【973】 孤独をつつんだ祥子へ  (くま一号 2005-12-17 02:12:11)


【No:221】【No:222】【No:223】の直接の続きではないけれど、流れの中の一つのピース



「……ということがあったらしいのよ、令ちゃん」

 由乃の部屋。例によって試験前に令ちゃんに助けを求め、例によって脱線している由乃。でも、これはどうしても話しておかないといけない。
 祐巳さんから聞いた、遊園地で倒れた祥子さまのこと。


「それで、由乃はそれがパニック発作だっていうのね」
「ううん、違う」

「ちょっと待ってよ。祐巳ちゃんにはそう説明したんでしょ?」
「うん、祐巳さんには、この先を話すのはあまりにショックだと思ったから。でも令ちゃんには知っておいて欲しいの」

 あまり話したい事じゃない。でも、いざというとき、由乃が祥子さまを支えることはたぶんできない。祐巳さんにはなおのこと知られたくないだろう。
 令ちゃんしかいない。

「あのね、令ちゃん。普通のオトコ嫌いってね。たとえば以前の可南子ちゃんを考えてみて」
「ああ。学園祭までは、顔を合わせるのもいやいや、というか花寺の連中がいないことにして平静を保ってるって感じだったね」
「そう。嫌って顔をそむける。祐巳さんに近づく男を遠ざける、とかね。でも、可南子ちゃんが男を見て気を失ったとか、気分が悪くなったとか、聞いたことある?」
「あー、それはないでしょ。祥子とは違う」

「そこよ。祥子さまは違うの」
「あ……」

「あのね、男嫌いというだけだったら、顔を合わせただけで気を失って倒れたりはしないの」
「だって、それはパニック発作だって由乃は」
「いいえ」

 ここからが問題なのよ。令ちゃんがきちんと事実を認めてくれるかどうか。

「男の人を見て気を失う、倒れる、それって強迫神経症に近い。なにか恐怖がある、と思う。人混みで気分が悪くなるのと話が全然違う」
「どういうことよ」
「祥子さまになにか恐怖の記憶があるんだと思う」
「は?」



「暴力、暴行、あるいは虐待、そういう記憶が祥子さまにはある、って言ってるのよ」

「由乃!!」



「あの反応は、それしか考えられない」
「由乃、だってそれは、祥子本人が言ってたじゃない、お父様やお祖父さまが外で女を作ってくるからとか、柏木さんのこととかそういう」

「そういうことなら、可南子ちゃんみたいな嫌悪感として現れるわ。男の人を見て気絶するっていう反応は違うの。違うのよ、令ちゃん」
「由乃、それって」

「恐怖としか思えない。だいたい、お父様、お祖父さまや柏木さんとは、祥子さまは普通に接することができるのよ。気絶するほどの嫌悪、じゃなきゃ恐怖の相手とは、ずれているのよ」

「祥子が過去のなにかを隠していると……」
「隠している、というのは失礼ね。打ち明けてないだけよ」
 ふふ、と思わず乾いた笑い。そこから想像される闇は、深い。
呆然と由乃を見つめる令ちゃん。

「どうすれば、いい?」
「わからないわ。私たちが手を出してはいけないのかもしれない。令ちゃん、なにか心当たり、ない?」
「うーん、祥子とは高等部に入ってからのつきあいだから、それより前のことまでは。もちろん有名人だったけど、そんな話は聞いたことないし、噂にもなりっこないね」

「たぶんね、令ちゃんの役目ははっきりしてる」
「なにをすればいいの?」

「祥子さまが、蓉子さまや祐巳さんにも軽蔑されて、いえ、もっと悪い同情されてぼろぼろになったときに抱き止める役」
「……そういうこと、なの。でも由乃、祐巳ちゃんに受け止められないことがあるとは思えない」
「私もそう信じたい。祐巳さんならばって。でも祥子さまを愛する祐巳さんだからこそ受け入れられないこともあるわ」
「わかった。覚悟しておく」

「ふう。どうする? 数学、続ける?」
「今日はここまでにしていいかしら。令ちゃんも考えたいでしょ?」
「ああ、そうするよ。じゃ、おやすみ」

 扉を出ようとして、令ちゃんが振り返った。
「由乃、由乃は精神科医じゃない。勝手に断定して突っ走っちゃだめだよ」
「だってー。祥子さまや祐巳さんが壊れてからじゃ遅いのよ」
「逆に由乃が突っ走って壊すことだってあるよ。なにか始める前に必ず私に相談して。少なくとも祥子のことは私の方が知ってる」
「うー。うん、わかった」


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