【874】 守りたいもの貴女の温もりだけで  (六月 2005-11-17 00:49:46)


「おや?あれは」
年末の日曜日、待ち合わせの駅前のコーヒースタンドに向かう私は、懐かしい人の姿を見かけた。
飾り気の無いファーコート、ブルージーンズにスニーカー、髪も後ろで纏めただけのシンプルなスタイル。
ふむ、ここは声をかけておいた方が良いかな?そう判断した私はその方に近づいた。
「ごきげんよう、克美さま」
「え?あ、たしか・・・武嶋・・・蔦子さん?」
「はい、武嶋蔦子です。はじめまして」
うん、こういう時は写真部のエースという通り名も悪くないわね。
初めて会った先輩でも顔も名前も知られてるから話は早い。
「それで、何か用かしら?」
「お忙しくなければ。
 これから笙子ちゃんと待ち合わせなんですが、30分ほど早く着いたもので、ご一緒にお茶でもしませんか?」
普通なら顔も知らない後輩に付き合う酔狂な人も居ないと思うけど、私と克美さまは直接の面識が無いだけで深い繋がりがあるから。
「・・・そうね、急ぎの用事は無いし。いいわよ、笙子の事も聞きたいし」

店に入るととりあえず四人掛けの席を確保。
中は暖房が良く効いているから、お互いコートやジャケットは脱いで椅子に放っておき、カウンターでコーヒーを受け取り席に戻る。
セルフサービスの気軽さが好きで私はこの店が気に入ってる。
「さて、本当ならここで『いつも笙子さんにはお世話になっております』と言わないといけないんでしょうけど。
 そういう雰囲気でもないですね」
「いいわよ。どうせ笙子が面倒ばかりかけてるんでしょう?
 カメラなんて禄に持ったこともないのに写真部に入ったりして。
 鬱陶しいようなら追い出しちゃっても良いのよ」
手厳しいなあ。家族だから気軽に言えるんだろうけど。
「いえいえ滅相もない。こちらも勉強になりますから。
 昔モデルだっただけあって、被写体の心理の読み方はなかなかのものですよ」
コーヒーの熱で冷えた両手を温めながら話をする。
妹だからといって弁護する訳ではない。事実、笙子ちゃんは「写される側」の感覚には敏感なのだ。
「そうなの?あの子写真嫌いになってたみたいだったけど」
「だからでしょうね、自分がどう撮られるのが嫌か分かってるから、被写体の魅力を引き出すのがうまいんですよ」
「そういうものかしら・・・」
克美さまはテーブルに肘を付き、顎に手を当てながら思案顔だ。
「経験と直感がものを言う世界ですから。教本通りじゃ良い写真は撮れません」
私がにやりと笑うと克美さまははっきりと顔を顰めた。

「耳が痛いわね」
「おや?鉄薔薇さまともあろうお方が弱音ですか?」
リリアンの高等部在学中の克美さまの徒名だ。リリアンで徒名を付けられるなんて珍しい、貴重な体験だけど大抵本人は知らない。
「鉄薔薇さまって・・・どうせ私は教科書どおりの勉強しか脳がない頑固者ですよ。
 今の笙子を見てると羨ましくなるのよ。あんなに生き生きとすることなんて私には無かったから」
カップの中のコーヒーをスプーンでクルクルとかき回す姿は可愛い。一枚撮りたいところだけど、今はまずいかな。
「勝手にライバル視してた鳥居江利子さんに追いつくことばかり考えてて、趣味と呼べるものすら無かったんだから。
 高等部で楽しんだことなんて何一つ残って無い、今思うと寂しい青春だったわね」
「そうですか?バレンタインのあの笑顔は極自然だったと思いますよ。
 楽しいことがあったから笑っていられたのでは?」
うんうん、あの写真の中の克美さまと笙子ちゃんはすごく自然で、本当に仲がいい姉妹という感じだった。
「ふふっ、あの写真ね。笙子がはしゃぎまわって見せに来たわよ。
 『蔦子さまにこんな良い笑顔撮ってもらえた!』ってね」
「それは恐悦至極」
「そうね、あの時よね、私だけが見てると思ったあの人に振り向いてもらえた。
 ううん、あの人も私を見ていたんだって分かった。だから特別。
 その瞬間が残っていたんだもの、私まで感動しちゃったわ」
詳しいことは知らないけど前黄薔薇さまと克美さまの間に何か特別な感情があったのだろう。
それがあのバレンタインで良い方に変化したということかな。
「あなたのお陰で笙子の高校生活は充実したものになりそう。よろしくね武嶋蔦子さん」
そう微笑む克美さまはしっかりと姉の顔をしていた。
「いえいえ、私こそ笙子ちゃんのお陰で楽しませて頂いていますから。
 カメラだけが私の生きがいだったのに、まさかロザリオ渡したくなる子が出て来るなんて」
「くすくす、あなたも私と似たようなタイプだったのかしら?」
「えぇ、カメラしか脳が無い頑固者だった私に、人に何かを教える楽しさをくれましたよ。
 笙子ちゃんを写すのも楽しいし、カメラを教えるのもとても楽しくて・・・。
 こんな世界があったんだな、と」
きっと私も同じような顔してるんだろうな。笙子ちゃんのことになると、私も平静じゃいられないから。
「そうね、そう言った点ではあなたも、充実しつつももったいない青春になるところだったわけだ」
「本当に・・・」
そんなところまで私と克美さまは似ているのか。
自分の道を邁進する、と言えば聞こえは良いけど、結構孤独で寂しい道だったのかも知れない。
それを笙子ちゃんはバレンタイン企画にフライングして二人の姉の道を変えてしまった。
笙子ちゃんには感謝してるけど・・・。
「「でも笙子には内緒に」」
「ふふふふっ」「あはははは」

ひとしきり笑い合った頃、ようやくお姫様のご到着だ。
「あ、お姉さま!お待たせしました・・・・・・って、なんでお姉ちゃんが居るの?!」
んー、やっぱりこの子にお姉さまと呼ばれるのはくすぐったいけど心地良い。
「遅いわよ笙子、大事なお姉さまを待たせるとは、躾がなって無かったかしら」
「そのお陰で克美さまとお話できたわけですから、許してあげましょうよ」
私がウィンクして合図すると克美さまはすぐに分かったようで、今までの話は私達の内緒と決まった。
「そうね、それじゃあお邪魔虫は退散するとしますか。
 笙子、今日は楽しんでいらっしゃい」
「ふぇ?お姉ちゃんどうしたの?なんからしくない・・・」
笙子ちゃん、あなたのお姉さんにもあなたの知らない一面ってのがあるのよ。
「それでは、ごきげんよう克美さま。またお話しましょうね」
「はい、ごきげんよう蔦子さん。またね。
 あーあ、私も何か大学のサークルに入ろうかな」
克美さまの言葉に笙子ちゃんは目を白黒させている。
「えぇぇぇー?お姉さまー何があったんですか??」
「んー、それはねぇ・・・ヒ・ミ・ツ☆」
私達を変えてくれた貴方、いつまでも暖かな貴方のままで居てね。私達の妹、笙子・・・。


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