紅の十字架シリーズ
【No:942】 『スーパーナチュラル手のひらにしか解からない』
【No:934】 『超鬼畜なお姉さま!山百合会で一番怖い紅の十字架』
の続きになります。
流石にこれは、前作をお読みいただかないと、ちょっと解りにくいかもしれません。
また、主役はオリキャラです。 苦手な方は、スルーしていただきたく。
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みなさま、ごきげんよう。 別当和子ベリーザです。 親しみを込めてベリーザちゃんとお呼び頂けると、執事頭のせばすちゃん(はーと)さんを出し抜けたような気がして嬉しいので、是非その方向でお願いします。
さて、名字からお気づきの方もいらっしゃるかも知れませんが、私の家系は松平家の厩番に遡ります。 当初はただの家人として名字も無かったようですが、明治の御維新のときに、皆が皆、姓を付けなくてはなりませんでしたので、役職にちなんだものを選んでこの名字になったということです。
そんな訳で、私の一族は松平家に営々とお仕えして来ましたので、なんと申しましょうか、良い意味で 下僕根性が、がっつりDNAにまで食い込んでいます。 どれ位食い込んでいるかと申しますと。
◆◆◆
あれは、もう一昔、いえ、二昔前になりますか。 当時五歳だった私は両親に連れられて、松平家の後継ぎ、家刀自となられるべき一の姫様、瞳子お嬢様の一族郎党への生誕お披露目会に行きました。 そこで母に囁かれた言葉は、今も鮮明に覚えています。
執事さんにお包みごと高々と掲げられて、皆の拝謁を受けているお嬢様はそれはそれはお可愛らしくて。
「あれが、あなたの将来のご主人様よ」 「ご主人様よ」 「ご主人…」 (リフレイン)
もう、心に電流が走りましたよ。 ズギャーンって感じでしたねえ。
その日私は、いつからお仕えできるのか、両親にしつこくしつこく尋ねました。 あきれた両親が、家事全般出来るようになって、お話し相手を出来るほどの教養を身につけてからね。 と宥めたのですが。 ふっ、甘ーい。 私の下僕ごころはその程度では納まらないのです。
いらい研鑚を重ねました。 炊事洗濯、お掃除に針仕事。 教養が必要ならと古典や漢籍も諳んじられるように、毎晩遅くまで特訓です。 そんなこんなで5年ほどしたころ、とうとう両親が根負けしました。 面接です。 お屋敷に上って面接を受けさせてくれるというのです。
(後に両親語ってくれるには、主家の奥様からダメ出しをしてもらえば、当分大人しくなるだろうと期待していたそうですが。)
私は完璧でした。 お茶の用意も、お掃除も。 姫様のあやし方まで。 さらに言えば最終決定を下すのは、あの、奥さまなのです。 可愛い女の子が3度の飯よりも好きと自ら豪語する方です。 当然私はその場で、即、採用でした。
ですが、流石にまだ小学生だった事も有り、義務教育が終わるまでは行儀見習ということで扱う事。 お屋敷に住み込みむのは良いが、学校には必ず行く事、を申し渡されました。
その上、「学校に行って、勉強して、遊んで、友達と寄り道して、帰ってきたら宿題と明日の予習をして。 全て済ませてから初めて瞳子の世話をする事を認めます。」 と、奥様に言われてしまいました。
「それでは姫様のお世話をする時間が殆んどありません。」 私の反論に奥様はにこりと笑いました。
「ベリーザちゃん。 子供の仕事は、勉強する事と遊ぶ事なの。 ちゃんとこなさない子供は大人になって人格が歪むのよ。 私は、瞳子の周りに人格の歪んだ召使を付ける気はないの 」 それにね、将来瞳子に、おいしいパフェを食べに行きたいけど、何所が良いかと相談されたときに、あなたどうするの? 通り一遍のガイドブックから奨めるつもり? それで瞳子は満足するかしら。 美味しいところは自分の舌で見極めなくてはいけないし、候補を知るには友達の口コミが一番有望よ。 そのためにも、あなたは多くの友人を作ってくれなくてはね。
なによりも、瞳子の為に。
私は目から鱗がこぼれる思いがしました。 ええ、そりゃあもう何枚もザラザラと。 東証マザーズで空売りシテ戦を仕掛けられるくらい沢山。
それから私は、奥様のご好意で特別に仕立てていただいた、ミニサイズのメイド服に身を包み、毎日を充実して過ごしました。 行儀見習として、仕事に、学校に、友人関係に邁進した5年間の後、正式に姫様付き次席メイドとして採用されたのです。
そのとき培った人脈は我ながらちょっとしたもので。 ベリーザネットワークと言えば、東はペンタゴンの中から、西はバッキンガムの中まで、長大な網になっております。
なによりも、その全ては、姫様の為に!なのです。
私の、誇るべき下僕人生を、ご理解いただけましたか?
