【981】 それはとても暖かく終わらない物語  (くま一号 2005-12-21 07:40:48)


がちゃSレイニーシリーズ 【No:779】の続き
火の七日間の演説会とは別枝系になっておりまする。

 † † †

「結婚式はお客様が多い方がいいわ」というご婦人、「ドウゾ、オハイリクダサイ」という神父様たちに招かれて、みんな教会の中へ入ってしまった。

 ステンドグラスが天井近くまである、リリアンのお聖堂よりもだいぶ小さな教会。
新郎新婦が、こちらをみて微笑んでいる。

「お祝いになにかひとこといただけますか、みなさん」

 そう言われて紅薔薇さま、黄薔薇さまの方を振り向く一同。でも、祥子さまは瞳子ちゃんに微笑んだ。
「瞳子ちゃん。お願い」

 言われて、瞳子ちゃんは祐巳を見つめる。

「祐巳さま、これが最後の舞台です」
「え? どういうこと?」

 それには答えず、紅薔薇さまの方へ、ええ、とうなずいて、一歩前へ踏み出す瞳子ちゃん。
「それでは、シェークスピアの『夏の夜の夢』から妖精たちの結婚式の祝歌を披露させていただきお祝いに代えさせていただきたいと思います」



 ふっと息を抜いた後、すっ、と吸った瞬間、そこにいるのは瞳子ちゃんではなかった。現れたのは妖精、タイターニア。


  妖精たちよ  夜明けまで
  この家のうちを  駆けめぐれ
  われら二人は  新床を
  祝い浄めん  とことわに


 たかくひくく、唱うように語り続ける瞳子ちゃん

 と、そこへいきなり祐巳が加わった。
(祐巳さま?)
(だいじょうぶ)
一瞬、目顔でそんなやりとりがあったように見えた。

  やがて生まるる  子供にも
  幸あれかしと  祈り添えん
  三組のめおと  ともどもに
  なかむつまじく  世を送れ

 カメラを構えかけた笙子が、食い入るように瞳子ちゃんを見つめたまま腕をおろした。とん、と蔦子が肩をたたく。
「そう。ファインダーじゃなくて、眼で見ておきなさい。この『舞台』は歴史になるわ」
「……そういう蔦子さまは撮ったんでしょう?」
「もちろん。キャリアの違いよ」

 祐巳の声は瞳子ほどに声量も張りもない。しかし、優しく瞳子の声にからむように、小さな教会を満たしていく。


  妖精どもよ  めいめいに
  野末の露を  持ち行きて
  館の部屋の  隅々に
  恵みの雨を  降り注げ


 結婚式の参列者たちも、リリアンの面々も、美しい瞳子の声とそれに寄り添うような祝いの心を込めた祐巳の声に聴き入っていた。


  清き和らぎ  この家を包み
  あるじのうえに  幸あれと
  われらの恵み  祈り添えん

  飛びゆけ  遅るな
  夜明けまでには  戻り来よ


 一瞬、息を詰めた静寂。

 余韻を残して、ふっ、と瞳子ちゃんが息を抜く。
「おめでとうございます。お二人のお幸せをお祈りいたします」

「ありがとうございました」と祐巳。

 万雷の拍手。

 思わず、祐巳の胸に飛び込む瞳子。
 何も言わず、抱きしめる祐巳。

 紅薔薇さまが二人の肩に手を置いて言った。
「姉妹の初仕事にしては上出来だったわよ」
「お姉さまぁ」「祥子お姉さま」

「ね、来て良かったでしょ?」可南子ちゃんがささやく声が聞こえる。


 † † †

「お招き頂きましてありがとうございました。私たちは午後の授業がありますのでこれで失礼いたします。お二方のお幸せをお祈りいたします」

 紅薔薇さまの声に時計を見ると、
「きゃああ、もう予鈴まで三分」
「うそおお、お昼ご飯たべられなかったよー」
「走れー」
「なんか、今日走ってばっかりだよ」
「作者が走らせるの好きなんでしょ」

「ちょっとーちょっと待って乃梨子ちゃん」
「え、つたこ、さま? な、なんです、か」
「ロザリオ、かけたとこ、写真とらせて、ちょう、だい」
「あー、はい、これでいい、ですか」
「おーけー。真美さんが記事にしても、いい、わね」
「ええ、よろしく、おねが、いします」

「よしのさ、ん、走ってだいじょうぶなの?」
「これくらいは、だいじょうぶだって、良かったよね、桂さん」
「これで、ダブルカップルは、きえるよ。大丈夫」
「そう簡単には、いかない、と、おもう、けどなー」
「いくわよ。私が言うんだから」

 いくら校則がないリリアンといったって、昼休みに制服を着たまま大脱走、というのはそうあることではない。まして紅薔薇さまの全校放送付き。案の定、生活指導のシスターが校門の所にいたのだが、ぎりぎり午後の授業前に一同が駆け込んできたのを見て『上靴はちゃんとぬぐってから入るのよ』と言っただけだった。
 柏木さんの車はもういなかった。

「瞳子ちゃん、姉として聞く約束だからね。放課後薔薇の館に来てちょうだい」
「わかりました。行きます、祐巳さま。にしても、福田恒存訳、どうしておぼえてたんですか?」
「あのセリフ? 英訳の試験のヤマってやつね。丸暗記」
「お……おめでたいぃっっ。せっかく感動していたのに祐巳さまという方はぁああ」
「だって、試験が近いのに三日も寝てたんだよ」
「シェークスピアの翻訳なんて、ものすごい意訳ですよっ。訳本丸暗記してどうするんですかっ」
「どうするって、役に立ったじゃない、瞳子ちゃん」
「あーもう。ちゃんとマジメに勉強してくださいませ、祐巳さま」



「あーあ、お姉さまって呼ぶことなんて、二人とも完全に忘れてるよ」
ツッコミを入れる乃梨子に
「そういう楽しみは、あとに取っておくものだわ」
ようやくいつもの微笑みが出る志摩子だった。

「乃梨子、私はまだ、瞳子ちゃんからロザリオを返してもらってはいないわよ」
「え?」
「まだ終わってない。わかってるでしょう?」
「うん、瞳子はまだこれからが正念場だもん」


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