【No:505】 → No530 → No548 → No554 → No557 → No574 → No.583 → No.593 → No.656 → No.914 → No.916 → 【No:918】→ また続いたりして。
志摩子は校門の前で待っていた。
校門といっても、リリアンの、ではなく都立K高等学校坂上女子通称坂女の校門前である。
昼休みのお茶会の時に今日は早く帰るので薔薇の館には来ないと宣言して、放課後速攻でここまでやってきた。
ただし、待っているといっても別に事前に誰かと約束をして来た訳ではなかった。
アポイントも取らずに来てしまったのは話を大げさにしたくなかったから。
実はあれから志摩子はずっと悩んでいた。
お姉さまから突然電話があり、蓉子さまの携帯に電話をして欲しいといわれた。
よく分からないまま言われたとおり電話をすると蓉子さまがいきなり『あなたは誰?』と聞いて来た。
この時点でお姉さまが何かしたんだと想像はついたのだけど、蓉子さまの『志摩子はここに居るわ』という言葉には困惑した。
そこで思い当たったのは朝姫さん。
「まさか」と思ったけれど、蓉子さまにお願いして電話を代わってもらったら本当に朝姫さんだった。
でも、いつ出会ったのか、どうして今お姉さまや蓉子さまと一緒に居るのかまでは聞けなかった。
そして、その後聞こえてきた大騒ぎ。
朝姫さんはお姉さまに何をされたのか。
お姉さまのことを疑うわけではないのだけど、あの騒動を聞いてしまっては気にするなと言う方が無理と言うものだった。
彼女を呼び出してお姉さまの非を謝りたい、というのではない。
ただ何があったのか知りたかった。
自分の知らないところで自分の関係した騒動が起こっていたことがなんとも引っ掛かりとなって志摩子の心を落ち着かなくさせていた。
つまり、言ってしまえば『自分の為』。 話を聞いて自分が納得したいから。
そんな理由は志摩子自身十分わかっていた。
妹の乃梨子が彼女の電話番号を知っていることは知っている。
だから、前もって連絡しておく事もやろうと思えば出来たのだ。
でもこのこと、つまり『志摩子がことの仔細を知りたがっている』ということを乃梨子に知られてしまうのがなんとなく恥ずかしく思えてそれを聞くことが出来なかった。
そして、クラスメイトに心配をかけてまで考え抜いた結論が『校門前で待ち伏せ』だったのだ。
校門の門柱から少し離れて塀にもたれ、学校の敷地内から張り出している木の枝ぶりをぼうっと眺めつつ志摩子は待った。
別に待ち人が自分を見つけてくれるという確信があるわけではないのだけど、待つといっても彼女を探し出そうと下校していく生徒達一人一人の顔をじろじろと眺めるのは失礼だ。
そう考えてしまうのが志摩子の志摩子たるところなのだけど、これが由乃さんあたりだったら「人を探すのに顔を見ないでどうするのよ」と言って校門の前で堂々と待つのだろう。
校門から吐き出される制服たちにまぎれる由乃さんを想像して、志摩子はちょっと可笑しくなって顔を綻ばせた。
そのときだった。
志摩子はなにやら視線を感じた。
リリアンの制服が他校の校門前に一人で佇んでいたらそれなりに目立つのだけど、それを物珍しそうに眺めつつ下校する人たちのものともちょっと違った温度を感じる視線だった。
「うわ、ほんとだ……」
「ね、ほら……」
視線を感じた方からなにやら会話が聞こえる。
志摩子が振り返ると、校門から顔を出す生徒が数人。
彼女らは志摩子か振り向いたのに気づくと、目を逸らしたり、驚いて踵を返して立ち去ったりとそれぞれの反応をして散っていってしまった。
「なんだったのかしら?」
疑問に思ったものの、だからといって何かをする程でもなかった。
(でも、朝姫さんが出てくるまで時間がかかりそう……)
彼女の役職は聞くことが無かったので、生徒会の活動に参加しているのかどうかは判らないが、放課後は大抵生徒会室にいると聞いた。
だからそれなりに放課後の時間を過ごしてから帰るのだろう。
(ちょっと失敗だったかしら)
一瞬そう思ったが、何よりも自分のことのために他人に手間をかけさせてしまうとが心苦しいと感じてしまう志摩子にとって待つことは苦痛でなかった。
今度は空を眺めて思いにふけっていたら、また視線を感じた。
振り返ると、今度はさっきより多い人数が志摩子の方を見ていた。
彼女達はさっきと同じようにそれぞれの反応を見せてまた何処かへ去っていった。
それから同じようなことが何回か繰り返されたのだが、志摩子はリリアンの制服が珍しいのだろうということにして、視線を感じても放っておくことにした。
実は志摩子は生徒会室の場所も知っている。
前回、由乃さんと祐巳さんと一緒に来た時に一度行ったことがあるから。
でも一人でまた進入して、なんて発想は志摩子には無かった。
第一進入したとして、どう説明すればよいのか。
ここで待っていること自体、朝姫さんにどう説明したものか悩んでしまう位なのに。
(説明?)