◆◆◆
そんな訳でさらに5年。 私は本当に充実した毎日をメイドとして過ごしてきて、憂いなどかけらも無かったのですが。
最近ちょっと困った事になってしまいました。
すべての元凶は ”ふにふに” なのです。
私はつい先日、この世の桃源郷を垣間見てしまったのです。 (【No:942】参照)
それ以来、祐巳お嬢さまのはしたない姿が脳裏から離れてくれません。 もちろん、私の忠誠心は姫様のものです。それは些かの揺るぎもありません。 ですが、脳裏に囁くものが居るのです。
『姫様のお姉さまなら、私にとって、ご主人様と呼んでも無問題よ』 って。
そうして、気が付くと私はこんな所でこんな事をしているのです。
◆◆◆
「へえ、どんなところで、なにをしているの?」
「リリアンの高等部の校舎の外の木の上で、祐巳お嬢さまの姿を盗撮していりゅぅうをぉぉぉ!」
「ごきげんよう、別当和子ベリーザさん」 傍らに座るめがねの少女が、にっこりと微笑みかけてくる。 一体いつの間に。 木が揺れた感覚も無かったし、そもそも周囲に配置した動態センサーは何をしていたのでしょう、使えません。 …と、言いたいところですが、もう慣れました。 (泣
「い、いつもお世話になっておりますです。 って、やっぱり今日も見えていますか? 改良型なのですが、、、」
松平電気工業の中央研究所製の 『試作 第27号β 光学迷彩ドレス 陽炎』 。 米軍の偵察機にも見つからないだけの性能があるはずなのですが、武嶋さまと もうお一方には通用したためしがありません。 orz
「見えているわけでは無いのだけれど、気配が消えていないですからね。 」
「そうですね。 かなり遠くからでも解ります。」 と、背後からも声。
「ひあいう。 ほ細川さま。 あまり驚かさないでください。」 毎度お馴染みな声ではあるが、気配が無いのはどうにかして欲しい。
「って、お二人とも授業はどうしたんですか? 祐巳さまはあそこでちゃんと受けられているのに。 」
「窓の外に気配があったので、まあ確認。 近くまで寄れば別当さんだって判ったけれど。 なまじその光学迷彩の出来がよくって、遠くからだと何者かわからなかったからね。」
「私のほうは、気配で別当さんがいらっしゃっているのは解りましたが、いつものように瞳子さんの周りに現れずに、祐巳さまの近くにいらっしゃるようでしたので、少し気になって見に来ました。 今日はどういうご用件で?」
…細川さんの教室は、別棟だったのでは無かったのでしょうか?
