【906】 帰れない  (まつのめ 2005-11-24 09:14:32)


 題名待ちに疲れ気味。
【No:887】の続き。



 その3


 もちろんこんな状況良くないことくらい分かってる。
 誘拐同然で連れ出されて、家には連絡させてくれない。
 途中何回か休憩を入れながらだけど聖さまは車を走らせ続けて、もう4時間くらい経っていた。
 どう考えても今日中に家に帰るのは無理だ。
 車はちょっと前にICを降りて一般道に入っていた。
「ちょっと休もうか。といっても車の中だけど」
 そう言って聖さまは車を路肩に停め、ドアを開けて外に出た。
 何をしに行ったのかと思っていたら、後ろから物音がしたので後ろを見ると、後ろのハッチが上がってるのが見えた。座席の後ろからなにか取り出しているらしい。
 ばんっ、とハッチを閉めて、戻ってきた聖さまは大きなバッグを抱えていた。
 後部座席にバッグを入れて中をまさぐっていた聖さまはやがて、「祐巳ちゃんはこれ使って」とかいって毛布の端を祐巳に差し出した。
「聖さまは?」
「私はこれでいいわ」
 聖さまはジャケットをバッグから引っ張り出していた。
 エアコンは入れっぱなしで休むから大丈夫だって。

 毛布に包まりながら今日一日のことを思い起こした。
 今朝は普通に起きて普通に登校してクラスのお友達とおしゃべりして、授業を受けて、お昼休みは薔薇の館に行って、みんなとお弁当を食べて。そうだ今日最後にお姉さまと会ったのはお昼休みだった。それから午後の授業を受けて由乃さんは部活だから一人で薔薇の館に向かって。
 こんなとんでもないことになるなんて思ってもいなかった。
 そのとんでもないことの元凶は隣で寝息を立ててるんだけど。
「祐巳ちゃん」
 ……聖さまは起きてたみたい。
「巻き込んじゃってごめんね」
「それって誘拐犯の台詞じゃないですよ」
「あははっ、そりゃそうだ」
 普段はふざけていて、でも祐巳が困っている時助けてくれる頼りになる先輩。
 祐巳にとって聖さまはそんな人だった。
 そして、力を貸してくれるときも決して深く踏み込んでこない。何も聞かずにただ必要なものを与えてくれる。それは聖さまの優しさだと思っていた。
 だから今日の聖さまはとてつもなく変に思えたのだ。
「聖さま」
「ん? なあに」
「何か、あったんですか?」
「そうね……」
 巻き込んだって言ったってことは、その何かを聞く権利があるのかもしれない。
「月並みだけど、失恋といったところかな」

 明るくて笑顔の可愛い子だった。
 その子とは親友になれると思っていた。
 でも彼女は聖とのことにのめりこみ周りが見えなくなっていった。
 だからこちらから距離を置いた。
 結果、それが彼女を傷つけることとなり、その関係は終わった。

「……駄目だったのよ。あの子は私と同じだった。
 距離をおこうとしたなんて詭弁だわ。私はすべてを投げ出して向かってくるあの子に恐怖したのよ。
 ただ怖くてそこから逃げ出したの。
 あの子が学校から居なくなったって聞いて、居てもたっても居られなくなって、でもどうしたらいいか分からなくて、気が付いたら薔薇の館の前に立っていたわ。
 それで中に入ったら祐巳ちゃんが寝ていて」
「それで思わずお持ち帰りしてしまった?」
「そうなの」
 なんか大変な話だった気がするんだけど、話を聞いているあいだ色々なことを考えたんだけど、聖さまは深刻な顔してたわけじゃなくて、最後には冗談を言った後みたいにカラっと笑ったもんだからそんな思考も全部どこかへ吹っ飛んでしまった。
 もう大丈夫なのよ、なんて笑う聖さまに、じゃあ何でこんなことするんですかなんて思いつつ、でもこんな話をしてくれるのは祐巳が信頼されているから? とか、色々な想いが浮かんできた。

 話が終わって静かになったので、聖さまの方を見ると目を瞑っていた。
「……聖さま、まだ起きてます?」
「なに?」
「その、彼女のこと、今でも……」
「そうね……」
 聖さまの答えは無かったけど、きっと聖さまも相手の人以上に傷ついたんだ。
 どうしてだか判らないけど、なんとなくそう思った。

「……そっちへ行っていい?」
「へ?」
「というか行くわねちょっと詰めて」
「って、狭いですちょっとむりくっつきすぎぎゃー」
 せ、聖さまに襲われたー。
 最後の「ぎゃー」は聖さまに抱きつかれたから。
「ほら、これなら大丈夫」
「重くないですか?」
 なんというか、祐巳は聖さまに抱えられて一緒の毛布に包まりシートに寝そべっていた。
 まあ、車の座席なので聖さま膝の上に座っているようなものなんだけど。
「私が上じゃ祐巳ちゃんがつぶれちゃうでしょ」
「そうですけど……」
 いくら聖さまのほうが背が高くても所詮は女の子同士なわけで、私を抱えたまま眠ったら聖さまが大変なことになる気がするんだけど。
「一晩だけ」
「え」
「一晩だけ私に元気をわけて」
「聖さま……」
「そうしたらきっと……」
 こんなわけのわからない行動も許せてしまうのは聖さまだからなのだろうか。
 これ以上のことは断固拒否しようと心に誓いつつ、でもこれがお姉さまだったらきっと眠るどころの騒ぎではないんだろうなぁなんて、この状況で考えてしまう祐巳は意外と神経が太いのかもしれなかった。



 〜 〜 〜


「捜索願は出さないで」
「でも、祐巳がさらわれたのよ」
「あなたは聖を犯罪者にするつもり?」
「そんな……」




(続く【No:908】)


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