「お姉さま!」
「なーにー、瞳子ちゃん」
眉を吊り上げて、お気楽な表情の紅薔薇さまこと福沢祐巳に詰め寄ったのは、紆余曲折あったものの、なんとか無事に紅薔薇のつぼみとなった松平瞳子だった。
「いい加減そのヘラヘラした態度、お止めになって下さい!それと、ちゃんは無しと、何度も申し上げたハズです!」
「えー、いいじゃない。別にヘラヘラしていないし、瞳子ちゃんは瞳子ちゃん。問題なし!」
まるで意に介さない祐巳。
「いいですか?お姉さまは、高等部を代表する生徒会長1/3として、もっと威厳を持っていただかないといけないのです。それなのに、まるで考え無しのように…」
「瞳子ちゃん?」
ニッコリと笑みを浮かべながら、後手にクルリと瞳子に向き直る祐巳。
瞳子は、思わず言葉を飲んだ。
「あんまりいい気になるなよ?」
「なっ!?」
顔は笑っているのに、目は笑っていないことに、今更ながらに気付く。
「ちょっと“紅薔薇のつぼみ”になれたからって調子に乗ってると、切ない目に会うよ?」
「………」
絶句する瞳子。
これが親しみ易さが最大の売りの祐巳とは、まるで信じられない。
ショックで立ち尽くす瞳子の襟元を掴んだ祐巳は、
「私はお前のなんだったっけ?」
瞳子の目を覗き込むようにして問いかける。
その強烈な威圧感は、先代を遥かに上回っていた。
「お、お姉さま…です」
「リリアンの制度は知ってるよな?」
「も、もちろん…」
はっきり言って、今の祐巳はかなり怖い。
「言ってみ?」
「あ、姉が妹を導くがごとく、先輩が後輩を指導する…です」
「つまり、お前は私の言う通りにしてればいいってことだよな?」
「そ、それは…」
「んー?妹の分際で、姉に逆らうつもり?ブゥトンってそんなに偉いのか?紅薔薇のつぼみが高等部の掟を否定しようとは、なんとも恐れ知らずだなぁおい」
「………」
「もう一度聞くよ。私はお前の何?」
「お姉さま…です」
「そんで、お前は私の妹でいたいんだよな?」
「は、はい…」
怯えているのか、微かに震えている瞳子。
「じゃ、瞳子ちゃんでいいよねー♪」
そう言いながら抱きしめ、頭を撫でてやる祐巳だった。
「ねー、瞳子ちゃん。ずっとずっと、卒業してもずっと私たちは姉妹だからね」
さっきまで怖くて足が竦んでいたのに、祐巳に抱きしめられた途端、何故か幸せな気分になってしまう瞳子。
結局瞳子は、普段の態度や中身に係わらず、祐巳が好きでたまらないのだ。
「じゃぁ行こうね瞳子ちゃん♪」
背中からガバチョと抱きつき、瞳子を促す祐巳。
「も、もうお姉さま。あまりくっつかないで下さいまし!」
「えー、いいじゃない」
「大体ですねお姉さま。お姉さまはもっと…」
「瞳子ちゃーん?」
瞳子の言葉を遮って、祐巳は耳元で囁いた。
「いい気になるなよ?」