【91】 登場全力で後方支援をする女子大生  (ますだのぶあつ 2005-06-24 12:04:21)


「瞳子ちゃん」
「……佐藤聖さま」
「はい、正解。覚えててくれたみたいね」

 剣道交流試合が終わった。
 祐巳さまの近くにいる大義名分はこれでまた無くなってしまった。少しでも祐巳さまの近くにいればひょっとしたら姉妹の申し込みじゃなくても何かのきっかけが掴めるかもという淡い期待はいつも通りかなえられなかった。
 自分でも、こんなことをしていては心をすり減らし弱くしてしまうだけだとは思う。でも瞳子には、これまでの関係を壊してしまうかも知れない一歩を踏み出すほどの勇気はなかった。

 可南子さんはそんな瞳子の気持ちを察してか、何も言わず瞳子の隣に座ってくれた。でも、交流試合が終わってしまえば、一緒にいる理由はなくなる。
 一緒に帰りましょうと誘ってくれた可南子さんに、瞳子は不覚にも泣きそうになったが、泣いたらこれまで培ってきた松平瞳子が壊れてしまうと何でもない顔をして丁重に断った。

 そして可南子さんを見送って、一人になった途端、失礼ながら軽薄そうな女子大生に後ろから声をかけられたのだ。
 瞳子はすぐ相手のことを思い出したが、瞳子とは直接接点があったわけではないし、祐巳さまのことを可愛がってるこの先輩には、よく思われているはずがなかった。

「それで、なんのご用でしょう?」
「針金ちゃんとは一緒に帰らないの?」
 自然と硬くなってしまう瞳子の声を受け流すように軽い口調で聞いてきた。
「はりが……可南子さんのことですか。聖さまは、何でも、私のこともバネと呼んでいらっしゃるとか」
「あら、ばれたてたか。そのことは今からお茶奢るってことで許して貰えないかな」
「結構です。私は急いでますので」

「祐巳ちゃんに妹にしてくださいって言いに行くのなら、私も引き留めないんだけどなあ」
 ……どうしてこうも私のことを放っておいてくれないのか。乃梨子さんも祥子さまも、この何を考えてるか判らない先輩も。自分だって判ってはいるのだ。でも、今はそっとして欲しい。
 とりあえず、このおせっかいな先輩には、早々にお帰りいただこう。

「……聖さまには関係ないことでしょう?」

「あ、怒っちゃったか。そうね、関係ないね。私、あなたのことよく知らないし。梅雨のときに祐巳ちゃんを追い込んだということぐらいしか」
 さすがはもと白薔薇さまだけのことはある。言葉を無くすくらい大きな瞳子の弱点を的確に突いてくるなど、一枚も二枚も役者が上だ。
 瞳子は唇を噛んで俯いた。

「まあ、好きって気持ちが強くて、そんな自分を信じて二人の関係を壊そうという人に突っかかったら、その行動自体が間違ってた。そんな経験したら誰だって、次に好きになる人には積極的に行動できなくなるよね。大学の友達はそんな経験してる人いっぱいいるって言うけど、それは慰めにもならないもんね」

 瞳子のことを言っているはずなのに、自分の身を切るように苦痛に顔を歪ませて話す聖さまに、噂で聞いたある人の話を思い出した。
「それって、栞さまと志摩子さ……いえ、すいません」
「いいのいいの気にしないで。あなたは祐巳ちゃんの大事な後輩なんだから」
 優しい笑顔でそう言ってくれる。

 瞳子はこの『よく知らない』先輩に、つい、本音が零してしまった。
「祐巳さまはそう思ってくれてないみたいですけど……」
「なるほど。瞳子ちゃんが踏み出せない理由はそれだったか。祐巳ちゃん、そういうとこ鈍いもんね」

 そう言うと、聖さまは瞳子のことを抱きしめた。背の高い聖さまに瞳子はすっぽりと包まれてしまう。
「あ、ちょっと……」
 聖さまの突然の行動に思わず逃れようともがく。そんな瞳子に聖さまは耳元で囁いた。

「でもそんな祐巳ちゃんを嫌わないでやって。瞳子ちゃんが祐巳ちゃんのことを嫌いになったら、祐巳ちゃんも、それから瞳子ちゃんもきっと傷つく」

 身を切ってまで後輩に助言をくれる先輩の優しい声に、瞳子の心は不思議と落ち着いていった。
 瞳子はいつもの強気の心を取り戻すとはっきりと言った。
「絶対に嫌いにはなりません。嫌いだった頃には知らなかった祐巳さまを、もう嫌と言うほど知ってますから」

 聖さまはゆっくりと瞳子を離すと、最後に祐巳ちゃんに似て優しい子だねと言ってくれた。


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