このお話を読んでいただく前に
最新刊
マリア様がみてる 未来の白地図
の表紙イラストをご覧になることを強くお奨め致します。
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「見て、瞳子ちゃん。寒いと思ったら、ほら」
「雪、ですわね」
12月24日、午後の自由参加のミサも終わって人影もまばらになった校内で、瞳子は今祐巳さまと二人っきりで古い温室にいた。
☆ ☆ ☆
ミサの後、一人帰宅の途に着くべく正門を出ようとしたその時、瞳子はその人と鉢合わせた。
「ごきげんよう、今から帰るの?」
「ごきげんよう、見ての通りですわ。祐巳さまは今頃ご登校ですか」
冬休み前に思いがけずお会いできてうれしいのに、ついいつもの調子で皮肉を言ってしまったのだが、祐巳さまは意に介する様子もない。
「あはは、そんな訳ないって。ちょっとお買い物に行ってたの。ほら見て」
祐巳さまがそう言って手に持ったビニールの白い買い物袋の口を拡げると、中には赤と緑のリボンで鉢をきれいに飾られたポインセチアがあった。
「ね、きれいでしょ。これから薔薇の館でクリスマスパーティするんだけど、飾り付けに使うの」
祐巳さまはにっこり微笑んで言った。
「そうだ、もしよかったら瞳子ちゃんも来ない?」
「せっかくですがお断り致します」
断られるなんて全く思っていなかったのだろうか、瞳子の即答に祐巳さまはあからさまに狼狽している。
「えっ、何で? 瞳子ちゃんが来てくれたら祥子さまやみんなもきっと喜ぶよ。あっ、もしかしてこれから何か予定があったのかな?」
「特に予定はありませんが、瞳子が参加する理由もありませんもの」
「り、理由?」
別に祐巳さまを困らせるつもりはなかったのだけれど、あまりに分かり易い困惑ぶりについ笑いを漏らしてしまいそうになるのを懸命に堪える瞳子だった。そんな瞳子の気持ちを知ってか知らずか、祐巳さまは必死に理由をひねり出そうとしている。
「理由は、えーっと、うーんと。そうだ! 今まで色々とお手伝いしてくれたお礼! ……でどうかな?」
「それならもういただきました。修学旅行のお土産とか、フランクフルトとか」
表面上はちょっと意地悪を装っているが、茶話会以来意識して祐巳さまとの距離を取ってきた瞳子には、こんな小さなやり取りでもこの上もなく楽しかった。もちろんそんな様子などおくびにも出さないけれど。だって瞳子が望むのはみんなに優しい祐巳さまではなく、瞳子だけに微笑んでくれる祐巳さまなのだから……。こんな気持ち、きっと祐巳さまには分かってもらえない。一緒にいればそれがなおさら辛くなる。だから今日もこのくらいでお別れしよう。そう思っていると祐巳さまは想定の斜め上を行くセリフを言った。
「私が瞳子ちゃんに来て欲しいから、……っていうのじゃ理由にならない?」
「な、何で祐巳さまが瞳子に」
まるで心を見透かしたような祐巳さまの一言に、いつもの女優の仮面もどこへやら、瞳子は柄にもなくうろたえてまるで拗ねた子供のようにプイッと横を向くしかなかった。
そこへ追い打ちをかけるように、わざとなのか天然故か、心もち上目遣いで祐巳さまは言う。
「だって楽しい時間をスキな人と一緒に過ごせたら、きっともっと楽しいと思うから」
「祐巳さま……、祐巳さまは瞳子のことが、その、……スキ、なんですか?」
「うん。瞳子ちゃんは今でも私のことキライ?」
「いえ、あの、キライじゃありません。瞳子も……、瞳子も祐巳さまのこと」
祐巳さまの思いがけない言葉にすっかりのぼせ上がってしまった瞳子は、この勢いで今まで言いたかった、でも言えなかったたった一言を言ってしまおうと一大決心をした。しかしやっぱり天然だった祐巳さまは空気を読んでくれなかった。
「うれしい! なら来てくれるんだよね」
「ちょっ、何なさるんですか! よしてください!」
「えへへ、だってうれしいんだもん」
肝心の一言を言おうとした刹那、祐巳さまはまるでじゃれつく子犬のように抱きついてきて、瞳子のペースを根こそぎ奪ってしまった。
「さ、行こ!」
「分かりました。行きます、行きますから離してください」
祐巳さまは赤くなってあわてる瞳子の腕に腕を絡め、ぴったりと寄り添って薔薇の館へ歩き始めた。
「そんなにくっつかなくっても逃げたりしませんから」
清水の舞台から飛び降りる覚悟で言うつもりだったのに、祐巳さまったらもう。
ふうっ、と小さくため息をついたが、それでも祐巳さまのお言葉とこの柔らかい抱擁は思いがけないクリスマスプレゼントみたいで、瞳子は心の中でマリア様にそっと感謝して祐巳さまとともに薔薇の館へ向かった。
☆ ☆ ☆
向かったはずだったのだが、今はこうして二人きりで古い温室の中、肩を寄せ合って空いた棚の一角に座っている。
「このまま降り続けてホワイトクリスマスになると素敵だね」
「そうですわね」
「音も消えて白い闇に包まれて、何だか世界に二人っきりみたい」
ちょっとロマンチックだよね。そう言って祐巳さまは笑った。
「でも祐巳さま、いつまでもここにいてよろしいのですか。薔薇の館ではきっと祥子さまや皆さまが心配してらっしゃいますわよ」
「うん、でもお姉さまはきっと分かってくれるよ。それより瞳子ちゃん、寒くない? もっとこっちへおいでよ」
「瞳子は平気です。それより祐巳さまこそ震えてらっしゃるようですが」
「うん、ほんとは寒いの苦手なんだ。だから瞳子ちゃん、もっとそばへ来て」
「祐巳さまがそうおっしゃるのなら」
瞳子は触れあうほどに祐巳さまに近寄ると、雛を守る親鳥のように震える祐巳を優しく抱きしめた。
「ありがとう、あったかいよ。瞳子ちゃんって体温高いんだね」
それは祐巳さまのせいです。祐巳さまと二人っきりでこんなことをしているから……。でもいつまでもこうしている訳にはいきませんわ。
「日も落ちてこれからもっと寒くなってきますわ。だからやっぱり薔薇の館へ参りましょう」
「行けないよ。行ったら私……」
「なぜです? 祥子さまに叱られるからですか?」
「そうじゃないの。今日のパーティね、菜々ちゃんっていう中等部の3年生の子を招待してるの。ほんとは内緒なんだけどその子、由乃さんが妹にしようとしてる子なのよ。でもこれじゃあ菜々ちゃんの前に出られないよ」
「大丈夫、瞳子も一緒ですわ」
「瞳子ちゃんは私とここでこうしているのはイヤなの?」
「そんなことありません。むしろずっと……。でもやっぱりいつまでもこうしているわけにはいきませんわ。だから祐巳さま、勇気を出して」
「瞳子ちゃんは平気なの? こんなの」
「……本音を言えば平気ではありませんわ。でもこうしていても埒があかないし、仕方ありませんわね。
大体祐巳さまがしつこく抱きついて来るからテールとロールが絡まって取れなくなってしまったんですのよ!」
「ごめんよーぅ、瞳子ちゃーん」
そんな二人に
Merry Christmas and Happy New Year !