【918】 偽志摩子スーパー1  (まつのめ 2005-11-27 12:02:25)


聖と朝姫の出会いについては No.583 をご参照ください。
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 佐藤さんの家に戻ると、蓉子さんが玄関を開けてくれた。佐藤さんは出かけたそうだ。
 なんでも買い忘れたものがあるとか。
 だったら江利子さんの迎えも行ってくれたらよかったのに。
 なんて思ってたら、
「だだいまー」
 佐藤さんはすぐ後ろを歩いていたみたいなタイミングで帰ってきた。
「あら、聖、出かけてたの?」
 江利子さんが佐藤さんの顔を見てそう言った。
「江利子いらっしゃい。 久しぶりよね」
「そうね。久しぶり。一昨日電話で話した気もするけど」
「こうやって顔を見るのがよ」
「で、今日は何をしてくれるの? なんか志摩子まで呼んじゃって、期待していいのかしら?」
「いいわよ。 きっとレアなものが見られるわ」
「……何をするつもりなの?」
 最後のは蓉子さんだ。
 どうもこの仲良し三人組の突っ込み役は蓉子さんのようだ。
「廊下で立ち話なんてしてないで部屋に入ってよ」
「そうね」


 で、目の前には蓉子さんと江利子さん。
 佐藤さんは飲み物を取りに台所へ行ってる。
「なんかこういうのって高校のときは無かったわよね」
「まあ、薔薇の館で済んでたというか」
 そんな会話を聞きながら、なんだか、ここに居ていいのかなーって思ってしまう。
 居心地が悪いって程じゃないんだけど、私、全然関係ない人だし。
「おまたせ」
 佐藤さんがパックのジュースとコップを持ってきた。
「飲まないの?」
「アルコールは志摩子が帰ってから」
「残念」
 そっか。やっぱり大学生が集まったら酒盛りか。
 ん?
 まてよ。
 佐藤さんって去年卒業だから……。
「志摩子、どうしたの?」
「まだ未成年なのでは?」
「堅いこといわないの。なに? 志摩子も飲みたいの?」
「飲みませんっ!」
「こら、現役に飲まそうとしない」
「聞いただけよ。蓉子ったらカタいわね」


 そして。


「……えっと、『判りにくい上に似てないから誰だか判らないモノマネ』その3でした」
「「あはははは」」
「………」
 『なにかやって』って言われて軽く披露したのだけど。
「志摩子、すっごくいいわよ!」
「ねっ、最高でしょ?」
「……」
 この反応は何?
 どちらかというと「真面目にやれー」と野次が飛んでくるような芸なのに。
 佐藤さんと江利子さん(いまだに江利子さん苗字は謎だ)はもうバカ受け。こんなくだらない芸で腹がよじれるほど爆笑する人はじめて見た。
 一方の蓉子さんは芸を披露すればするほど顔色が悪くなっていって、こちらも謎は深まるばかりだ。
 ほんとうは「それはモノマネとして正しいの?」という突っ込みを蓉子さんに期待してたんだけど。
「あはははっ」
「聖、お手柄よ! これは私も意表を突かれたわ」
 爆笑コンビはもう涙まで流して笑ってる。 というかあんたら笑いすぎ。
「……志摩子、ちょっとこっちにきて座りなさい」
 蓉子さんは青い顔して真面目にそんなことを言ってくるし。
 終わるきっかけを待っていた私はこれ幸いと、蓉子さんの前に正座した。
「志摩子」
 蓉子さんは言った。
「何があったか知らないけど、悩みがあるんでしょう? 相談にのるわよ?」
 うわっ、この人、本っ気で心配してるよ。
「えーと……」
 どうやら志摩子さんは一発芸とかしない人らしい。
「お願いだから自棄にならないでちょうだい。あなたがそんなことじゃ来年の山百合会が駄目になってしまうわ」
 むっ
 藤沢朝姫って人間が、駄目人間だって言われてるみたいでちょっと腹が立った。
 まあ、志摩子さんは、薔薇さまだっけ、三年生に混じって生徒会幹部に名を連ねるほど優秀な人みたいだけど。
 なんか優秀な姉を持って、ことあるごとに比較されて卑屈になるできの悪い妹の気分がわかった気がする。
 いや、考え過ぎかもしれないけど。

