ブランコで元気よく。
私は危ないからやめるべきだと思った。
案の定、女の子は手を滑らせブランコから落ちてしまった。
膝から赤い血が流れていた。
私がハンカチを差し出して、女の子の血を拭いた。
女の子はごめんなさいと謝った。
……………
………
……






三学期になった。
年が明けて、いよいよ私がリリアンで過ごす最後の学期となった。
祐巳の選挙とバレンタイン。
私は、このリリアンであとどれくらい思い出を作ることが出来るのだろう。
不思議な違和感があった。
「ねえ、佳奈美さん。 美冬見なかったかしら?」
「美冬?」
美冬にこないだ借りた本を返そうと思ったけれど見つからないので、私は近くにいた佳奈美さんに聞いたのだが、佳奈美さんは私のことを不思議そうに見るだけだった。
「そう、美冬どこに行ったか知らない?」

「美冬さんって誰?」
「え?」
佳奈美さんは、美冬なんて名前の人は知らないと言った。
そんなはずはない。
佳奈美さんは美冬の友達の一人の筈だ。
「祥子さんでも寝ぼけたりすることあるのね」


「美冬さんなんて人、この学校に居ないわよ」



そんなはずはない。
でも、佳奈美さんが冗談で言っているようにはとても見えない。
そんな馬鹿な……美冬さんはちゃんと昨日までここに……。
そう思って美冬さんの席を見てみると、そこにあったはずの美冬の席が忽然と姿を消している。
転校?
いや、そんな話を聞いた覚えはない。
それに、佳奈美さんは明らかに初めから美冬のことを知らないみたいだ。

それからしばらくして担任がやってきたが、HRで美冬の名前が呼ばれることは無かった。



おかしい。





お  か  し  い。





お    か    し     い。 




四限目の授業が終わり、昼休みになると私は居てもたっても居られなくなり、
祐巳と待ち合わせている薔薇の館に駆けていった。
そう、祐巳はいつも美冬と私と三人で帰っていたじゃないか。
美冬の事をもう一人のお姉さまだって慕っていたじゃないか。
だから………だから………!!!



「いえ、お姉さま。 私も美冬さまなんて存じませんけど」



そんなこと。




そんなこと。




そんなはずが………。









キキィーーーガシャン。

私は、その光景をじっとバスのリアウインドウから身を乗り出して見ていた。
「みふゆちゃんっ!」

大きなトラックが、さっきまで祥子達の居た幼稚舎の門に激突していた。
トラックからは黒い煙と炎がめらめらと立ち上っていた。
家に着いてから、私はそれが事故だったと知った。
運転手はお酒を飲んでいたらしい。

テレビのニュースにさっき一緒だったみふゆちゃんの写真が出ていた。

まっしろなハンカチとチョコレート。
あげるって言ったのに……。
「お礼だって」そう言って私にチョコレートを差し出したみふゆちゃんの顔が頭から離れない。

またねって言ったのに。
今度会ったら友達になれるかも知れないと思ったのに。
だって、今まであんな風に私に話しかけてくれたのみふゆちゃんだけだったんだから。
まわりの子たちは、遠巻きに私を見ているだけだった。
遠くでひそひそ陰口を利いたりするだけで、話しかけてくる子なんて一人も居なかった。
いつも一人だった。
ようやく、私に話しかけてくれた人が居たのに……。






私は、全てを思い出してしまった。
朝、目が覚めたら私は泣いていた。
それから、どうやって学園に着いたのかはまるで覚えていない。
確か、マリア像の前で心配そうな顔をした祐巳のタイを結び直したような気はしている。
教師の授業もまるで音量を零にしてしまったテレビのようだった。
美冬と再会したあの日のことを私は思いだしていた。

………………
……………
…………
………
……






「……美冬!?」
授業が終わった私は、ふらふらと教室を後にした。
一人で居るのが恐い。
だから、祐巳のクラスへ行って彼女を誘って薔薇の館へ行くつもりだった。
しかし、私は見つけてしまった。
下校中の生徒達の仲に、小さな人影を。

美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…美冬…!!!!

その姿が、古い温室の中に消える。
私は、それに呼び寄せられるように中に入った。

「……全部、思い出しちゃったんだね」
悲しげな美冬の声。
「ごめんなさい……」
「ううん、いいの。 それに、祥子には私のこと忘れて欲しいから」
「え?」
「私はもうすぐ消えて無くなる。 だから、その時には全て忘れて欲しい。 みんなの記憶の中からは、もうすでに私のことは消えて無くなってる」
「そんなの嫌……私、あなたのこと忘れないから」
「もう、いいの。 あなたに思い出してもらえて、友達にもなってもらえて私……幸せだった。 だから、もう十分だから。 私は、ここに存在して居ちゃいけないんだから」
制服姿の美冬が白く輝き、透き通っていく……。
大きな白い翼が美冬の背中に現れる。
「私は、小さい子供のままで大人になることは出来なかったから。 たぶん、マリア様がそんな私にプレゼントをくれたんだと思う。 でもね、私が居なくなることで悲しむ人を出してしまうのは嫌だから……」
「いや……美冬!!」
私は、消えそうな美冬を捕まえようと手を伸ばす。
「ありがとう……祥子……祥子が私のことを忘れてもずっと私は祥子のことが好きだから」
「うっ……美冬………だめ………私は……忘れない………忘れたくな……い」
私の意識がだんだんと遠くなっていく。
視界がぼやけて、美冬の姿が……見えなくなって……。






「お姉さま!  お姉さま! しっかりしてくださいお姉さま!」
体が揺さぶられる感覚。
そして聞こえてくる声。
それは、愛しい祐巳の声で……。
「……ここは?」
「古い温室です」
「私、何を……」
「いつまで経っても、薔薇の館にいらっしゃらないので心配してみんなで探したんですよ」
そういう祐巳の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
頭が何だか重い。
そして、どんなに考えてみても自分がなぜここに居るのか思い出せなかった。
「さあ、お姉さま。 薔薇の館へ行って熱いお茶でもお入れしますから」
祐巳に肩を貸してもらいながら私は温室を後にした。
なぜだか、私は持ってきた覚えのないハンカチをしっかりと握りしめていて。
ただ、それを大切に持っていなければならないと思うのだ。




『さちこちゃん、これ。』
『あげるって言ったじゃない』
『お母さんが返しなさいって。 それとこれ……お礼だって』


―――――――――――――

最近、何だか美冬が流行っているとか?
そんなわけで、某たい焼き食い逃げ娘っぽい美冬とか書いてみました。
奇跡は起こったりするから奇跡なんですよ。


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