「きゃ〜〜〜〜〜!!!!」
夜のしじまを引き裂いて、若き女性の悲鳴が響き渡る。
袋小路に追い込まれた二十歳前後のその女性は、迫り来るあからさまに怪しい格好の、どこからみても変質者を前にして、恐怖に引き攣った表情を浮かべながら、尻餅をついた状態で、後ずさりすることしか出来なかった。
「うっへっへっへ、こんな月の無い夜遅くに、一人だけでうろついているからこんな危険な目に会うんだよぉ?」
いや〜な笑みを浮かべつつ、変に説明的なセリフを口にする変質者。
右手には、少しだけ差し込む街路灯の光を反射させてキラリと輝く短いナイフ、左手は、いやらしくわきわき動く指。
「もっへっへっへ、恨むのなら、こんな月の無い夜遅くに、一人だけうろついている自分を恨むんだな」
「いやぁ〜〜〜〜〜!!!」
『そこまでだ!』
路地裏に響く、高らかかつシブイ響きを伴った二つの声。
「だ、誰だ!?」
辺りをキョロキョロ見回す変質者。
「ここだ!」
声に応じて、変質者が見上げれば、そこには謎の人物が二人。
「とぅ!」
掛け声と共に、ブワっと何かがはためく音がすれば、二つの巨大な影が変質者の前に落ちてきた。
そう、落ちてきたのであった。
凄まじい衝撃音と一緒に。
「…う、痛い」
「うん、痛い」
腰や膝を撫で摩りながら、ゆるゆると立ち上がる二つの影。
暗いので輪郭ぐらいしか認識できないが、かなり大柄なのが見て取れる。
「こ、これ以上の狼藉は、我々が許さない」
「うん、許さない」
身体を微かに震わせながら、変質者に向かって指を突きつけた。
しかし、やはり痛いのだろう、その場に蹲り、必死に耐えているようだった。
あまりの出来事に、女性も変質者も、呆然とするばかり。
二人とも、何が起きたんだ?と、目を白黒させるだけだった。
「よし、なんとか収まった」
「うん、収まったね」
「そんなわけで、仕切りなおしとしよう」
「うん、仕切りなおしとしよう」
『では改めて!』
「これ以上の狼藉は、例え天が許しても、この我々が許さない!」
「町の平和を乱す悪党は、このゲンコツが滅ぼす!」
ちょうど鏡になるようなポーズで、ビシっと決めた謎の二人。
とは言え、狭い路地なので、かなり窮屈そうではあったが。
「決まったな」
「うん、決まったね」
小声で確認しながら、満足そうに頷きあう二人。
「なんだ?この無闇にデカイ変な二人組は」
まるでコントのような展開に、思わず疑問の声をあげる変質者。
「なにを?変なのは貴様であって我々ではない!」
「そうだ!人を変と言うやつが変なんだよ!」
子供の理屈であった。
「兎にも角にも、女性を襲う貴様のような変質者は、滅すべし!」
「滅ぶべし!」
「うるせぇ!退きやがれ変態コンビ!うおおおおお!」
いずれにしろ、このままでは拙いと判断した変質者、立ち塞がる二人組に向かって、ナイフを構えつつ突進した。
「うお、武器を持つとは卑怯なり!」
「うん、卑怯なり!」
慌てて、狭い路地で身をかわす大男たち。
「うおおおおお!」
変質者は、突進の姿勢のまま二人の間をすり抜け、そのまま路地から出て行った。
「そんな単調な攻撃が、我等に通用するか!」
「うん、通用するか!」
『さぁ、かかって来い!わっはっはっはっは』
意味無く高らかに笑う二人。
しばらく笑い続けるも、変質者が戻ってくるわけもなく、ただ悪戯に時間が過ぎ行くのみ。
「わっはっはっは…」
「わっはっはっは…」
「………」
「………」
「…逃げられた?」
「うん、逃げられたようだね」
『………』
しばしの沈黙。
「まぁそれはともかく!」
「うん、ともかく!」
二人して同時に、女性の方へ振り向いた。
「ひっ!」
案の定、怯える女性。
まぁ、仕方がないと言えば仕方がないだろう実際の話。
「だいぜうぶですかおぜうさん」
「お怪我はないですかおぜうさん」
しかし、二人の紳士的?な態度に、少しは落ち着いたのか、なんとか自力で立ち上がった女性。
「あーはい…。だいぜうぶ…です」
「それは良かった」
「うん、良かったね」
「こんな月の無い夜遅くに、一人だけでうろついていると、危険な目に会いますよ」
「うん、こんな月の無い夜遅くに、一人だけでうろついていると、危険な目に会うね」
「では、我々はこれで」
「うん、これで」
再び鏡のように向かい合ったポーズで、ビシっと決める二人。
「あ、待って下さい!」
去ろうとした二人を呼び止める女性。
「あ、あの、ありがとうございました?よろしければお名前を…」
「我が名は日光!」
「我が名は月光!」
『ううううううううおおおおおおおおおおあああああああああああああ!!!!!』
近所迷惑以外の何者でもない意味不明な雄叫びを上げる二人。
寝静まっているはずの家々の窓に、一斉に明りが灯り出す。
「あ、やべ」
「うん、そうだね」
日光月光と名乗った無駄にデカイ二人組は、大慌てで路地から立ち去っていった。
取り残された女性、我に帰るまで、しばしの時間を要した。
町内会の回覧版に、次のようなお知らせが入っていた。
『町内に変質者現る!最近見られるようになった、怪しい人物。初期の目撃情報では、変質者は中肉中背で単独行動ということだったが、新たな目撃情報によれば、やたらと大柄の二人組だという。実際、『屋根の上に立っていた』とか、『謎の雄叫びが聞こえた』との通報があとを断たない。この事態に対処すべく、警察に協力依頼の上、町内パトロールを強化しようと、満場一致で可決することに…』
「困ったことになった…」
「うん、困ったね」
「どうして我等正義の味方が迫害されねばならないのだろう…」
「うん、迫害されるんだろうね…」
自分たちの行動に問題があるとは、露ほどにも思わない二人であった…。