そういえばそうだった。
思わずここまで来てしまったけれど、具体的に朝姫さんが目の前に来たことを想像したらなんて切り出したら良いのか判らなかった。
自分は何をしているのだろう。
志摩子は急に自分のしていることが滑稽に思えてきた。
やっぱり知り合いに見つかる前にここを立ち去ろうか。
そう思って下校する生徒たちとは反対方向、リリアンのある方角に向かって一歩。 踏み出すと同時にすぐ後ろから声が掛かった。
「ああっ! なんで帰っちゃうの?」
「え?」
振り返ると、ちょっと前まで一番会いたかった人、そしていまちょうど会いたくないと思った人がそこに立っていた。
「……朝姫さん」
「こんにちわ。志摩子さん?」
朝姫さんは人懐っこい笑顔を浮かべてそう言った。
「どうしたの?」と聞かれて、志摩子は仕方なく率直に朝姫さんに会いに来たことを告げた。
それを聞いた朝姫さんはちょっと驚いたように目を瞬かせた後、「生徒会室に来る?」と聞いてきた。
志摩子はたった今、会わずに帰ろうと思ったところなので「いえ」と答え、改めて出直すつもりで「今日のところは……」と続けようとして、朝姫さんの言葉に遮られた。
「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ来るから」
「え?」
言葉をかけるひまもなく校門の中へ駆け込んでしまったので志摩子は待つしかなかった。
そして、しばらくして朝姫さんはカバンを持って戻ってきた。
どうやらそのまま帰るつもりらしい。
「あの、生徒会の方はいいんですか?」
「大丈夫。いまそんなに忙しくないから」
「すみません……」
「ううん、謝ることないから」
聞いてみると彼女は正式な役員ではなく、『お手伝い』と言う立場なのだそうだ。
どこかに寄ってという朝姫さんの提案に志摩子が渋ると、「さすがお嬢さまだ」と何故か感動して、それじゃあと彼女の通学路沿いの小さな公園のベンチに落ち着くことになった。
「なんか嬉しいな、わざわざ会いに来てくれるなんて」
志摩子の手の中には缶紅茶。
自販機の前で奢ろうかと言われて、いえ自分で買いますと買ったミルクティーだ。
「えっとあの……」
口篭もる志摩子に朝姫さんは言った。
「……この間の電話のことかな?」
「あ、はい、その、なんというか、お姉さまがなにか迷惑をおかけしたみたいで」
謝るつもりで来たのではないのだけど、他に言葉が見つからなかったのでそう言った。
「そのことなら別に気にしないでいいわ。 私も楽しかったから」
朝姫さんもそんな社交辞令的な志摩子の言葉が判ってか、軽くそう答えた。
「それより、心配するなら水野さん、だっけ?」
「蓉子さま?」
「そうそう。あの人が一番大変だったから。一応、佐藤さんに苛めないであげてっていっておいたけど」
「お姉さまったら……」
「なんだっけ、江利子さんって人を元気付ける会だったんだって」
「江利子さまを?」
「あれ、知り合いなの?」
「先代の黄薔薇さまですよ江利子さまは」
「えー、じゃあ、薔薇さまってのが二人揃ってたんだ」
「いえ、蓉子さまは先代の紅薔薇さまです」
「えーと、じゃあ薔薇さま勢ぞろい?」
「ええ」
「なかなか個性的な方たちですねぇ……」
「素敵な方々でしょう?」
「素敵と言うか変わったというか……」
話題の中心が他ならぬ、志摩子のお姉さまのことだったので、話は大いに盛り上がった。
とはいっても盛り上がったのは主に朝姫さんの方なのだけど。
話の中で、朝姫さんがお姉さまに会った経緯もわかった。
やはり街中で会って志摩子と間違えられたのだそうだ。
でも、なかなか信じてもらえなかったとか。
朝姫さんにとってお姉さまは変わった人というのが総じた印象のようだった。
初めてお姉さまに会った時の話の最後に朝姫さんはこう言った。
「でもさ、佐藤さんって志摩子さんのことすごく大切に思ってるって気がしたわ」
「え?」
初対面なのにからかわれたとかそういう話の後だったので志摩子はちょっと戸惑った。
けれど、朝姫さんがお姉さまのそういうところを判ってくれたことが嬉しく思えた。
「リリアンの姉妹ってさ、みんなそういう感じなのかな?」
「いえ、人によって姉妹のあり方はそれぞれですよ」
特に志摩子とお姉さまは普通の姉妹関係からは大きく外れてしまっている。
「そうなんだ……まあ、そうよね。本当の兄弟姉妹だって人によって全然違ってるもんね」
「ええ」
本当の兄弟姉妹と聞いて志摩子は歳の離れた兄の事を思い出した。
考えてみれば血縁の兄妹関係も志摩子は普通とは違っている。
そう認識したのは身近に祐巳さんと祐麒さんのような仲の良い姉弟を見たからかもしれない。
それまでは他と比較すると言うことが無かったから。
もしも、兄と歳が近かったらとは考えにくい。でも、歳の近い弟、あるいは姉か妹が居たらどうだったろう?
自分に似てて、自分に最も近い存在。
自分自身でさえもてあますと言うのにそんな存在を突きつけられて自分は平静で居られるのだろうか。
「……さん」
「え?」
気が付くと目の前に朝姫さんの顔があった。
「志摩子さん、どうかしたの?」
「い、いえ、ごめんなさい。ちょっと考え事を」
そういえば、朝姫さんは自分に近くないけど自分に良く似た存在。
なるほど実の姉妹って言ったら朝姫さんみたいな感じかもしれない。
何故かそう感じた。
そして、朝姫さんは何故か目を閉じて更に志摩子に顔を近づけ、体重を預けてきた。
「あ、朝姫さん?」
朝姫さんが倒れこんできたので志摩子は抱きとめるようにそれを支えた。
「あの……?」
彼女の額が志摩子の頬に当たっていた。
熱かった。
「朝姫さん! 朝姫さん!?」
→【No:980】