 蓉子さんの説教がいよいよ盛り上がってきたところでまた携帯の振動音が聞こえた。
「いいとこだったのに……」
 って、この人、説教好きだ。

「はい、水野です」
 水野っていうのか。やっと苗字が判明した。
「あ、そうよ……え?」
 あれ、なんっか固まっちゃった。
 と思ったらなにやら眉間にしわを寄せてこちらを見た。
 なんなんだ。
 そしてまた携帯に向かって言った。
「あ、あんた誰よ?」
 なにやら不穏な雰囲気が……。
「嘘つきなさい、志摩子はここに居るわ」
「え?」
 もしかして、志摩子さんから?
「どうしたのよ? え? その前に名乗りなさいよ、結局あなたは誰なの? 志摩子の声を上手く真似してるみたいだけど」
 やっぱりそう。
 水野さんはここにいる私が志摩子さんだと思ってるから向うの本物の志摩子さんを偽者と疑ってるんだ。
「はあ? 誰よそれ? ええ? なんでなの? もう、判ったわよ。代わるから。 志摩子」
 なんだろ。
「志摩子! なにボーとしてるの、『自称志摩子』が電話代われって」
「え、私ですか」
「そうよ。早くして」
 そう言いながら水野さんが差し出す携帯を私は受け取った。
「はい、もしもし」
『あのう、もしかして朝姫さん?』
「あ」
 そうか。こっちにも自分が居るといわれたら当然、思い当たるよね。
『……ですよね?』
「はい。そうですよ」
 このあと少しの間沈黙があった。 困惑の表情が目に浮かぶ。
『なんで、そこに居るんですか?』
 さもありなん。
 私だってなんでか良くわからんのですよ。
「強いて言えば、佐藤さんかな」
 そう言った。 というかそれ以外になんといおう。
『……お姉さまですか』
 やっぱり、とつぶやくのが聞こえた。
 やはり佐藤さんは『そういう人』で確定と。
「実は駅前で捕まりました」
『あの、お姉さまが迷惑をかけてしまって』
「いえいえ、志摩子さんが気に病む必要はないですよ。なんか家が近かったのがそもそもの不幸の原因だし」
 そういえばまだ苗字を思い出せていなかった。
 名前で呼んじゃったけど馴れ馴れしいとか思ったかな?
 なんて思ってると、視界の隅で佐藤さんが江利子さんになにか耳打ちしてるのが見えた。
 江利子さんは聞きながら目を見開いてこっちを見てる。
 なんだろ?
「ちょっと」
「え?」
 詰め寄ってきたのは蓉子さん。
「どういうことなの?」
「どういうといいますと?」
「まさか、あなた本当に志摩子じゃないの?」
「えーと……」
 仕掛け人の佐藤さんを見ると、江利子さんと並んで、笑いを堪えてる?
 蓉子さんと一緒に見世物になってたようだ。
 さっきのは江利子さんに私のことを説明していたのだろう。
 じゃあ、もういいってことで。
「……申し遅れました。私、藤沢朝姫と申します、朝姫は朝昼夜の朝にお姫さまの姫と書いてアサヒと」
「ま、まだ担ごうとするのね、でもその手には乗らないわよ。今、電話の相手から言われたんでしょ?」
「ええ? 本当ですよ?」
「誰なの? 電話の相手は!?」
 うわぁ、この人頭カタイわ。
「あはははは」
「聖! 何笑ってるのよ! あなたは知ってるんでしょ!?」
「電話は本当に志摩子からよ、さっき蓉子の携帯に電話するように伝えておいたの」
「嘘っ! じゃあここに居る志摩子はなんなのよ!」
「朝姫ちゃんよ。いま自己紹介したじゃない」
「あははははは」
 こんど笑い声をあげたのは江利子さんだ。
「江利子まで私をバカにするのね!?」
「落ち着いてくださいよ蓉子さん」
「落ち着けですって? あなたもどうして聖の口車に乗ってそんなことを」
「ちょっと……」
「真面目なあなたがどうしてっ!」
「痛い痛いっ!」
 思い切り掴みかかられた。
「ちょっと、蓉子っ!」
「あははははは!」

 収拾がつかないというのはこういうのだっていう実体験だった。
 携帯電話のむこうで志摩子さんが叫んでるのが聞こえてきた。
 電話越しに身内のパニックが聞こえてきてさぞ慌てたことだろう。


「ありがと、元気でたわ」
 おでこの艶もひときわな江利子さん。
「……わたしは元気吸い取られたわ」
 蓉子さんはぐったり。
 つまるところ、今日は『江利子さんを元気付ける会』だったそうで。
 私と蓉子さんはダシに使われたわけだ。
 蓉子さんは最終的に私が志摩子さんじゃないって信じたわけじゃなくて、本人曰く、『疑う気力がなくなった』そうだ。
 もう、どうでもいいって。

「じゃあ、私は帰りますから」
 そう言って私は席を立った。
「あら、もう帰っちゃうの?」
 江利子さんが言う。
「ヒマな大学生と違うんです。それにそろそろ母が帰ってくる時間なので」
「そう、残念ね」
「朝姫ちゃん、今日はありがとね」
 佐藤さんが言った。
「いいえ、私から言うのもなんですが、蓉子さんをあまりいじめないでやってください」
「あははっ、朝姫ちゃんやさしいのね。 蓉子は大丈夫よ。 あのくらいすぐ復活するから」
「そうあって欲しいですけどね」
 蓉子さんはまだ気分悪そうに横になっていた。

「玄関まで送るわ」
 そういって佐藤さんは玄関の外までついてきた。
「じゃ、さよなら」
 そして、私が行こうとすると、
「……って、なにしてるんですか」
「なにって、別れの抱擁」
 正面から抱きしめたれたのだ。
 とりあえず、黙って抱かれていた。
「……お母さんとは上手くいってる?」
 佐藤さんは私を抱きしめたままそんなことを聞いてくる。
「仲は悪くないですよ。 働いていてあんまり会えないけど」
「そう。いいお母さんなのね」
「どうしてそう思うんですか?」
 適当なこと言ったらシメるぞ。
 って思ったら。
「だって、朝姫ちゃんがこんなにいい子だから」
 直球だった。
「……ほ、誉めたって何も出ませんよ?」
 とはいったものの、母が誉められて悪い気はしなかった。
「寂しかったらいつ来てもいいわよ」
 なんでこの人はこんなことを言うのだろう。
「……寂しいのは佐藤さんの方だったりして」
「あ、言ったわね」
 そう言いながら佐藤さんは私を開放した。
「じゃ、またね」
「『また』があるか判りませんよ?」
 というか御免こうむりたいといったところ。
 まあ、今日は楽しかったけど。

 佐藤さんの家から歩き出して、角を曲がる前に一度振り返ったら佐藤さんはまだ私を見送っていた。
 私と目が合って大げさに手を振る佐藤さんを見ながら思った。

 そういえば、私が母子家庭だって佐藤さんに言ったっけ?





(※飲酒は二十歳になってから。これ良い子のお約束【No:972】)


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