がちゃSレイニーシリーズ【No:981】の続き
† † †
午後。
瞳子は予定通り早退したらしかった。
(ひと仕事おわったー)
授業中でも笑い出したいような乃梨子に、うんうん、とうなずく可南子さんや千草さんはいいのだが。
椿組にはまだ微妙な空気が漂っていた。
祐巳さまが瞳子にロザリオを渡す感動的シーンはみんな見た。
瞳子と祐巳さまの「舞台」も見た。
だからといって、今までの瞳子に対する感情が消えるわけではなく、かと思えば今までおかしな目で見ていて悪かった、という罪悪感もある。
結局、あしたから瞳子にどう接しようか、よくわからないのである。
(まさか、梅雨のできごとから全部、かわら版に暴露するわけにもいかないしなあ)
ちょっと、困惑している乃梨子なのである。
放課後、薔薇の館に来るはずなのに、早退した瞳子がどうしたかも気になる。まさか、それでもカナダ大使館に行ったのか、あのバカは。
いや、事情をなにも知らないのだから、カナダへ行くことが瞳子にとっていいことなのか悪いことなのか、まだ決めちゃいけない。祐巳さまが『世界中どこにいても妹』と言った言葉をこうなったら信じるしかない。
ふう。志摩子さんの言うとおり、問題はまだなにも片づいてない。
そして放課後。薔薇の館でなんとなく落ち着かなくうろうろしている乃梨子。
「それじゃあ、動物園のヒグマだよ、乃梨子ちゃん」
「祐巳さま、よく落ち着いていられますね」
「うん、瞳子ちゃんがわかってくれたんだから、あとは何が来ても驚かないわ」
「それで、瞳子がカナダへ行ってしまったらそれでいいんですか!」
だん、と机をたたく乃梨子。
「良くないわよ。何も聞かないままではね。だから瞳子ちゃんの話を聞こうっていうんじゃない」
「乃梨子、瞳子ちゃんが来るまで、先にお茶にしましょう。ね、落ち着いて」
「うー。志摩子さんがそう言うなら」
場を外そうか? という白薔薇姉妹に、なぜか一緒に話を聞いて欲しい、と祐巳が頼んだので、ふたりはここにいるのだった。
「来るよね、瞳子」
† † †
「なにそれ。ただの親子げんかじゃない!」由乃が叫んだ。
「それも痴話げんか」令があきれた顔でつぶやく。
薔薇の館一階。
二階は、瞳子ちゃんが来るだろうとみて、後から来た黄薔薇姉妹をひきとめて、事情を説明している祥子だった。
「松平グループくらいになるとね、ただの親子げんかでも、それで済まないのよ。それぞれ、会長派、跡取派に分かれて、取締役やグループ会社の社長たち、社外の銀行とか政治家まで巻き込みかねない、親子げんかね」
「そんなの、勝手にお父様とお祖父さまでやればいいじゃない。なんで瞳子ちゃんが巻き込まれるのよ」
「会長派が勝てば次の当主は瞳子ちゃん。息子派が勝っても次の当主は瞳子ちゃん。どっちの側も瞳子ちゃんを手元に置けるかどうかで勝ち負けに大きな影響があると思っててよ。困ったことに」
「それで、表向き『事業部長以上になるには、海外での経営経験が必要です』ってことで、瞳子ちゃんのお父さんをカナダ支社長に飛ばしちゃったのね」
「飛ばしちゃった、と言ってもねえ、松平の大伯父さまの意向なのかどうかは、わからないのよ。瞳子ちゃんのお父さんが、進んで引き受けたフシもあるの」
「それで、日本とカナダで瞳子ちゃんの取り合いをしてるっていうの? ばっかじゃないの?」
「15才だよ、瞳子ちゃんは」
「私は15で婚約させられたわ、令」
「あーあ。企業コンツェルンなんて持ってない家でよかったわ」
「令ちゃんがお父さんと喧嘩したって、弟子が二派に分かれて果たし合いなんてしないもんね。みんな令ちゃんの味方になるわよ。賭けてもいいわ」
「こら、由乃」
「ふふふふ、支倉道場らしいわね」
「で、どうなの祥子? その父子当人同士は、本気で争ってるわけ?」
「そこがね。違うと思うのよ。出方を見てる、というか、力量を試してる、というかねえ」
「それじゃ、振り回されてる瞳子ちゃんはどうなるのよ!」
「いて、痛いって。由乃が興奮してどうするの」
「でもね、結局は瞳子ちゃん自身の決断になるの。どうしてもね」