「ええと、奥様の命で、祐巳お嬢さまの日常を撮影しにまいりました。」 年下とは思えない強烈な2人に、背後と不得手側を押さえられてしまっては、素直に白旗を掲げる以外にありません。 この方々とは、姫様の撮影をしているときに時折鉢合わせます。 武嶋さまとはアンブッシュに最適な茂みの中でよく。 細川さまとは、姫様が祐巳お嬢様と戯れていらっしゃる姿を撮っているときによく。 そんな訳で、通り一遍の言い訳が通じる相手ではないのはよ〜〜く理解して居りますので。
「ふうん。 奥様というと瞳子ちゃんのお母さんか。 よく解っているねえ。 祐巳さんの魅力は、なによりも普段の日常の中に散りばめられたちょっとした振る舞いにあるのよね。 」 そう、例えば、あんなふうに…
木の上から見える3年生の教室の中では、祐巳お嬢さまがなにやら授業も上の空で頬を緩めて思い出し笑いをしています。 私はすかさず右手の中の小型ビデオをズームアップしました。 傍らでは武嶋さまが、消音化されたカメラでキチキチキチと撮影されています。
「ああ、なんて愛らしい微笑み」 背後では細川さまがため息をついています。
「何をお考えなのでしょう?」 私のふとした呟きに、武嶋さまが答えてくれます。
「うーん、あの様子だと、2、3日前くらいの楽しい事を思い出しているみたい。 それもごく親しい相手の事を思い出しているね。 別当さんは何か心当たりありますか?」 ファインダーから目を離さずに問い返されました。
「2、3日前ですと、アレでしょうか?」 姫様とお嬢様が腕を組んでご帰宅されたときに、姫様のお顔が真っ赤になっていて。 お嬢様の方は随分悪戯なふうにクスクス笑いをされていて。
◆◆◆
午後のお茶を用意しながら、「何かよい事がおありですか?」 とお伺いしたところ。 お嬢様は嬉しげに「聞いて聞いて、ベリーザさん。 瞳子ったらね。」 と説明してくださるところを、姫様が 「お姉さま、言ってはいけません!!」 と悲鳴をあげて。
「えー良いじゃない。 ベリーザさんも聞きたいですよね? 瞳子の可愛いところ」
「はい」 にっこり笑って答えました。 姫様の可愛いところは大好物です。
「駄目、ダメ、だめです。 ベリーザに教えてしまったらお母様まで筒抜けです。」
「おや、心外ですね。 姫様。 私があるじの秘密を漏らすとでも? 」
「ベリーザの忠誠心は疑う余地もありません。 でも、相手はお母様でしょう。 あなた、お母様の手練手管から秘密を守り通せる自信が有って? 」
「う、それはかなり厳しいかと…」
「でしょう? だから、ベリーザには秘密。 私とお姉さまだけの秘密です! 」
「お嬢さまー」 ベリーザが泣き付くと。 近頃はすっかり ”お嬢様” の呼びかけに慣れた祐巳さまも苦笑いします。
「ははは。 綾子お義母様かー。 ちょっと勘弁して欲しいなー。 」 事あるごとに奥様に弄られ、もとい、玩ばれ、もとい、可愛がられている祐巳お嬢様が、随分と情けない顔になって乾いた笑いをもらしておられます。
姫様と私が、思わずクスクス笑ってしまうと、最初膨れっ面になったお嬢様も最後には一緒になって大笑いしてしまいました。
◆◆◆
…と、まあ。 こんな楽しい午後があったのですが。 それの事でしょうか。
「ふうん。 ツンデレドリルが、ツンツンを失って、でれでれドリルに成り下がったというわけね。 」 背後から冷え冷えとした気配が漂ってきます。
「あ、申し訳ありません。 細川さま、配慮が至りませんで…」 そう言えば、細川さまも祐巳お嬢様をお慕いしてらっしゃったのでした。
「べつにいいです。 気を使ってもらわなくて。 私は元々妹になる積もりはありませんでしたから。 大体、妹では結婚出来ないじゃないですか。 まあ、別当さんの事情は解りましたから、私は授業に戻ります。 」 ごきげんよう。
なにやら不穏な言葉とともに、背後の気配が掻き消えた、と思ったらもう、むこうの校舎の影に消える細川さんがいらっしゃいます。 どうやって木を降りて、あそこまで行き着いたのでしょう。 計り知れません。
武嶋さまに至っては、ご挨拶もいただけぬまま、気が付けば祐巳お嬢様と同じ教室で、先生の問いに答えていらっしゃいます。 一体いつの間にお戻りになったのでしょう。
◆◆◆
一人残された木の上で、ベリーザは任務を遂行しながら、心の中で呟いた。
姫様とお嬢様を引き合わせてくれた、天意には心底感謝いたしますが。 あなたの園の子羊には、随分と奇天烈な個性の方々が多すぎます、マリア様。 姫様もお嬢様も、朱に交わって赤くならずに健やかにお育ちいただけるのでしょうか?
エイメン、エイメン。 ハレールヤ。