【95】 猛勉強あの江利子さまが  (柊雅史 2005-06-25 02:12:22)


ビスケット扉を開けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
「ごきげん……よ、う……?」
いつものように挨拶をしようとした祐巳の語尾が尻つぼみになる。ぽかん、と口を半開きにしたまま、祐巳はその場に固まってしまった。
そこには江利子さまがいた。
黄薔薇さまこと、鳥居江利子さま。何でも人並み以上にこなすオールマイティーキャラで、努力とか根性とか勤勉とかとは一切無縁、鍛えなくとも全ジャンルのスポーツをこなし、訓練しなくとも家事全般を完璧にこなし、勉強しなくとも学年で1・2を争う成績を収めることが出来るスーパーガール。
その江利子さまが、勉強していた。それはもう必死の形相で、参考書らしきものを開きながらノートにがりがりと何かを書き取っている。
江利子さまが猛勉強する光景なんて、誰が想像できるだろう? 実際、祐巳は期末前だろうと江利子さまが勉強している姿なんて見たことなかったし、令さまも見たことないって言ってたし、聖さまもそんな姿を見たことはない、と断言していたはずだ。
そんなバカな、と目をごしごしとこすっても、江利子さまは勉強をやめてくれなかった。ほっぺをつねってみたけれど、ちゃんと痛かったから夢の中、ってわけでもない。
これはもしかして、世界が滅ぶ前兆か何かだろうか、と不安になりながら、祐巳は恐る恐る室内に足を踏み入れる。
そっと近づいてみても、江利子さまは全く祐巳に気付かない。完璧に参考書らしきものとノートに集中している。
ごくり、と祐巳は喉を鳴らすと、そーっと江利子さまの手元を覗く。
江利子さまがここまで必死に参考書と格闘する学問。
果たしてそれは、英語か、国語か、数学か、物理か、化学か―――――!




『ロンゴロンゴ解読法』




江利子さまはやっぱり江利子さまで。
申し訳ないけれど、祐巳はほっと安堵の息を吐きつつ、その場にへなへなと崩れ落ちるのだった。


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